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「愛してる」を愛してる(P3P/荒垣とハム子)



授業が終わってすぐに学校を飛び出し、どうにか間に合ったバスの乗車口へと駆け込んで私はようやく息をついた。
ポケットの中から携帯を取り出して時刻を確認したら、面会時間は守れそうでほっとする。会わせてもらえるかはまた別の問題だけど、…なんとかしようと思う。
小さな決意をすると同時に先程断りのメールを送ったことを思い出し、少しの罪悪感を覚えた。
ゆかりがくれたクリスマスの誘い。風花と三人、女同士で過ごすのは楽しかっただろうと思うけれど。
特別な日だから、どうしても会いたい人がいた。



†††



清潔で無機質な感じを受ける白い建物の中、走り出したい気持ちを抑えて足早に進む廊下がやけに長い。受け付けにいた年配の看護士に拝むように頼み込んで、ようやく貰えた面会時間は10分。気が急くのも仕方なかった。
やたらと遅いエレベーターで上の階へと上り、また長い廊下を進んで目的の病室へと辿り着く。面会謝絶の札のかかったドアノブに手を掛ける前、持ってきたちいさな紙袋の持ち手をぎゅっと握り締めて深呼吸をした。
こうやって会いに来るの、たぶん望まれてなくて、あとで知ったらきっと怒るんだろうけど。でも、やっぱり今日、会って伝えたいことがある。自分の気持ちを確かめ直して、私は静かにドアを開いた。
そっと滑り込んだ部屋の中、窓から差し込む夕陽が照らすベッドに荒垣先輩は眠っていた。
「…せんぱい、久しぶりですね」
あの晩以来に見た荒垣先輩の姿。人工呼吸器で半分覆われた顔は血の気が引いて青白く、少し痩せたように思える。…ずっと目が覚めないのだから事実そうなのだろう。
ベッドの横に膝をついて、私は言葉を続けた。
「今日は、聞いてもらいたいことがあるんです。ちゃんと、決めたから。誰よりあなたに聞いて欲しくて」
恐る恐る伸ばした指先に触れた頬はやっぱり冷たくて、いつかの温もりを感じられないことがひどく哀しい。
だけど、呼吸器を白く曇らす吐息が、緩やかに上下する胸が、確かに生きている証。今この時も、境界を彷徨いながら荒垣先輩はきっと戦っている。
後ろを振り返らず、自分の道を進めと言ってくれた人。
「私、忘れたくないです」
戦うことを諦めたら、影時間の記憶は全て無くなってしまう。
荒垣先輩は優しい時間をくれただけじゃない。シャドウに立ち向かい、一緒に肩を並べて戦った。前に立って重い武器を振るいながら、後ろにいる私たちのことを気遣ってくれていた不器用で力強い背中。知り合ってから共に過ごした時間は短いけれど、沢山の笑顔と初めての感情をくれた。
「全部、大切な思い出だから忘れるなんて嫌です」
私は自然に浮かぶ微かな笑みに頬を緩めて、左手首に嵌めた細い革製の腕時計を見る。
規則正しく時を刻む針。目には見えない、感じ取ることも出来ないそれは、確実に未来へと進んでいく。
時はいつでも前にあって、道を切り開くのは自分自身。
“絶対勝てない”と、“絶望を知ることになる”と、綾時君は言うけれど。絶対なんてない。未来は自分たちの手で変えていけるって信じてるから。
「みんなで勝って、先輩が帰ってくる場所を守ります」
いつか、みんなが心から笑い合える優しくて楽しい時間。そこにはもちろん大好きな人の笑顔もあるって、訪れる未来を何よりも信じてる。
「……待ってますから。約束ですよ」
決意を宣言して、私は先輩の頬に触れてた手を撫でるように滑らせた。冷たかった頬は、私の手と同じ温度になりつつある。それがとても嬉しくて、名残惜しさを感じながらも手を離した。
今だけはゆっくり進んで欲しい時間は、しかし無情にもタイムリミットを迎えつつある。元々無理を通しての面会なのだから、看護士さんに与えられた時間は守らなくては。
立ち上がりかけて、膝に抱えた紙袋の存在を思い出した。せっかくのクリスマスにうっかり持ち帰ってしまっては意味がない。
「……えっと、これ…気に入ってもらえるか判らないですけど」
ぽつりと呟いて、取り出したのはマフラー。ベベと励まし合いながら、部活で頑張って作り上げたものだ。荒垣先輩のトレードマークであるニット帽に合わせて黒い毛糸で編んだそれは、ベベにも太鼓判を押して貰えた力作で、…ほんとはもっと早く渡せたら良かった。
もっと早く、渡したかった。
「……先輩には、たくさんのものを貰ったから。感謝と愛を込めて、メリークリスマスです」
愛とは恥ずかしいこと言ってしまったなと苦笑を浮かべながらも――そっと枕元にマフラーを置いて、私は今度こそ立ち上がる。
ドアを開きながら、一度振り返った。
「来年は、必ずみんなでクリスマスパーティーしましょうね。ケーキも市販じゃなくて、どーんと大きくてすっごいの手作りして驚かせましょう」
寮のテーブルが溢れるぐらいいっぱいの料理と、おもいっきりおっきなクリスマスケーキを囲んで、必ずみんなで笑いあおう。
来年も、その次も――無くさずに繋いで持っていたい絆。
「そこには絶対、荒垣先輩がいてくれなきゃだめですからね」
私も帰ってくるから。
先輩も、必ず戻ってきて――。


何よりの祈りを胸に、私は静かにドアを閉めた。




「愛してる」を愛してる



伝えてないことがあるの。
だから聞いて。そして、あなたからも伝えて欲しい。
あなたの声と、その熱で――。












時間軸ずれてますけど、たぶん。





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