[携帯モード] [URL送信]
デレデレしないで!(静雄さんと)




その日は帝人も杏里も委員会があるからってことで、帰り道は俺とヨシヨシ二人だけだった。
まあ真っ直ぐ帰るのも芸がないんでナンパでもするかと提案した俺に、ヨシヨシは快く乗ってくれたわけだが――。
60階通りに出た辺りでヨシヨシが小さく声を上げて立ち止まった。
「どーした、ヨシヨシー?」
肩越しに振り返った俺の目に、慌てた様子で鞄を漁るヨシヨシの姿が映る。
教科書やノートの間を探し、更にファイルに挟んであった数枚のプリントを確認した後、ヨシヨシは顔を上げて申し訳なさそうに両手を合わせた。
「ごめん、紀田くん。明日提出の世界史の宿題、学校に置いてきた」
「…ああ、あの先生プリント三枚以上は押し付けてくるよな」
世界史と聞けば明日でもいいじゃねーか、とは言えなかった。やってないとか忘れたとか言った日には小言でその日の放課後潰れかねない。
しょうがねーな、今度なんか奢れよと軽口たたいて送り出すと、ヨシヨシは本当にごめんと頭を下げて学校に駆け戻って行った。



赤みを帯びたくせっ毛が人混みの間に消えるのを見送った俺は、そのまま60階通りに留まっていた。
先に帰ってもよかったし、本日勝率3割と好調とも言えるナンパの成功を素直に受け止めて、可愛い女の子と遊びに行くでもよかった。
でも、なんとなくヨシヨシは戻ってくるような気がして、まだここにいる。

4人目の連絡先をゲットして携帯に登録し、さて次はどの子に声をかけようかと顔を上げた時、関わり合いには絶対になりたくない知った顔を目にして思わず顔が引きつる。
自動喧嘩人形。人間爆弾。何があろうと敵に回してはいけない池袋最凶の男。つらつら浮かぶ物騒な二つ名の数々。
昼日中には似つかわしくない金髪にサングラスのバーテンダーもどきが、壁にもたれかかって煙草をふかしていた。

(……な、なんでこんなとこに平和島静雄がいるんだ)!

ぼんやりするなら公園とか他に相応しい場所がいくらでもあるだろう。他人の行動を規制する権利などないのはわかってるけど、一度奴がキレたら誰にも止められないのだ。自販機やら標識やらが飛び交う地獄絵図が繰り広げられるとなれば、人通りの絶えない場所にはいて欲しくないと大方の人間は考えるだろう。
現に頬の上辺りに血が滲んでるとこを見ても、喧嘩を売られたのか取り立て先でキレたかは知らないが、一戦やらかした後っぽい訳で。平和島静雄を知る人間は、その姿に気付くと少しでも距離をとり足を早めて通り過ぎて行く。

(…しっかし、何してんだ?)

可愛い女の子が近くを通れば反射的に声をかけながらも、静雄の動向は気になる(もちろん、いざとなったら速攻で被害の及ばない場所へ逃げるためだ)。
何とはなしに視界の端でその姿を捉えていると、静雄はたびたび周囲にふらりと視線をさまよわせていた。時折はっと一点で目を留めては、溜め息を紛らすように煙草の煙を吐き出して再びぼんやりする。
そんなことを何度か繰り返す様は、誰か探しているとしか思えない。しかも無意識に。

(………誰探してるかは知らねーけど、静雄が暴れ出さないうちに現れてくれ。あとヨシヨシも早く来い)

心の中で祈ったり念じたりしたその時、人の流れをすり抜けるように待ちわびてた姿が現れた。
――――平和島静雄の向こう側に。

(よりによってかよ…!)

