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二人分、買ってきたよ(叔父と/菜々子と)




病院の受付に駆け込んだ時には、面会終了15分前だった。渋い顔の事務係に謝り倒して説き伏せ、どうにか面会の許しを漕ぎ着けて「廊下は走らないで下さいね」と苦笑混じりの忠告を背中に病室へと向かった。
先に顔を出した叔父の部屋。こんな日にまで几帳面な奴だとしかつめらしく、しかし口の端に笑みをこぼして迎えてくれた。何か言いたいこともある気がするのに、喉奥に引っかかって出てきそうにない。元来、喋るのは苦手だ。それは叔父も同じことで、変なところで似通ってる。
「…わざわざ、すまないな。来てくれて、ありがとう」
不器用な調子で、けれど本心からだとわかる礼の言葉に覚えた照れくささを隠すように、持ってきた小さな包みを叔父の膝へと押し付けた。それは予想外のことだったらしい。叔父は目を見開いたが、同時に得心がいったように頷いて。
「…菜々子も喜ぶ。早く行ってやってくれ」
綻んだ優しい笑みは、父親の顔。
家族なのだと認めてくれている彼へと自然にこぼれる笑顔を返して、病室を出る直前、言い忘れた言葉を思い出して振り向いた。
「……メリークリスマス」








「…お兄ちゃん!」
先に顔を出した叔父のところに続いて訪れたもう一つの病室。引き戸を開けて内に入ると、花が綻ぶような笑顔に迎えられた。
瀬多はつられるように頬を緩めながら、ベッドの上で上半身を起こした菜々子の傍へと足を進める。
「…起きていて大丈夫か」
「うんっ。あした、退院だから。もうほんとにだいじょうぶだよ」
「…そうか」
ようやく安心してからそっと息をついて、小さなあたまを撫でてやると菜々子は気持ち良さそうに目を細めた。こども特有の柔らかな髪の感触に心から思う。
このこが無事でよかった。
このこの笑顔を失わずにすんで、本当によかった。
じわりとした安堵と幸福感が胸に滲んで、ついでに視界まで滲みそうになってしまう。慌てて目元を擦ったが、菜々子には気付かれていた。
「…お兄ちゃん、どうしたの? どっか痛い?」
気遣わしげに顔を覗き込んで、さっきまでとは逆に頭を撫でられる。ちいさな掌が拙い手つきで伝えてくるあたたかな温度が、いとおしいと思う。
八十稲羽に来るまでは、煩わしいだけだった他人の存在がこうまで心を揺さぶるものになるとは想像もしなかった。だけど素直に真っ直ぐ自分を兄と慕う菜々子の存在が、家族としての温もりを教えてくれたから。大切に想う誰かの存在が、時として何より強い力になるのだと気付くことが出来た。
その力が、人と人との繋がりがあったから、最後の最後にも諦めずに戦えた。守ることが、出来た。
「…菜々子、ありがとう」
「もう、いたくない?」
「うん、…痛くないよ」
「よかった」
ほっとしたように、嬉しそうに笑顔を見せる菜々子と顔を見合わせて。
ふと、時計が目に入った。すでに面会時間が10分過ぎている。菜々子も瀬多の目線を追って僅かに表情を陰らせた。淋しげな顔に、優しく頭を撫でてやる。
そして上着のポケットから小さな包みを取り出した。
「クリスマスプレゼント」
「いいのっ!?」
ああ、と微笑して頷けば菜々子は明るい頬を綻ばせ、首を傾げる。
「開けても、いい?」
「もちろん」
シンプルな小さな箱に綺麗にかかったリボンをほどけば、中からはころりとした編みぐるみが現れた。
「クマさんだ!」
愛嬌のあるまんまる目に鮮やかな青い毛並みと赤い服。
毛糸で形作られたそれには手づくりらしい温かみのあるものであって、菜々子は泣き出しそうに瞳を滲ませると、――しあわせそうに笑ってみせた。
「ありがとう、お兄ちゃん」


今日という特別な日が、ほんの少しでもこの子にとって優しいものであればいいと。
そう願って、瀬多はちいさな頭を柔らかい手付きで撫で、言葉を紡ぐ。

「メリークリスマス、菜々子」


あたたかな夜をきみに









二人分買ってきたんじゃなくて、二人分持ってきたよ、なお話になった(笑)



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あきゅろす。
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