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待ってるから、と――(静雄さんと)



レールを擦る金属のタイヤが運んでくる、別れの瞬間はすぐそこまで近付いていた。


池袋駅――人の流れの隅で、静雄は頭一つ分は下にある少年の顔を見れないままに掠れた声を紡ぐ。
「…行っちまうんだな」
「……はい」
三好もまた、大きなつり目がちの双眸を伏せて小さな声で肯定を示すのが精一杯。胸が軋んで仕方ない。
痛い。哀しい。切ない。
―――お別れなんて、したくない。
「…実感わかねえな。明日からお前がいないってのはよ」
呟かれる声音にはやっぱりどこか寂寞としたものが滲んでいて、互いの離れがたい気持ちを煽った。
交わした言葉が、重ねた思い出が色褪せることはないのだろうけれど。
顔を見ることは容易くなくなり、触れることが出来なくなる。
まだ未成年の三好にとって親元で庇護を受け、何不自由なく安全な生活を送れるのが一番だとは思っても。腕を掴んで引き寄せ、感情的に行くなと叫びたい気持ちは静雄の中から消えはしない。
しかし、それは許されないことだから。
「……今まで、ありがとうございました。静雄さんに会えて……っ」
三好の口から溢れる別れの言葉を遮るように、静雄は手のひらで小さな頭を撫でた。ふわふわと肌を擽るくせっ毛の感触に目を細め、静雄は静かに言った。
「…何かあったら、…いや、何もなくてもいい。気が向いたら連絡しろ」
「静雄さん……いいんですか?」
「ああ。…俺は、お前が学校帰りとかに俺のとこに来て何気ないことを話してくれるのが嬉しかった。それってよ、お前がシンガポールに行っちまったからって変わるもんでもねえだろ」
何でもない日常の一欠片。生活の延長線上にある一時を求めることは、我が儘であっても許してくれるだろう?
思わず顔を上げた三好は、真っ直ぐ合わさった視線に唇を震わせる。
「…静雄さんのことも、聞かせてくれますか」
「ああ。面白い話はしてやれないと思うけどよ」
「……弱音とか吐いてしまうかも」
「好きなだけ聞く」


俺はお前の先輩だからな――そう言って静雄が笑うから、三好はくしゃりと表情を崩してベストの裾を掴んでしまう。
甘えてる、自覚がある。
「……頼っても、いいんですか」
「当たり前だ」
白く細い指先から伝わる微かな震え。切望をこめて見上げてくる潤んだ瞳に沸き上がる衝動のまま、静雄は華奢な肢体を両腕の中へと閉じ込めた――。




待ってるから、と――


電車の到着を報せるアナウンスが流れる中。囁かれた言葉に三好は透明な雫で濡れた頬を拭うことも忘れて何度も頷き、温かい胸へとしがみつく。

どうかその言葉を真実に。
もう一度ここへ帰ってくるその時まで、この熱を忘れずいられるように――。










タイトルは『電子レンジ』さまからお借りしました。




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