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色褪せないもの(静雄さんと)



夕方の公園。一帯が鈍い橙色の光で覆われる短い時間帯、人や建物の長く伸びた黒影との対比は鮮やかであり、またどこか懐かしさを感じる光景だ。
宵闇が迫る中に微かな灯りが浮かぶ。静雄の口元でぼんやり明滅する赤光を見上げて、どこか物思いに沈んでいる様子の後輩に静雄が気付かないはずはなかった。
「三好…?」
どうした、と。唇から離した煙草の灰を携帯灰皿に落として訊ねる静雄。赤い光は瞬きながら落ちる途中で冷めて色を失う。
ちかちか、ぱらぱらと散って消える様を見ていた三好は名前を呼ばれて視線を静雄に移した。
いつもの、屈託がない笑顔とは違う、すこし淋しさを含んだその表情は見慣れないもので。
静雄は煙草の火を揉み消し、携帯灰皿をポケットにしまいこんだ。
「…どうした?」
「えっと…今日、友達と花火の話になったんですけど」

―――ヨシヨシが転校してくんのがもう一ヶ月早かったら良かったのにな。夏休み中なら池袋以外も遊び歩けたし、花火に祭り、それから海行って、プール行って、キャンプしたりとイベント三昧。あとナンパとかナンパとかナンパとか、し放題だったんだぜ? 俺たちは巨大なチャンスを逃したんだ、残念だとは思わないか!

………力説の内容はともかく。
「その時、ちょっと思い出したんです。そういえば僕、花火やったことなかったなあ、って」
夏祭りも、海水浴やキャンプなんかももちろん。
家族でどこかに出掛けたり、親に肩車されたりとか背負われたりといった記憶自体がほとんどないのだと。
――まったく、ではない。
断片として覚えている微かな光景。まだ歩くことが覚束ないぐらいに幼かった時、母親が抱き上げてくれた。走り回れるようになった頃、迷子になって保護され泣き疲れた自分を肩車して家まで帰ってくれたのは父親だった。
その時のおぼろげな光景は、朱の光の中にある。
「煙草の光と、夕焼けで思い出しちゃいました」
眉を下げ照れた様子で頬を掻く仕草はいとけなさがあり、胸のどこかを柔らかくくすぐられる錯覚を持つものの、笑っていうべきことではないだろう。
幼いころの懐かしくも優しい記憶が、それ以外にないなんて。
静雄が複雑そうに眉を寄せていることに気付いているのか、三好は僅かに目を伏せると足元で細長く伸びる影に視線を落とした。
「僕はたぶん、色々なものを取りこぼしてきたんだろうなあって」
仕事で忙しい両親。二、三ヶ月という短い周期で次々と変わる居場所は、通り過ぎれば二度と戻らない。知り合う人々、隣を並んで歩く友達も――繋がる糸は時が流れるにつれて細く脆くなり、ぷつぷつと切れていってしまう。
「…池袋に来るまでは、仕方ないと思ってたんです」
想い出を作る間もない別れも、忘れられていくのも。
でも、今は―――…、

「三好」
「え…!?」
俯いた視界に夕陽の色に染まってきらきらした金髪が映り込んだ。
その場に屈んだ静雄は、三好の膝を抱え込むように右腕を回すと立ち上がる。
長身の静雄に持ち上げられれば、目線は一気に高くなった。近くに植えられた木の枝にも触れそうなぐらいに。
「…静雄さん?」
膝と脛の辺りをしっかり支えられていたが、身体の半分ほどが宙に浮いた状態は不安定で、三好は静雄の肩に手を置いた。
なぜいきなり持ち上げられたのか。
目をまんまるに見開いてきょとんと自分を見下ろす三好に、静雄は真摯な響きで言葉を紡ぐ。
「なあ、三好。お前の親父さんの肩車とは違うかもしれない。でもよ、高いとこからの景色ならいつだって見せてやる。遠くまで行って帰る道が分からなくなったら、俺が探しに行ってやるからよ」
「…しずおさん…」
三好の瞳に吸い込まれた夕焼けのいろがゆらゆら揺れた。
「花火も、まあ季節外れかもしれねーけど、どっかその辺探せば売ってるだろ」
もう過ぎ去った時間を取り戻してやることは出来ない。与えてやれるものも、三好が望む形そのものではないだろう。
それでも。
これからの思い出は作っていける。
寂しさも孤独も、上書きされるだけの想いを静雄は三好から与えられた。
それはきっと、この先どれほど刻が流れても消え失せたりはしない。
「忘れたりしねえよ。それでも不安だっていうなら、思い出を増やして積み重ねていけばいいだけじゃねぇか。俺も、お前も」


忘れる不安を感じないほど溢れるぐらい、深く強く刻まれる想い出を――。

これからも。
そう続けた言葉に三好は泣きそうな顔できれいに微笑み、何度も何度も頷いた。
その顔も、触れている体温も、
何より掠れたちいさな声で囁かれた「…忘れないでください」という願いを、――絶対に。


「…忘れるわけねぇだろうが」








信じているから、信じて欲しい――この気持ちを。

忘れないから、忘れないでいてくれ――この熱を。



色褪せないもの。
それは何より、ここに刻まれた記憶であるのだと――。










元拍手文。タイトルは『悪魔とワルツを』さまからお借りしました。



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あきゅろす。
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