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Happy Halloween


どうして、後30分はやく起きれなかったんだろう。
駅から学校までの道を走りながら、僕は盛大に後悔していた。
理由は明確。昨日の夜、チャットで盛り上がっててつい寝るのが遅くなったせいだ。楽しかったけど今現在寝不足で全力疾走する羽目になってるわけで、やっぱりほどほどが肝要なんだとちょっと反省する。

近道に繁華街を抜けようかと裏道に入りかけたところで、道の端に蹲る人影発見。
……。
スマートフォンで時間を確認しようとして、止めた。そんなこと気にしてる場合じゃない。何もないならいいけれど、具合を悪くした人だったらどうするんだ。
僕はその人の元に駆け寄ると、跪いて背中に手を添えた。
「大丈夫ですか?」
「………み」
「み?」
「……みず……」
何とか掠れた声でそれだけ絞り出すと、orzみたいなポーズになったその人に僕は慌てる。
「水ですね、ちょっと待っててください」
肩を貸して壁に寄り掛かるのを助けた後、鞄から財布を取り出しつつ近くの自販機まで走った。

キャップを外したミネラルウォーターのペットボトルを手渡すと、その人はほとんど垂直に持って勢いよく水を喉に流し込む。晒された白い喉が何度も大きく鳴った。
その様子を見る限り、喉が渇いていただけのようなのでほっとする。反面、落ち着いた頭には疑問が浮かんできた。
――外国の人?
日本人のものではない白い肌と、薄曇りの空の下でもきらきら輝く白銀の髪。この池袋に来て以来顔立ちの整った人は沢山見てきたけど、この人も例外じゃなかった。たぶん男性だと思われるが、やたらと綺麗な顔だ。少し人間離れして感じるほどに。
――それに何より、さっき聞いた声にどこか覚えが――…。
「助かった。やはり君は親切な少年だな」
そう、この涼やかなのに威圧感を感じる声。
「少年?」
「……あ」
記憶の底を浚っていたせいで反応が遅れた。話しかけられていることに気が付いて視線を上げれば、翆玉の双眸と真正面からかち合って少し驚く。
考えてること全部、見透かされそうな深い色を宿した瞳だった。
「さて、親切を受けて礼もなしでは無作法というもの」
「いえ…」
そんな大したことしてないです、と首を振りながら嫌な予感が背中を走る。この流れ、僕は知ってるような――…。
「少年よ、――Trick or treatだ」
「はい?」
この人さっき、礼をするみたいなこと言わなかっただろうか。
それともお菓子でもいいから、何か食べたいほどお腹が減っているんだろうか。
本意は読み取れないけど、とりあえず今日がハロウィンであってもお菓子を持ち歩く癖がないのは確かなので首を横に振った。
「すみません、ないです」
ぺこりと頭を下げれば、男性は形のいい顎に手を添えてふむ、と息をつく。
「それでは、悪戯だな」
にこやかに。晴れ晴れしい笑顔で言った彼は、両手を打ち鳴らした。

一瞬にして、視界が一気に低くなる。体に倍以上の余裕を持って絡みついてくる布の重みに引き摺られるように、僕はアスファルトに膝をついた。
わなわなと肩が震える。
「………あ、貴方…あの時の白鳥…?」
口から出た声はやたらと幼く高いもので、僕は頭がぐらりと揺れるのを感じた。
何、この既視感。
「おお、覚えていてくれたか。二度に渡り世話をかけたな。私からの礼だ、受け取るが良い」
「……。元々お礼をねだるつもりもなかったですが。あの時、余計なことをしたようだと悟ってなかったですか?」
「ああ、そうか。これでは以前の二の舞だな」
もう一度、手が打ち鳴らされた。
分かってくれたのかと思ったが、視点は戻らないし持ち上げてみた手も幼児サイズのままだ。
「…………」
変化したのは、服装だった。
漆黒のマント。黒のスーツは何故か下が半ズボンにハイソックスとブーツで、頭頂と口元に違和感を覚えて手をやれば猫耳と牙が生えている。着ていた服や鞄はどこへともなく消えていた。
………いっそ気絶してしまいたい。
「…なんですかコレ、罰ゲームですか」
「遠慮はいらない、サービスだ。万聖節が始まるまでの間、童の姿で楽しむが良い」
「……困ります」
人の厚意を無下にするつもりはないけど、これは違うと確信があった。その笑みを含んだ目を見れば分かる。
この人、お礼に託けて自分が楽しんでいるだけだと。
それが間違いではない証拠に、彼は長い上着の裾をしっかり掴まえる僕の手を一瞥した後、声を出して笑った。
「そうか。確かに固有意思は尊重すべきだな。万聖節が始まる前に元の姿に戻りたくば、君の為だけに用意された菓子を受け取るが良い。それでギアスは解けよう」
言い終えるなり、彼の姿が霧のように霞んでいく。手の中に掴んだ布の感触もまたかき消えていった。
「ちょ…っ」
呼び止める間もない。すぅ、と空気に溶けるように姿が消えた。
『では、また会おう。少年よ――』
辺りを見回す僕の頭に、直接声が響く。
……。
あの人――“ギアス”って言ったよね。それ強制とか、呪縛って意味の言葉じゃなかっただろうか。
「…………人を信じるって、難しいんだなあ」
助けようとした結果がこれとは、全くもってこの世界は世知辛い。
はあ、と大きくため息をついて。僕は立ち上がった。
“万聖節が始まるまで”楽しめと言っていた。万聖節は11月1日。つまり後半日ちょっと我慢すれば自然に元の姿に戻れるんだろうけど。
「静雄さんとの約束は、6時」
それまでに元に戻らなくては、また心配かけてしまう。
両頬を叩いて気合いを入れて、僕は走り出した。

ぱたぱたとマントが靡いてちょっと泣きたくなったけど、それはどうにか堪えたのだ。




Happy Halloween・・・?









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