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もしかして、照れてんの?(静雄さんとちびヨシ)




玄関が開く音がした。いつもならそこで行儀よく「ただいま」と幼い声が聞こえてくるのだが、その日は違った。
「…?」
ソファーで吸っていた煙草を灰皿に押し付け、静雄は首を傾げる。そろそろとした軽い足音が近付いてきて、リビングのドアが開いた。
「三好?」
「…た、ただいまです」
戸口でランドセルを背負ったまま、赤毛のくせっ毛がぺこりと下がる。そのぎこちなさと、真っ赤に染まった丸っこい頬に静雄は眉を寄せた。
「どうした? 気分、悪ぃのか…?」
三好の前にしゃがみこみ、ちんまり細い肩をそうっと掴んで顔を覗けば三好はあわあわと目を逸らす。ますますその顔が赤くなって、静雄は不安になった。
「…何かあったのか?」
三好は首を振るが、何もないとは思えない。まさかあの碌でもないノミ蟲野郎にちょっかいかけられたのか。
静雄がぎりぃ、と犬歯を軋ませこめかみに血管を浮かべたのを間近に見て、三好はぶんぶんと首を振った。
「ちがうんです。そうじゃなくて…」
そろり。大きな飴色のつり目が静雄を上目に見る。真っ赤に染まった顔で三好はぽつりこぼすように宿題が出て、と小さく言った。
「…宿題?」
静雄は頭を掻く。
自慢じゃないが、勉強はまったく頭に入っていない。小学二年って何やった? 俺で分かんのか、トムさんか新羅に聞くか?――記憶を遡ろうとした静雄に、三好はふるりと首を振る。
ランドセルから綺麗に畳んでいたプリントを出して広げ、静雄へと差し出した。
「…ん?」
プリントには『すきすきバレンタイン週間』と銘打たれ、その内容は“家族に抱きしめられてください”というものだった。親兄弟に日頃の感謝の言葉を伝え、温もりを与えられるといった趣旨であるらしい。
静雄はぎしりと固まった。
――――抱きしめる?
触っただけで壊れそうな、細くて脆くて華奢な……このちいさな子供を。暴力に浸かった乱暴な手で。
それに、危険に巻き込んで迷惑をかけたり怪我をさせかけたことはあっても、感謝されるようなことなど何一つできていない。
抱きしめるどころか触れる資格すら――、
「…っ」
びくりと震えて離れかけた静雄の手を柔らかいちいさな子供の手が握り止める。
逸らされていた瞳がまっすぐ静雄に注がれた。
赤い頬をふにゃりと緩めて、三好が恥ずかしそうに笑う。
「いつもいっしょにいてくれて、ありがとうございます…ぼくの今のかぞくは、しずおさんだけだから」
静雄の手を肩にとどめた三好の手が、するりと首に回された。細くてちいさなあたたかい身体が胸にくっついてきて、目の奥が熱くなる。
「だきしめてください」
拙く耳朶を揺さぶる声に、静雄は怖々伸ばした腕で慎重にやさしく、触れるだけのつよさで薄い背中を包み込んだ。
なんか、泣きたくなった。
一緒にいてくれて、ありがとう。
その感謝を告げるべきは、自分の方だ。



「…あの、あしたもおねがいします」
「………おぅ」




もしかして、照れてんの?



これが照れずにいられるか!



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あきゅろす。
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