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あまいのください


今日は学校、休むしかないなあ。そう考えて駅前へと引き返す僕は、諦め半分遠くに視線をやりながら小首を傾げた。

――僕のために用意されたお菓子って何だろう?

とりあえず、誰かからお菓子を貰えればいいんだろうか。
お菓子。お菓子。お菓子…?
「あ」
あの人たちなら、持ってるかも。
思い浮かんだ顔に出会えることを祈って、僕は60階通りを東に抜けることにした。






もう少しで高速側に出る辺り。通い慣れたゲーセンのほど近くで僕は―――絡まれていた。

「ちょっとちょっとー、この辺はさー、ボクみたいな子供の来るとこじゃないよー」
「てかさー、一人コスプレ? 気合いはいってんね〜」
「てゆか、ドラキュラなのか猫なのかはっきりするべきじゃね?」
それには同意する。でもドラキュラは本来どこぞの伯爵であるはずなので、正確にはヴァンパイアかワーキャットかはっきりさせて欲しかった。マニアの人に見られたら怒られるんじゃないだろうか。よくわかんないけど。
「いやいや、アレだろー? かぼちゃの…」
「ハロゲン?」
それは5元素。ランプやヒーターになってどうするか。
ぎゃははと笑い出す柄の悪い男たちを前に脳内のみのツッコミに徹していた僕は、漏れそうになるため息を呑み込んだ。
というか、端から見て五才児に絡む大人ってどうだろう。さりげなく周囲に視線をやると、目を逸らされた。
……いや、助けて欲しいわけじゃなかったんだけれど。ちょっと傷付く。
「おーい、ボクー。よそ見してるなんて余裕だね〜」
「こんなとこ遊びに来るぐらいなんだから、おこづかいあるよねー」
…………。
制服も鞄も消えちゃってるから、お金なんてない。それ以前の問題だけど。
逃げようにもこの身体では脚力も腕力も敵わないわけで――どうしよう。
「ちょっと、ボ…ぐっ!?」
ドッ、と鈍い音がした。こっちに手を伸ばそうとしていた男が目の前から消えて横に倒れる。代わりに男が立っていた場所の後ろから伸びてきた腕が僕を引き寄せて背中に庇ってくれた。
黒紫のジャケットに黄色のバンダナ―――谷田部くんだ。
「お前ら、どこのチームか知らねぇけどよ。こんなガキに絡むとかカッコ悪いマネしてんじゃねーよ」
低い位置から見上げた横顔には怒気が宿り、声にもドスが利いていて普段のよく知るそれとは違う。黄巾賊の、顔。
そして現れたのは谷田部くんだけじゃなかった。その死角を補うように、また僕を囲んで庇うような立ち位置をとるように、もう二人の黄色を纏った青年が現れる。
「そーそー、こんなちっちゃい子イジメて何が楽しいんだかねぇ」
拳に巻いたバンダナと。
「イジメカッコ悪い。大人げない大人はもっとカッコ悪い」
黄色のニット帽。
谷田部くんも、二人も、無造作に立っているようでいつでも攻撃に移れそうな体勢だった。
不意に谷田部くんが肩越しに振り返る。その目に困惑したような不思議そうな……なにか複雑な感情を見た気がしたんだけど、すぐに男たちを睨み付けて前へと向き直ったため知ることは出来なかった。
その視線を受けて男たちが気圧されたように後退る。一人があっさり伸されたのも一因を担ってるんだろう、腰が引けていた。
「こ、黄巾賊…!?」
「うちらのナワバリで勝手なことは許さねぇってのもあるけど、いい年した大人が小学校にも上がってねえようなガキに手ぇ出してんなよ。失せろ…ッ」
言葉の途中で殴りかかってきた男の拳を軽く受け止め、開ききったその腹に膝蹴りを決めた谷田部くん。相手の体勢が崩れたところに容赦なく肘の追撃が首の付け根辺りに決まった。谷田部くんが慣れた挙動でまた一人を沈める間に、周りでも動きがあったらしい。
「ぐあッ」
「ひッ…!」
そんな上擦った情けない声がした方を見たら、大惨事だった。
一人は鼻から血を流してたし、もう一人は―――腕が伸びている。右肩の位置が下がって、袖から出た手首が不自然に長い。
「………………」
肩、外れてる。
生々しい暴力にこくん、と喉が鳴った。
「お前らやり過ぎだ。ガキの前だぞ」
呆れたような声と共に視界が谷田部くんの腕で遮られる。
「えー、関節外しただけっすよー? 整骨院行けばヨユーで元通りすー」
八重歯を見せてへらへら笑いながらバンダナを巻いた手がひらひら振られ、
「オレも、正当防衛」
ぽつっとした呟きにこつこつとアスファルトを爪先で叩く靴音が重なった。普通のブーツに見えるけど、何か仕込んであるのかもしれない。重い音だった。
「…あのなあ…――っと。とりあえず場所変えっか」
文句を言いかけた谷田部くんは途中で言葉を切ると、辺りを見回した。さっきまでは通り過ぎてくだけだったのに、今は少し離れたところで足を止めてる野次馬が何人か。
未就学児童(不本意ながら今の僕だ)と地べたに転がる複数の男と彼らを伸した黄巾賊の青年たち。
人数が増えたことも、倒れて呻いたり気絶した人間がいたりすることも、注目を集める要因だろう。ここに留まってるのはよろしくなさそうだ。
「はいはい。谷田部さんが三人も気絶させちゃうから、目立ちまくりっすもんねー」
「片付け、大変」
「うるせーよ! 行くぞ。おい、チビ。歩けるか? 背負ってやろうか?」
谷田部くんからごく自然に差し伸べられた手とその呼び掛けに色々心が折れそうになったけれど。
僕は最大限の努力で笑顔をつくって、ゆるく首を振った。
「…大丈夫。自分で歩けるよ」
「そうか。じゃあ、来い」
当たり前みたく手を繋がれて一緒に歩き出しながら、僕は小さく項垂れる。
仕方ないと諦めたって、やっぱり友達からの子供扱いは地味にへこむものだった。


