ゆっくりと恋してる(静雄さんと) 「静雄さん」 耳に心地よい柔らかな声音にすぐ後ろから呼びかけられ、静雄は足を止めた。 他意はなかった、ただ、タイミングが悪かったのだ。 静雄の背中に衝撃とも言えない軽い何かがぶつかって、しかし生じた音はわりと痛そうなものだった。 「…っ」 小さく呻くような声に静雄は慌て振り返る。小柄な後輩が俯き、胸元を押さえて立っていた。 「大丈夫か、三好。悪ぃ、いきなり立ち止まってよ」 「いえ、僕こそぶつかってしまってすみません」 眉を下げて謝る三好に、静雄は尚も心配そうな視線を向ける。 無駄に頑丈な自分と比べ、三好は見るからに細っこくて柔こいのに。 「痣になってねえか…?」 「大丈夫ですよ」 三好はにこりと穏和な表情で静雄を見上げるが、晴れやかとは言えない顔に少し考える素振りになる。 着ていたTシャツの襟元を引っ張って、大丈夫でしょう?と笑ってみせた。つられるように覗き込んだ静雄は陽に焼けてない肌とくっきり浮き出た鎖骨を見てしまい、軽い罪悪感と共に身を引こうとする。 それより早く。そっと前に身を乗り出した三好が静雄に触れた。 額に、やわらかい感触が。 がちん、と固まった静雄に三好はいたずらっぽく瞳を細める。 「ぶつかったぐらいじゃ壊れたりしないって、そろそろ分かってください」 笑みを含んだ声で言い置いて、三好がひらりと体を返す。白い上着の裾がはたはた靡いて、羽のようだ。 指先ひとつ。力の入れ方を間違えば怪我をさせる。何より怨恨や暴力に取り巻かれた環境から離した方が傷付けずに済む。分かってる。 でも、三好は当然みたいに余りにも自然に傍にいるから。 何処へだって自由に行けるのに、必ず傍らに戻ってきてくれる。 柔らかな熱が触れていった額に手を当て、ため息をついた。 形も答えもない 視線を感じた。 いつだって真っ直ぐに目を見て話す奴だとはいえ、余りにもじっと見つめられるとさすがに気にしないでいるのも難しい。 「……何かついてるか?」 マグカップから口を離して首を捻れば、三好は首を横に振って予想外のことを言う。 「静雄さんて、肌荒れとか全然ないですよね」 気にしたこともない。そんなこと言われたことは、もちろん今まで一度だってない。 反応に困りながら、顎の辺りを撫でてみる。 「…そうか?」 三好はこくんと大きく頷くと、何やらきらきら羨望にも似た眼差しを向けて、言った。 「触ってもいいですか?」 「…………………………………は?」 少年らしい細い指先と薄い手のひらが頬を包み、顎の線を辿るように何度も優しくやわらかく撫でていく。 好奇心とか興味本意が透けているならまだ断ることも出来たかもしれない。しかし、触れる手はあくまで純粋で、正面に見える三好はなんだかとても嬉しそうな笑顔だ。 気持ちのやり場に戸惑いつつ、俺は視線を落とした。 テーブルに預けたマグカップから立ち上る湯気はだいぶ勢いをなくしている。 「…………楽しいか?」 「気持ちいいです」 すべすべしていて――まったく自分では実感の持てない感想に戸惑いしか浮かばない。 気持ちいい、というなら三好のほっぺたの方がよっぽど柔らかくて気持ちよさそうだ。 ゆるやかな丸い曲線を描く、それ。 「…お前だって、つるつるしてるじゃねえか」 至近距離で見ても日焼けしてない肌は滑らかで、剥いたたまごみたいだと思えばうまそうに見えてきた。 三好は少し首を傾げると、前髪を押さえて額を出してみせる。 「ここ、ニキビできちゃって」 つるりとした額のこめかみ辺りにひとつ、ぽつり小さく腫れて赤くなっていた。 「痛いのか?」 治りかけに見える小さなそれに触れないよう三好のこめかみ近くを手の甲で撫でれば、つり目がちの瞳がぱちぱちと瞬く。 そして。ふ、と――両眼が照れたように細まった。 「…いえ、くすぐったいです」 睫毛に半分隠された瞳と僅かに桃色を帯びた頬に引かれて、思わず三好のこめかみに口付ける。 「…早く、治るといいな」 まんまるく見開かれた飴色の目に映った俺は、らしくない笑みを浮かべていた。 らびゅー・らびゅー 1月下旬から2月の拍手文でした。 [戻る] |