それでも気付かないか、トラブルを避けるために近付かないことを選択してくれればよかったけど。

「あれ? 静雄さん」

しかし、少し離れた場所からも金髪長身のバーテンダーは目立つようで、ヨシヨシは呼びかけながら人の良さそうな笑みを浮かべて静雄の前まで駆け寄った。
転校初期に俺がした忠告はすっかり忘れたらしい。てゆうか、あんななんの気兼ねもなく話かけるってどうゆうことだ。ヨシヨシのバカ。

「三好」
「何か探してるんですか?」
「? 何でだ?」
「? さっき、きょろきょろしてましたから、そうかと…」
「…そう、だったのか?」
ヨシヨシと静雄は仲良くお互いの顔を見つめ合って首を傾げた。
やっぱりヨシヨシが来る前までの行動は無意識のものだったらしい。
しばらく二人で顔を見合わせていたものの、ヨシヨシは何でもないならそれでいいと結論付けたようだ。気負う様子もなく笑顔で会話を続けた。
「ここで会えるなんてびっくりしました」
「…ああ、休憩中でな。三好は今帰りか?」
「はい、ちょっと宿題忘れて取りに戻ってました」
照れくさそうに頬を染める三好に、静雄もまた微笑ましげにサングラスの奥の目を細める。

(………いやいやいやいや、有り得ないだろ。あの平和島静雄が穏やかに笑って男子高生と立ち話とかさ。だからなんでヨシヨシも普通に話してんだよ)

「…静雄さん、頬のここのところ血が出てますよ」
ふと、顔を仰向けて静雄と目を合わせたヨシヨシは、自分の右頬骨の上辺りを撫でてみせた。自身のことなのに、静雄は気にも止めてなかったのか首を傾げ、傷口を手の甲で無造作に拭おうとする。
「ちょ、だめです」
ヨシヨシは慌てて静雄の手を捉え、もう片方の手をパーカーのポケットに突っ込んで絆創膏を取り出した。
「傷口を手で触ったりしちゃだめですよ、静雄さん」
「…そうなのか?」
戸惑った様子で眉を寄せた静雄に、ヨシヨシは困ったように笑ってみせた。
たぶん手渡すつもりだった絆創膏をちらりと見て、もう一度静雄の顔に視線を戻す。
「手当てしないと、だめです」
真剣な声音で言葉を紡いだヨシヨシは絆創膏の包装を剥がし、軽く背伸びをすると静雄の傷口にぺたりと貼り付けた。
一瞬何をされたのかわからなかったらしい静雄は、不思議そうにきょとんと目を丸くした後、絆創膏の貼ってある部分を撫でる。
何度か確かめるようにそこをなぞり、池袋最凶は嬉しそうに口角を上げた(いやだから誰だあんた)。
「ありがとな」
柔らかい声で礼を言われ、ヨシヨシもほっとしたように頬を緩める。どういたしましてと返したヨシヨシは、紺色が覆いつつある空に気付いたらしい。
「それじゃあ、僕そろそろ帰りますね」
何事もなくその場を離れそうなヨシヨシに、事の次第を見守ってしまっていた俺は安堵する。

(…静雄から離れたら声かけるか。何か奢れって言ったけど、今なら俺がジュースの一本でも奢ってやりたい気分だぜ)

小銭あったかなぁ、とポケットに手を入れた時。耳を疑う会話が始まった。

「三好」
「はい?」
「俺も駅まで行く」
「え? 一緒に行けるなら嬉しいですけど、この辺りでお仕事じゃなかったんですか?」
「ああ、まあ…現地集合だ」
「そうなんですか」
「…ほら、行くぞ」

取立屋の仕事で現地集合ってなんだ。ヨシヨシもそれで納得しちゃうとか素直にも程があるだろ、おい。
ツッコむ言葉は脳内でしか流れないため、どこかに届くわけもない。
人混みの中を自動喧嘩人形に連れられて歩く男子高生は、なんだか妙に浮いていた。
遠ざかっていく二つの後ろ姿を茫然と見送った俺は、やっぱり明日ヨシヨシに何か奢ってもらおうと心に決め、痛む胃を押さえたのだった。





デレデレしないで!




「…そういえば」
「はい?」
「三好に会うまでイライラしてたんだけどよ、なんかお前の顔見たら気が抜けた。お前すげぇな」
「は、はあ…(褒められてるのかな?)」



(正臣と静雄と吉宗)












[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!