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歩み寄る覚悟(静雄さんと)



何が起きても動じない方のみお読み下さい。










真摯な表情で差し出された純白のアイテムに、三好は困ったように眉を寄せて笑った。


「あの…僕、男なんで」
真っ白なベール、粋白のウェディングドレス、そして婚姻届け。
頬をひきつらせなかったのを自分自身で褒めてやりたい気分になりながら、ふるりと首を振って静雄を見上げる。
「同性間で結婚は出来ません」
それ以外にも色々と問題があると思われた。そもそもお付き合いと呼べる関係にはないだとか。
とりあえず、落ち着きましょう。ちょっと懇願するような声音になった。
それに対して哀しそうに顔を曇らせる静雄に、三好は頭を抱えたくなる。それはぎりぎり耐えたけれど、重たい頭が項垂れた。
なんでウェディングドレス。そんなの似合うわけないじゃないか。いや、そうじゃなくて、婚姻届けとかないでしょう。色々とないでしょう。
大きく息を吸い、決意を込めて顔を上げた先。
「…三好。俺はこんなんだし、本当はお前に触る資格もないってのは分かってる。でもよ、お前を離したくない。それだけは…、諦められねえ気持ちだ」
「……静雄さん……」
強い願いに光を帯びた琥珀の双眸が三好を絡め取る。
三好はがっくりと折れた。
その言葉は卑怯だ。
―――しかし、離れる離れないはともかくとして確実にウェディングドレスの必要はないだろう。



「…ヨシプー、吹っ切れたの? それとも目覚めちゃったの? ううん、どっちでもいいんだけどね! おねーさんに任せて、ちゃーんと可愛く可憐にしてあげるから!」
吹っ切れてないし、目覚めてもいません――言い返す気力を奮い立たせることも出来ず、三好は曖昧な笑顔で腕捲りする狩沢に「お願いします」と頭を下げた。
見た目は普通の男子高校生である自分がウェディングドレスを着ただけでは、どう考えたって違和感しかないだろう。だったらせめて見るに堪えるものにしてもらえないかと狩沢に頼んでみたが――どうにも早まった気がしてならない。
完全に冷静さを欠いていたことに三好が気付くのはこれよりすぐ後だが、後悔先に立たず。嬉々として作業に取り掛かる狩沢の手を止めることは不可能で、三好は自身に施されるレイヤーの技を見守ることしか出来なかった。



み寄る覚悟


――いや、でも結婚は無理ですよ?


♂♀



花びらのように幾重にも重ねられた、白い白いウェディングドレスの裾がふわりと床に広がる。空気を含ませるように柔らかく巻かれた赤い髪、そこから覗く両耳の上に飾られた花で留められているかに見える清楚なベールは細い肩からほっそりした二の腕までを覆って垂れていた。
「…みよし?」
半ば夢見心地の掠れた声音に、恥ずかしさからか俯いていた三好が窺うような仕草でゆっくり顔を上げる。
ミルク色の肌を彩る薔薇色の頬に影を落としていた長い睫毛が持ち上がれば、つり目がちの大きな瞳が潤んだ光を湛えて静雄を映した。あまいあまい飴色が滲んで揺れる。
「…し、…しずおさん…」
薄く桃色に色付いた口唇が震えて紡ぐ自分の名前。
静雄はちょっと色々焼き切れそうになった。それは主にモラルとか、理性とか。
逸らせないままの静雄から向けられる視線に堪えきれなくなったのか、三好は赤く染まった顔で瞼を閉じた。
それはそれは汚れなく口付けを乞う乙女のような清楚な姿に、元々脆い理性の鎖に皹の入る音がする。
「みよし、」
細い肩に手を伸ばした瞬間――ごきん、という衝撃音と共に世界は味気ない日常を迎えた。


見慣れた天井。曲がってひしゃげたベッドボードのパイプ。殺風景な自分の部屋にしばらく状況が飲み込めず――しばしの時間が経ってから静雄は両腕で顔を覆った。
「……なんつー夢見てんだよ」



♂♀



「…あ、しずおさ…ん……?…」
道路を挟んで向こう側。慣れ親しんだバーテン服の青年と視線が合い手を振りかけた三好だったが、それよりも早く凄い勢いで走り去られてそろそろと腕を下ろす。
ここ数日はずっとこの調子だ。自分は何かしてしまったのか。
どう考えても避けられているとしか思えない静雄の行動にしょんぼりと三好が落とした肩が、ぽんと叩かれた。
信号が点滅しかけの横断歩道を慌てて渡ってきたらしいトムが、何ともいえない表情で立っている。強いて言うなら、やれやれといった感じの。
「…トムさん、」
「あー…何も言うな。三好は悪くない」
「でも…」
自分が悪くないなら、どうして静雄に避けられるのか。これまで先輩後輩として親しくなったと思っていただけに、このあからさまな態度は胸に堪えた。
眦を下げ幼い顔を俯ける三好を見てると妙な罪悪感が迫上がり、トムは小さなくせっ毛の頭をぽんぽんと叩いてやる。
三好は全くもって悪くない。そしてこの場合、トムが責任感みたいなものを抱く必要もないのだが。
「お前さんが気にする事じゃないっつーかなぁ。…ちょっと遅い思春期が来ちまっただけだから、落ち着くまで暫く待ってやってくれないか」
「…???」



(…静雄。後輩泣かしたくないなら、本当に早くこっち側に戻って来いよー)








「ほら、元気出せよヨシヨシ。そのうち元通りになるって上司の人も言ってたんだろ?」
「ああ。三好は悪くないってんだから、そんな顔するなよ」
「そーそー、悪いことしてない三好が暗い顔してるのはおかしいってー」
「同感」
「…ったくよ、ショーグンや谷田部らがこんなに言ってんだから、アジトに来てまで辛気臭ぇツラしてんじゃねえっつの。……飴食うか?」

「うん…………でもみんな、なんで笑ってるの」
『いや、全然んなことねえよ?』
「……………」









『歩み寄る覚悟』は電子レンジさまよりお借りしました。




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