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あなたも見てますか?(静雄さんと)




少しずつ寒さは和らぎ陽射しも温まる中、道行く人々の服装も徐々に薄いものになりつつある。ゆっくりと、しかし確かに春の気配はすぐそこに近付いていた――。


南池袋公園内、のんびり歩く三好はふらふらしていて危なっかしいと静雄は感じる。視線はずっと上を見上げてさ迷っていて、何かあるのかと静雄もその先を追ってみたが空と常緑樹以外は葉の落ちた木があるばかりだ。面白いものも興味を引かれるものも見当たらない。
何があるのか訊いてみようかと見下ろした三好の表情が、不意にふわりと淡く綻んだ。
嬉しそうで柔らかい笑顔は何に向けられたものなのか、さっぱり分からないことに静雄は妙な不安を覚える。
近くにいたって、心の中は覗けない。
「三好…」
「静雄さん、桜ですよ」
春ですね、と弾んだ声。ほっそりした指先が一本の木の枝先を差した。
うすく淡い色の花びらが青空に揺れる。まだ枯れているとばかり思えた枝の先端、そこだけ一足早い春がぽつりと訪れていた。
さっきから三好が熱心に上を見ていたのは、ちらほら枝先に姿を現した固い蕾に気が付いていたせいらしい。視界に捉えているもの、見えているものが自分とは違うと静雄は思う。
枯れ枝の先に蕾を見つけ、春を喜ぶ。そんな感受性は持ち合わせていない。しかし――、
「きれいですね」
嬉しそうな三好の笑顔が教えてくれる。綺麗なものが、確かに其処にあること。
――気付いたそれを見てもまあ、花だよなとしか思えなくても。
静雄は三好のくせっ毛に指先を通した。梳くような動きに三好は気持ちよさそうに僅か両眼を細める。それは早咲きの桜よりも静雄の目を惹くもので。
静雄もまた、穏やかな笑みに表情をゆるめた。
「…俺にはよく分かんねえけど、お前がそうやって笑ってんのは好きだ」



春の訪れよりも花よりも 世界を鮮やかに彩る その笑顔



お前が笑ってくれれば嬉しい、ただそれだけの単純なこと。






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あきゅろす。
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