ファンタスティック・ヒーロー(12'遊馬崎誕) 「ゆまっちー、誕生日おめでとう!! はいプレゼントっ」 「へ? ありがとうございます…って、ヨシヨシ君!?」 勢いよく駆け寄ってきた狩沢が満面の笑顔で遊馬崎の胸に押し付けてきたのは、鈴付きの赤いリボンを首に巻き、同じものを使い両手首を後ろで縛られた猫耳カチューシャ付きの三好だった。揺れた鈴がちりりと音をたてる。 んん、とくぐもった声を不思議に思えば、ご丁寧にも猿轡を噛まされていた。つり目がちの両眼は混乱と羞恥に揺れて潤み、自分でも困惑しながら遊馬崎はこれって果てしなく二次元っぽいスよねと思う。そんな問題ではない。 「ほらほらー、ゆまっち猫を膝に抱き上げたいって言ってたじゃない? がんばってみたんだよぅ」 「って、拉致ったんスか!?」 いや、この姿が自分の意思であるはずもないけども。 「渡草さんにもご協力いただきましたー」 何故に無駄に得意げなのか。さすがにこれはどうだろうと思う猿轡をはずしてやると、三好は大きく深呼吸をした。涙の膜で歪む視界を確保するためにか数度またたきをすれば、睫毛に散らされるように雫が落ちる。 空気を取り込もうと必死な薄い背中を撫でてやると、眉を八の字にした頼りなさげな笑顔で礼を言われた。顔を上げたことで猫耳の先端が小さく揺れ、首の鈴が可愛らしく鳴る。あれ、三次元と二次元って混じり合うんスね。ちょっと変な動悸が遊馬崎の胸を揺さぶった。 それにしても。頼んだ訳ではなくとも現状をもたらす原因となった人間に対して三好はなんの凝りもないらしい。その無警戒さに苦笑が浮かぶ。 「ヨシヨシ君、」 「ゆうぅまあさきいぃぃ…」 言いかけた言葉は、地獄の門が開くような低音ボイスによって遮られた。 周囲の気温までもが下がった気もするが、先程まで通りに溢れていた人波が引き潮のように周りから退いてるので気のせいではないかもしれない。池袋に住む人々は災厄一歩手前の巻き込まれ回避スキルを上げているようだ。 破壊神降臨。 小石並みの容易さで、片腕一本を支えに金髪の頭上へ高々持ち上げられた自販機。見慣れた、しかし異様な光景に名前を呼ばれた当事者は冷や汗を流した。 「…知り合いの誼だ、今なら許す。三好を返せ」 悪鬼のような形相に、ぎりぎりと軋む犬歯。断ったら確実に自販機の下敷きだ――って言うか。 遊馬崎は勢いよく狩沢に顔を向けた。 「…まさか静雄さんのとこから奪い取ってきたんスかっ!?」 「えー、そんなこと無理に決まってるよぅ。…合流一歩手前にインターセプト?」 「横取りじゃないスか!!」 なんたる勇者。感動すら覚えるが、もちろんそんな場合じゃない。 「し、静雄さん。大丈夫ですから、落ち着いてください」 遊馬崎の腕の中から乗り出すようにして、三好は説得の言葉を紡ぐ。が、静雄の眉間の皺は深さを増すばかりだ。 「庇う必要ねぇだろうが! お前、……ッ」 後半部分はいきなりトーンダウンしたせいで三好は首を傾げたが、遊馬崎はうんうんと頷く。 そんな格好で。縛られて。 確かにこれでは此方が悪役だ。 破壊神が勇者で街人が魔王。間に挟まるのは囚われの姫君、赤毛の仔猫。配役としては面白い。 「ヨシヨシ君」 何とか宥めようと静雄に声を掛け続ける三好の肩を強く掴んだ。不思議そうに見上げてくる大きな瞳に遊馬崎はにんまりと笑いかける。 「俺に拐われて欲しいッス」 返事は聞かずに細く小柄な身体を両腕へ抱え上げた。 身を翻して走り出す。 途端に豪速で飛び来る自販機。軽快に避ければ、立て続けに破壊音と怒声が響き渡る。 足止めを考えないと、すぐに追い付かれるのは確実。手持ちのカードを切りつつどこまで逃げ切れるか。非日常な展開を考えたら、愉しくなってきた。 「遊馬崎さんっ、なんでこんな挑発するような…」 「ヨシヨシ君。俺、今日が誕生日なんス」 「え。あ…それは、おめでとうございます…?」 「だから。俺と一緒に逃げて欲しいッス!」 「ええっ!? それ、繋がりますか? いや、それより降ろして、うわわ、火炎瓶街中で投げちゃだめです、静雄さんも落ち着いてくださいー!」 誰よりも混乱真っ只中の少年の叫びと、 「きゃー、略奪系三角関係もええぇぇぇ!!」 第三者を決め込むらしいこの展開の仕掛け人が発した能天気な黄色い歓声の響き渡る池袋は、とりあえず平和そうだった――。 ファンタスティック・ヒーロー 「いやあ、でも街人その1はカッコ悪いスから、せめて職業的な肩書きが欲しいッスよね。ヨシヨシ君は氷彫刻師って何に当たると思うスか?」 「普通に氷彫刻師じゃだめなんですか…、それよりいい加減降ろしてください。静雄さん止めないと」 「うーん、付与術師とかどうスか!? エンチャンターって響きもなかなかスよね。腹黒眼鏡を気取るなら丸眼鏡が必要になるッスけど」 「………人の話、聞いてください」 2012.01.23 はっぴーばーすでー、ゆまっち タイトルは『悪魔とワルツを』さまからお借りしました。 [戻る] |