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はんぶんこイヤホン(正臣と)




空は薄曇り。冬も近付く気配を見せ始めてるこの頃、風にも冷たさが混じっているのに。


放課後、屋上の狭いベンチの上。姿勢よく収まってる親友の姿に正臣は脱力した。
「昼休みから戻ってこないって言うから何かと思ったら、なんでこんなとこで寝てんだよ…」
どうせサボるにしたって、今日みたいな日なら校舎内の方がいいだろう。空き教室とか。
溜め息混じりに呟いて、横たわる三好を呆れ半分に見つめる。
右手は身体に添って伸ばし、左手は腹の上に置いて。寝てる時まで妙にきっちりしてるんだなと思えば可笑しかった。
「おーいヨシヨシー、そろそろ起きないと風邪ひくぞー」
呼びかけても返事もなければ身じろぎもしない。見覚えのあるフックタイプのイヤホンを耳に引っ掛けたまま眠りに落ちているせいで、聞こえてない可能性も高い。揺さぶってでも叩き起こした方が早そうではあるのだが。
元々幼さを残した顔立ちは、瞳を閉じることであどけなさに拍車がかっていた。
起こす気の失せる寝顔だ。
「……疲れてるんだろうしな」
雲の向こうにある傾いた陽が完全に隠れるまではまだ暫く時間があるわけだから、もう少しだけなら。
正臣は三好の肩に伸ばしかけた手を下ろし、ついでに腰も下ろしてタイルに直接座り込んだ。
目線が低くなったことで三好との距離が縮まる。こうして見ると、基が整った顔立ちのせいでどことなく人形めいた印象があって、何故か不安になってくる。少し顔色が悪く見えるからかもしれない。
他人の事には敏感なくせに、自分自身のことは無頓着。無理をしてても周囲に悟らせない、……言わない。
この時まで気がつけなかった己にも腹が立つが、平気な顔を崩さない三好も苛立たしい。少しは頼りにしてくれたらいいのに。
「…たまには愚痴とか弱音とか吐き出せっての」
そりゃまあ聞くだけになるかもしれないけど、事実、自分は三好に話を聞いてもらうことで救われたのだ。なんの当てにもされてないとしたら、本気でヘコむ。
「なんかさびしーじゃねえか」
うっかり沈みかけた正臣は、慌てて頭を振った。寝てる相手にボヤくなんてかっこわるすぎる。意識を逸らそうと視線を泳がせば、三好のイヤホンに目がいった。


以前、廃工場で三好はニット帽の青年とイヤホンを片方ずつ分け合い、そこから流れる音楽を聴きながら二人で盛り上がっていたことがある。興味が湧いて何を聴いてるのか訊ねた時は、流暢な発音で全然知らないアーティストと曲名を言われた。洋楽はよく知らない上に、7、80年代とか渋すぎるだろう。首を捻るばかりの様子を気遣ってかすぐに三好が「紀田くんは最近どんな音楽聴いてるの?」と振ってくれたから、そこで話題はすり替わってしまった。


