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キャンディ、食べる?(谷田部と)




激しく降りしきる雨が、錆びついた廃工場の屋根を弾丸が撃ち込まれるに似た音を立てて叩く。
雨の帷に閉ざされて、打ち捨てられて久しい建物は世界から隔絶されているようだ。
集まった黄巾賊の面々は思い思いの場所に散らばり、せめて雨の勢いが弱まるまではと停滞した時間を強いられていた。


じとりと湿ったアスファルトと鉄錆びた匂いを押し退けるように、廃工場の一角では甘ったるいにおいが漂っていた。
叩きつける雨音に混じって、時折幽かにころころと小さな音が響く。
ころころと。バンダナを頭に巻いた青年は傍らの少年に貰った飴を口内で転がしながら、メールの送信を終えたケータイを閉じた。
――あまい…、っていうか。いちごミルクとか随分かわいいもん持ってたよな。
最近降り続いた雨で風邪をひいたか、掠れ気味の声を心配して三好がくれた、それ。
喉飴じゃないけど少しはマシでしょ、そう、ふわりと笑った顔が優しくて嬉しかった。
しかし、こちらへ差し出したその袖口から僅かに感じた煙草の匂いに、胸の底深く、澱のようにどろりとした感情が蟠る。

わざとらしく煙草吸うんだっけと訊ねれば、三好はパーカーの袖を少し引っ張りながら素直に首を横に振った。
「…たぶん、移っちゃったのかな」
首を傾げる仕草は小さな子供みたいで。
「先輩が、煙草吸う人で。吸い過ぎは体に悪いよね?」
だから甘いものがあったらちょっとは代わりになるかなと思って、そっと呟く横顔は柔らかい表情で。
飴をポケットに入れてる理由がそれかよと思えば、酷い苛つきを生んだ。
――お前の前で煙草なんて吸うヤツ止めとけよ、なんて。言う資格もないのは知ってるんだ。


「三好、時間は大丈夫か?」
谷田部は冷たい灰色の壁に寄りかかり、隣で廃材の山に腰掛けた少年に問いかける。7時を回ったぐらいは普段ならどうというものでもないだろうが、この豪雨で家族は心配していないのかと気になった。
薄闇にざわつく黄色を身に付けた集団の中、異彩を放つ白いパーカー。廃材を椅子代わりにしていても膝を閉じて座るあたりが育ちの良さを伺わせ、自分たちとは違うのだと再度認識する。
問いかけられた三好は眺めていたスマートフォンから視線を外すと、谷田部を見上げて小さく頷いたのち、首を傾げてみせる。
「女の子たちの方が心配かな。電車、動いてないみたいだから」
喧嘩集団とはいえ、黄巾賊には少ないながらも女子メンバーだって存在した。男でも踏み出すのにうんざりな雨の中、彼女らを歩かせるのは気がすすまない。
三好の言葉に谷田部は、正臣が声をかけに行っている女子のグループを見て苦笑を浮かべた。
知り合いが彼女たちに絡まれている場面と遭遇したこともあるはずなのに、相変わらずお人好しだと思う。
何度荒事に巻き込まれても、カラーギャングに身を置いている自覚のなさそうな三好の方が谷田部的には余程気にかかる存在だった。
「まあ、あんまり遅くなるようなら男連中で手分けして送ることになるかもな」
――最も遅くなったところで、この場に集まってる中には家族が心配するという人間の方が少ないだろうが。
そんな谷田部の内心は読み取れず、それなら、と三好は小さく安堵の息をついた。


雨の音と周囲のざわめきに混じって谷田部と三好はぽつぽつ話を続け、和やかな時間を共有していたが、それは三好の手元から響く着信音によって不意に断たれた。
握りしめたままだったスマートフォンのディスプレイを確認した三好は、ごめんねと谷田部に短く謝り電話に出る。

「――はい。電車、止まってるみたいで」
「―……え? そこまでご迷惑かけるわけには…」
「……っ、でも…」
「―――あ、ありがとう…ございます」
「――それじゃあ……」
「―…はい。あの、気をつけてくださいね」

通話を切ると同時、三好は椅子にしていた廃材から立ち上がった。
スマートフォンを鞄の奥に突っ込み、フードを目深に被った姿を見て谷田部はため息を吐き出したくなる。
「谷田部くん、僕…」
「帰んのかよ? この雨の中」
問う声は低くなった。
三好は困ったような、でも少しの嬉しさを滲ませてこくりと頷く。
「…迎えに来てくれるって」
誰が、とは聞けなかった。
谷田部の眉間に皺が寄るのを見て、申し訳なさそうにアジトの近くでは待ち合わせないから、などと言う。そんな事を心配してるわけじゃない。

けれど、伝えたい言葉は喉の奥で留まり、翻る白いパーカーの裾を見ていた。
三好は正臣にも短く何かを告げ、廃工場の扉を細く開けて豪雨の向こうへ駆け出して行く。


―――行くな。
そう言ったら、お前は困った顔をするんだろう?

紡がれなかった言葉と共に噛み砕いた飴は、やたらと苦い味に感じられた。








(いいえ、それより君を!)


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