目的地はいつものゲーセンらしい。短い道のりを歩きつつ、このところ荒れている池袋の治安についての注意や保護者はどうした何かのイベントで待ち合わせしてんのかそもそもいくつだなんでこんなとこに一人で来たなど三人がかりの質問を受けた。本当のことは話しにくいので目を逸らしがちに、答えも曖昧に濁していたが、どうにも視線を感じる。
「…?」
気にしないのも難しく、目を上げたら戸惑ったような顔付きの谷田部くんが僕を見下ろしていた。
首を傾げて言葉を待つ。少し言い淀む素振りをみせながらも、谷田部くんは首筋に手をやって口を開いた。
「…お前さ、兄弟とか親戚に吉宗っているか?」
………。こ、答えにくいなあ。まさか本人ですとは言えないし、かといって肯定したら家か僕自身に連絡をとることになるかもしれない。消えてしまったパーカーのポケットに入っているスマートフォンが今どうなってるかわからないが、何となく困ったことになりそうな気もする。
仕方なく首を横に振った。
谷田部くんはそっか、と頷いて苦笑を浮かべると僕の頭を撫でた。
「変なこと聞いて悪い。なんかお前、知ってる奴に似てんだよ。見た目だけじゃなくて、なんか空気っつーか…」
謝られたことに気にしないでと頭を振りつつも、わかってくれたと思えば嬉しくて。自然に緩む頬は隠せなくて。
口には出せない感謝を込めて谷田部くんを見上げた。まっくろい瞳が一瞬びっくりしたように丸くなって、すぐに柔らかく細められる。
「…やっぱり似てるよ、お前」



「谷田部さんも三好本人に積極的になればいいのにねえ」
「下手に触ったら、将軍の蹴りが飛ぶ」
「…ああ……あの人も三好に過保護だもんなー」
「手を出そうと思えば、命懸け」
「だな。でも、男としては難攻不落の高嶺の花って感じ、燃えるよなー」


(……聞こえてんだよ! あいつら、後で覚えとけよ)
(……?)




♂♀



成り行きに流されるままゲーセンの前まで来た僕は、そこではっとなった。
お菓子!
「…どうした?」
強ばった顔で立ち止まった僕を谷田部くんが振り返る。
えーとえーと、どうしよう。
「どーした、おチビー。腹でも痛くなったかー?」
背後からも覗きこまれ、ちょっとした混乱に陥った僕は思わず口走っていた。
「と、」
「「「と?」」」
「Trick or treat!」
ぽかん、とした顔が三つ。
さすがに強引だったか。ハズしてしまっただろうかと気まずくなってきた時、三つの手が伸びてきた。
ぽん。ぽん。ぽん。
軽くて柔らかな感触がいっぺんに頭へと降ってくる。
「え…?」
「ばか、腹減ってんなら早く言えよ。ちーせぇクセに遠慮なんかすんな」
「そーそー、好きなだけ欲しいお菓子とってやるってー」
「任せて」
「ええ?」
あれ、これどんな流れ?
頭の上にくるくる疑問符が回る間にも僕は手を引かれ肩と背中を押されてゲーセンの中に招待されていた――。



はらペコのキミへ両手にあふれるほどのお菓子をプレゼント!


形も様々色とりどりのキャンディー。個包装のマシュマロ。おっきな箱入りのポッキー。カボチャのクッキーにチロルチョコ。キャラメルにショートケーキ……。
店内の片隅にあるベンチに座った僕の膝上には、三人がかりで入手された大量の戦利品が広げられた。
「好きなの食っていいぞ」
隣に腰をおろした谷田部くんが微糖仕立ての缶紅茶を差し出してくれた。お礼を言って受け取ろうとしたのだが、そこに呆れた声が重なる。
「谷田部さん、微糖の紅茶っておチビには早くないっすかねー?」
「それ、三好は好きだった」
青年二人に指摘され、谷田部くんは驚いた顔をした。無意識で選んだらしい。
「…そうだよな。別の買ってくっから、」
そう言って引っ込めようとするから、僕は慌て缶を掴んだ。
「これ、好きだから。ありがとう」
「無理しなくていいって」
そんなことはないので、意思表示に首を振る。
「本当に、好きなんだ」
重ねて言い切れば、谷田部くんは小さく笑った。
「味覚まで似てんだな」



本人ですから。



(言えないけどね!)





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