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ぬいぐるみごっこ(静雄さんと)


暗闇の底にあった意識が浮上しても思考回路はまだ霞がかったまま。目を開けたら赤茶色のくせっ毛が視界いっぱいに飛び込んできた。幼さを残す顔は眠りの中にあって、穏やかな寝息を立てている。
赤茶色。柔らかそうな、キャラメルブラウン。うまそうだな、と思えば勝手に手が伸びててそっと触れていた。指先を擽るような感覚は気持ちよくて、いつまでも触っていたくなる。
幸せってこういうことか。
胸をあったかいもんで満たされる。
ふわふわした想いに自然と口元が緩むのを感じた瞬間、おとなしく撫でられていた手の下の頭が小さく動いた。
閉じられた薄い瞼を縁取る、髪と同じ色の睫毛が震えてぱちりと開く。
つり上がり気味のでかい目。淡い光彩を持つそれに自分の姿が映ってるのが見えるほど至近の距離で、俺はたぶん一瞬呼吸を忘れた。
身動ぎも出来ずに固まっていると、何度か瞬きを繰り返していた双眸がくしゃりと歪む。
泣き出しそうだ、と思ったその時、視界のすべてを占めていた三好の顔がぼやけて消えた。
代わりに、ぎゅうっと、あたたかいものが首に巻き付く。
―――三好は消えてない。どころか、すぐ近くにいる。体温を感じるほど近くに。
視界から消えたのは顔だけで、今は白いパーカーに包まれた小さな肩が見えていた。
首に回された細っこい腕も、成長途中の薄くて狭い肩も全部震えているのが直接伝わってきて、それが移ったかのように俺も動揺してしまう。
なんだこれ、夢か。
「…三好?」
恐る恐る回した腕で三好の背中を静かに撫でた。小さな体の中に溜め込んでた感情すべてを出すような、深い吐息が首筋を擽る。うっかり三好の背中に添えた手に力が入りそうになった。
耐えた。
「………よかった…っ」
掠れて消え入りそうな声には心からの安堵が滲んでいて、聞いてるこっちの胸まで詰まりそうになる。
――しかし、普段こんな風に感情を顕にするヤツじゃないのに、どういうことだ。
「…なんだ、どうしたんだ。まさか、ノミ蟲野郎になんかされたのか!?」
「し、静雄さん…が、」
「………は?」
「死んじゃうかと、思いました…っ」
ぽたぽたと温かい雫が首元を濡らすのを感じて、ばかやろうそれなら寧ろ今こそ死ねると思った。


………。
いや、ちょっと待て。
「なんで、俺が死ぬなんて思ったんだ?」
「な、なんでって…静雄さん撃たれて……っ」
単純な疑問を口にした俺に答える三好の声は不自然に途切れ、腕の中にあるその体がかちりと固まる。
「三好?」
「………すみません、僕。あの、静雄さん怪我してるのに」
居心地悪そうに身じろいだ三好は首にしがみついていた腕をほどくと上体を起こそうとしたらしい。しかし俺の顔の横に突いた肘はベッドのスプリングで沈み込み、更には三好の背中を覆うように回った俺の腕があるため、少しだけ浮いた体は再び胸の上へと落ちてくる。
「静雄さん…、怪我に、障りますから」
困ったような、気遣わしげな声が耳に優しく心地いい。体重がかかったところで薄っぺらい三好の体はほとんど重さなんて感じないし。それよりお前、もうちょっとしっかり飯食った方がいいんじゃないか。

撃たれたとか。怪我したとか。紡がれる単語が回転の鈍い頭に僅かな苛立ちを浮上させるものの。
それよりも、腕の中にある温かさと重みが意識をとろとろと溶かしていく。
瞼が重い。

「…静雄さん…?」
「……ああ、……」

三好に名前を呼ばれるのは気持ちがいい。欠けてた何かが埋まってくように感じて、もっと呼んで欲しいとも思う。

「し、静雄…さんっ」
目を閉じようとしてちょっと苦しそうな声に、そういえばと気が付いた。
三好の腰から下はベッドからはみ出してるし、不自然な体勢を強いている。
それと、別にどこも痛くはないが、俺の怪我を心配してくれていたようだし、乗り上げているのも不本意なのかもしれない。三好は優しくて、いいヤツだから。
納得して、姿勢を横向きに変えた俺は三好の背中に回した腕を腰まで下ろし、引き寄せる。軽い体は難なく浮いて、同じベッドの上に収まった。
すっぽりと包み込める温度に安心感を覚える。また三好が名前を呼ぶのを遠くに聞きながら、俺は意識を手放した―――。



ぬいぐるみごっこ






「ねえ、三好君。分かりきった答えだけど、一応なにしてるのか聞いてもいいかな?」
「分かりきってるなら聞かないでください……」
「わざわざ抱き枕になるなんて、君って本当に付き合いいいんだねえ。僕もセルティの胸になら喜んで抱かれるけど、いや寧ろ俺がセルティを包み込んであげたい」
「嫌みなのかノロケなのかはっきりしてください、新羅先生。あと、このままじゃ静雄さん風邪引くんで布団貸してください」
「おや、こんな時だけいやに饒舌」
『からかってないで、助けるぞ。大丈夫か、三好君』


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あきゅろす。
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