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ねぇ、こっちを向いて?(吹雪と)





防寒はばっちり、プロテクターも装備して、ヘルメットのベルトもしっかり止めた。準備はオッケー!

何度も滑ってはコケてきた雪面。だいぶ重心の取り方に手応えを感じはじめてきた。今日はきっと、コツを掴めそうな気がする。風になる感覚を得られれば、きっと未完成の必殺技の習得にもプラスになるはずだ。
「よーし! 今日こそはぜったい風になってやるぞー!」
雪にざっくりと立てていたボードを置いて、ブーツを固定しようとした時少し離れた林の間に見慣れつつある後ろ姿が見えた。朝というにもまだ早い時間帯の今、薄明かりの中でなお目立つ銀髪。
「吹雪?」
自分に確かめるような呟きは届くわけもなく、こちらに気付くこともないままに木々の間へと消えていく背中は何だか気になった。一瞬だけボードに視線をやったが、すぐに答えを出す。
こんな早い時間じゃみんな布団の中かと思っていたけど、練習するなら誰かと一緒の方がきっと楽しい。
ボードは一旦雪に突き立て直して、円堂は吹雪が向かった方へと駆け出した。

空がうっすらと白みはじめたばかりの今、道という道のない雪の上を歩くのは雪国育ちではない者には荷が重い。
先行する吹雪の通ったところに足跡が残っているのが、追いかけるにしても歩き慣れない者としても僅かな救いではあったかもしれない。多少なりとも踏み固められた場所を辿る方が比較的楽なのは確かなのだから。しかし、残された足跡をぴたりと辿っているはずが、どういう訳か吹雪によって作られた靴形のヘコみに円堂の足はより深く沈む。
「…体重とかそんな違わないはずだし、歩き方にコツとかあんのかな?」
首を傾げても結果は変わらず、ずぼずぼと雪を踏みしめる音を賑やかにたてながら円堂は歩き続け、やがて拓けた場所へと出た。
そして目を見張る。
どこまでも真白い地平線からきんいろの太陽が投げかける光の中で大気がきらきらと輝いていた。無数の硝子の欠片が光を乱反射させながら宙を舞い降るような様は、これまで見たこともない幻想的な光景だ。
「…すっげー……」
「キャプテン?」
ぽかんと口を開け、魅入られたように立ち尽くしてしまう円堂だったが、後ろから探し人の声で呼び掛けられ我に返った。
「…吹雪……すっげーな、これ…」
しかし吹雪へと向き直る間も舞い散る光の欠片を目で追ってしまう辺り、まだどこか現実が遠いらしい。
「ふふ、キャプテンはダイヤモンドダストを見るの初めて?」
「…ああ。ダイヤモンドダスト…これがそうなんだ。きれー…だなぁ……」
きんいろの光に滲む薄青く高い空と純白の大地、その狭間を繋ぐうつくしく輝く光の破片から目が離せない。それは何かを連想させた。
雪を踏みしめる音が近付いて、すぐ横で途切れる。
「そうだね、とても綺麗で残酷な風景だ」
「…ザンコク?」
「全てを凍てつかせる寒さの中でしか見られないから。魅入られていると、体温を奪われるよ」
細氷現象が見られるのは、氷点下10度から30度という極寒時だと吹雪から聞かされ、そう言われれば剥き出しの顔はひりひり痛んで強張ってるようだし手袋をしてるのに指先がかじかんで動かしにくい。
「…た、たしかに今日はさむい…もんな」
気が付いてしまうと途端に体中が冷え切ってると意識して、歯の根が噛み合わなくなる。かちかちと奥歯を鳴らしてることにか、震えを止めるように両腕で自らを抱き締める姿にか、吹雪が声を出して笑った。
「わ…わらうなよ〜」
睨むそぶりで視線を流すが、そこにあったのは緩やかにほそめられた不思議ないろの瞳で。
それは森の緑とも海の青ともつかない灰色の混じったきれいないろ。1日の始まりの光が透き通らせるその色は、さっき連想したものを脳裡に閃かせた。
「…ふぶきかぁ……」
「え?」
唐突な言葉にきょとんと目を丸くした吹雪に今度は円堂が笑いかけて、ちょっと呂律が怪しい舌をどうにか動かす。
「しあい中の…さ、ふぶきみたいだと思ったんだ」
あれ、とダイヤモンドダストを示して。
「ふぶきがディフェンスやシュートでワザを出すと、こおりがたいようの光できらきらしててすっげーキレイ」
キーパーとして全体の動きを見てなければならない中で一瞬、思わず視線が惹きつけられる透徹な輝き。光に溶け込み消える刹那の、鮮やかさと儚さを兼ねた煌めきが胸に焼き付いてる。
ぼっとしてられない試合中に目を奪われればゴールを許すことになるわけで、その命取りになりかねない様がどこか重なって見えたのだ。
「ちょっと、にてるよな」
「…………キャプテンって、ほんと…」
吹雪は率直な憧憬を浮かべた目を向けられて僅か照れたように、しかし多分に呆れを露わにして口を閉ざしたが、やがて悪戯っぽい微笑を浮かべると円堂の顔を覗き込んだ。
「…そう。でもね、キャプテン。北海道の冬って長いんだ」
「…うん?」
おおきな濃い茶色の瞳と真っ直ぐに視線を合わせて。
「命を育む大地の色が僕はすきだよ」
純白の景色は確かに魅力的だけど、それよりも希うものがある。雪解けを迎えてようやく見える幽遠の色彩。鳥や虫、吹き抜ける風が植物の種子を運び、やがて豊かな緑を芽吹かせる。地を駆ける獣たちの憩う場。そこに在るだけで偉大な、母なる大地は華やかさはなくとも、すべてを受け止める優しさと力強さの象徴。本人は無自覚だろうけど、サッカーを通して人々を惹き付けてやまない彼そのものだ。


「キャプテンの目も、同じ色だよね」



●ねぇ、こっちを向いて●








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あきゅろす。
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