不意にその事を思い出したら、なんとなく、手が伸びてた。
フックタイプのイヤホンの片方を勝手に拝借。自分の耳へと引っ掛けた。
懐かしいような切ないような旋律にのせて流れる歌声はやっぱり英語だ。
……わっかんねーっての。内心ちょっと遠い目になりながらもそのまま耳を澄ませてみる。単語の一つに躓いているうちに歌は流れ続け、ただの音の連なりに変わる。
ふと、拒絶しているようだと思った。
寒空の下で独り。目を閉じて、耳を音で覆って。
頭の芯が冷える思いで、目の前の寝顔を見る。
言葉数が少ない割に何かと付き合いが良くていつの間にやら交遊関係を広げている三好の周りには、常に誰彼となく人が集まる。聞き上手で相談されれば真摯な態度で接する、その信用に足る性格のせいか、何だか話を聞いてほしくなる。心地いい雰囲気に甘えたくなるのだ。
自分もその一人だったりするわけだけど、それは、酷く負担なものかもしれない。本人に自覚は全くと言っていいほど無さそうだけど、偶には独りになりたいのかもしれない。今この一時が彼にとって休息になってるなら、傍にいることすら余計なことでしかないのかも。
放っておいてくれと、そう思っているのだろうか。
居たたまれない思いでタイルに視線を落とした。考え過ぎだ。でも、それは………
「―――なんで、そんな顔してるの」
「…っ、おま…! 起きてたのかよ」
なんの前触れもなく唐突に開かれた瞼。透明感のある光を宿すつり目がちの大きな瞳が正臣を映し出していた。
「? いま起きたんだけど、…なにかあったの?」
「…こっちのセリフだろっ。お前こそ、なんでこんなとこでこんな時間まで寝てんだよ!」
「こんな時間…?」
気まずさを隠すために怒鳴りつけた正臣の言葉を不思議そうに受け止めた三好は、横に倒していた頭をもう一度仰向けにして空を見る。太陽がだいぶんと西に傾きつつあるのにようやく気が付いてびっくりした。
「午後の授業サボっちゃった」
「今更それゆーのかよ」
単に寝過ごしただけで深い意味はなかったのか。あんまりな反応の親友に、正臣はがくりと肩を落とした。何度もチャイムが響いただろうに、鈍い。
「もしかして、探しに来てくれた?」
「…まあな」
認めるのも癪だが頷いた。
HR終わっても戻ってこないというし、鞄は教室に置きっぱなしだし、かといって下校した様子もなかったし、まさか何かあったのかなどと…気にかけたのがバカみたいだった。
やれやれと無駄に疲労を感じながら立ち上がれば、無断拝借していたイヤホンの片方が引っ張られて耳から外れる。
「あ」
しまったと思った時にはイヤホンは繋がったコードに従って三好の胸元に転がった。気まずい。
「…あー…っと、わりぃ、…ちょっと聴かせてもらった」
「紀田くん、ビートルズ好きだった?」
ビートルズ。聞いたことはある。よくは知らない。
「…いや。ただ、なに聴いてんのかなーって思ってさ。…なんで、………」
途中で言葉を切って視線を逸らしてしまった正臣の姿に、三好はなんとなく伝わった気がした。
転入したての頃も何かと話しかけてきてくれたり、今も教室に戻らないのを心配して探しに来てくれたり。クラスが違うということすら飛び越える、元来面倒見が良くて優しい性質の彼だから。
―――“Let it be”
先ほどから耳に繰り返し響く旋律を胸に刻む。
闇に閉ざされた中でも、いつか光は差すから。その時まで、なすがままであればいい。これはそんな歌で、きっと現実だってそうなのだ。
八方塞がりに思えたって、状況を打開する方法は必ずどこかにある。
迷って進む方向を見失い、疲れて立ち止まっても。独りじゃなければ何とかなる、きっと、いつだって。
寝過ごしたら、こうして紀田くんが探して迎えに来てくれたりするし。
「ありがとう」
三好が緩やかに目元を和らげて微笑むので、正臣はようやく安堵した。
お礼なんて言われた以上、いろいろ見透かされているようでそこは少し気恥ずかしくもあるけれど、良かった、と思った。
いつだって人の中に在るのに、時々とても遠くにいるように感じて――ふらりと、いなくなってしまうように感じて。
眠る姿に不安を覚えたのも、消えてしまいそうに見えたからだ。
寒々しい屋上で、独りで、悲しげな歌なんて聴いていて欲しくない。
だから良かった、と安心して、横たわったままの三好に手を差し出す。反射のように伸ばしてきた手を掴んで、起き上がるのを促した。
「ラーメンでも食べて帰ろうぜ。体、冷えてるだろ?」
触れた指先は案の定冷たかったから。
せめて、あったまってから帰れよと思うわけで。
強く握った手から伝わればいいと、正臣は三好に笑いかけた。
「…ありがとう、紀田くん」
しっかり握り返された手と、嬉しそうな笑顔を大事に思う。



温かいものでも食べて、くだらない話しでもして、笑って。そして帰ろう、一緒に。



はんぶんこイヤホン


いつだって、どこにだって迎えに行くから

帰る場所は“ここ”だって。ちゃんと覚えておけよ、ヨシヨシ。


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あきゅろす。
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