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桃園の誓い(黄巾賊コンビと)



新しい生活に向け、すべてが変化を始めて浮き足立つ季節の変わり目。まだ吹き付ける風には冷たさが混じるが、陽射しに照らされる中では幾分と寒さも遠退きはじめている。

ガラクタの積み重なる廃工場の裏手に一人立ち、うっすらと刷毛で掃いたような雲が流れゆく空を見上げた正臣は冷たい色を宿した双眸を眇めた。
――ここには戻らないって決めたのにな。
半年前、ダラーズとの潰し合いになりかけた一触即発の状況を放っておけず、ここに立った。一度は捨て、再び自分の平穏を守るためだと遠ざけておきながら、またここに立っている。
身勝手だと自分でも知っている。
それでも、譲れないものがある以上は覚悟を決めた。
失いたくない場所。大切なダチの笑顔。それを奪い、傷付けようとする者がいるならば――相手が何者であろうとも、潰す。
空を仰ぐ目を、ゆっくりと握り締めた拳に向けた。その時――、
「紀田くん」
「将軍!」
耳に馴染みのあり過ぎる声が重なって正臣を呼ぶ。振り返れば頭に黄色のバンダナを巻いた腹心の青年と、赤毛と白いパーカーを靡かせた親友が並んで駆け寄ってくるのが見えた。谷田部の手には何故か花を咲かせた桃の枝が一本握られていて、違和感あることこの上ない。三好が持っているならまだ…と考えて正臣は内心素早く首を振る。
――いやいや、ヨシヨシも男だ。花が似合うとかないだろ。
どうにも最近、周りの人間に毒されつつある気がしてため息を吐きたくなった。

「…よかった、ここにいて」
すぐ前までたどり着きほっと小さく息をついて胸を撫で下ろす三好に、正臣は疑問を浮かべる。
今日、集会するという予定はなく、連絡も入れていない。探していたらしいということは、何かあったと考えるべきか。
街が壊れる音が響き始めた中、どれだけ警戒しても足りない。
「どうした? 何かあったのか」
少しの緊張を持って訊ねた正臣に二人は首を振った。
「将軍、あれ言って下さい」
「…あれって何だよ?」
「桃の…何とかっす」
正臣は要領を得ない谷田部に首を捻った。桃って何だ。今日は3月3日とはいえ、ここで雛祭りということもないだろう。
訝しげなその顔に三好は苦笑して、言う。
「桃園の誓い」
ああ。と、正臣は今日である上巳の節句の別名と、半年前のゲーセンでのやり取りを思い出した。三人が初めて揃った日、その逸話について話してその言葉を口にした。
しかし――、
「桃の節句に関係ないだろ…」
力無くツッコミを入れて先を続ける。
「っつーかな、前も言った気がするけどその誓いを立てたのは黄巾賊討伐軍に参加した蜀の人間で、しかも正史には出てこないエピソードなんだよ。なんで、」
「関係ないっすよ、どこの所属かなんて」
正臣の声を遮り、片膝をついて地面に枝を突き立てた谷田部は立ち上がり様に言い切った。
「将軍の背中があるところが、俺らの黄巾賊っす。これから何を相手にしようとしてるか俺はよく分かってないっすけど、将軍が戦おうとしてる相手が俺らの敵っす」
「お前…そういうの真顔で言うなよ」
谷田部に呆れたようなため息を落としてから、正臣は三好を見る。
三好は――穏やかな微笑を湛えていた。
「友達や知り合いに笑っていて欲しいのは、僕たちも同じだよ。紀田くんが背負おうとしてるもの、少しだけでも軽くしたい」
大切なものが傷付かないように、持てる力で出来ることをする。
半年前に乗り越えた事件、それ以上の混乱と争いが池袋で起きるかもしれない。それでもその時に退かず、恐れず、立ち向かうための覚悟を。大事なものを見失わない強さを。
言葉にすることで戦う覚悟を得られるように、と。
そのための誓い。
「どんなことがあっても、僕たちは紀田くんの味方でいる」
柔らかな笑みに強い意志を宿した声音で紡ぐ三好にはすべて見透かされているような気分になった。
すべてを話したわけじゃない。すべてを知ってるはずがない。
なのに、透徹した光を浮かべる双眸に見詰められると隠しきれない気持ちになる。
今。覚悟が必要なのは、踏み出す勇気が必要なのは正臣自身かもしれない。
三好の穏やかな表情と谷田部の真剣な顔付きを見て、正臣は肩の力が抜けるのを感じた。しかし同時に気恥ずかしさも覚え、意識してやれやれといった態をとる。
「…わーかったよ」
「紀田くん?」
頭を掻きつつ背を向けた正臣の後頭部に三好の不思議そうな声がぶつかった。
「どうせなら、形もあった方がいいだろ?」
壁際に寄せ集められた廃材の山から適当な鉄パイプを三本引き抜き、正臣は三好と谷田部それぞれに一本ずつを放る。
緩い速度で宙を飛んできた鉄パイプを受け止めた二人は、正臣の意図を察して視線を交わし、笑顔を交わす。
手にした鉄パイプの先を地面に向け、先端を打ち合わせた。
「紀田くん」
「将軍」
楽しそうな声が呼ぶ。正臣は空けられた場所に足を進め、三角形を形作った。
自らも鉄パイプの先端を重なった二人のそれに合わせる。
「なんかこれ、燃えるっすね!」
嬉しそうな谷田部に今度こそはっきり苦笑したが、まあ、確かに面白い。馬鹿馬鹿しくて。
隣を見れば、三好も柔らかく綻んだ表情を返して頷いてみせる。悪くないな、と思った。
両眼を閉じて一呼吸。正臣は朗々と誓いを口にした。
「我ら三人、生まれし日、時は違えども心を同じくして助け合うことを誓う」
続く言葉は三好の声が綺麗に重なり、そこへ少し遅れて谷田部が追いかける。
「「「同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、同年、同月、同日に死せん事を願わん」」」
正臣が頭上に掲げた鉄パイプに、三好と谷田部もまた鉄パイプを翳して――再び打ち合わせられた金属の棒は、錆びの浮いた外見に伴わない高い音を響かせた――。



桃園の誓い



不確かな未来。
先に待ち受けるものが絶望であっても、無条件に信じられるものがある場所が希望であり、
傷付き迷った時にでも帰りつく所であるように――。


祈りの欠片であるかのように、強く吹いた風に乗り薄桃色の花弁が宙へ舞い飛んだ。








桃の節句に託つけて(←?)桃園の誓い。

2012.03.03




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