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僕が君を好きなわけ(静雄さんと)



空はどんより鈍色の曇り空。60階通りの雑踏は煩わしく、仕事先に向かう俺の足取りも重かった。
借りたもんは返すのが道理ってもんだってのに、なんで奴らは自分の浅はかさを棚上げの挙げ句開き直ったり逆ギレしたりしやがるんだ?
考えているうち、苛々してきた。力の入った奥歯がぎりりと軋み、こめかみに血管が浮かぶ。すれ違う奴らがぎょっとした顔で俺を見ては脇に退いて行った。

「……ん?」
雑踏の向こうに見覚えのある赤茶色のくせっ毛が揺れた気がした。
真っ直ぐ前を向いて歩く、幼げな横顔。白いパーカーに両手を突っ込んで、跳ねるような足取りを進めるその姿。
ふ、と肩から力が抜けるのを感じた。
三好。
反射的に片手を上げかけた時――、
三好の後ろから黄色を身に付けた男たちが数人駆け寄り、親しげに話しかけるのが見える。振り返った三好も話しかけた男たちも楽しそうな笑顔で声を交わし、上げた手同士を打ち交わした。
その時。中の一人、黄色のバンダナを頭に巻いたヤツが、触れた三好のそれに何か気付いた様子で両手を掴む。
瞬間、生じたのは――頭の芯が冷たい何かで沸き上がり、身体の奥に黒くどろりと重いものが流れ込んでくるような不快感。指の先から熱を失ってく気がした。
触るな、噴出しそうになる衝動を紛らすために、取り出した煙草に火をつける。
逸らせない視界の先、心配そうに何か言うバンダナ野郎と、囃し立てる周りの奴らと、照れたように苦笑する三好が―――…ふと、視線を流した三好が。俺を見た。

ぱ、と顔を綻ばせた三好はバンダナ野郎に何か短く言って、周りの男たちにもぺこりと頭を下げるとこっちへ駆け寄って来る。
取り囲んでいた奴らから離れた手と距離にひどくほっとした。
「静雄さん、こんにちは」
にこりと、裏表のない素直な笑顔がすぐ近く、俺を見上げていた。
「……」
「静雄さん?」
とっさに反応のできない俺に、三好は首を傾げる。もう一度、俺の名前を呼ぶと気遣う表情で伸ばされた手が腕に触れた。
手。さっきバンダナ野郎に掴まれていた、それ。
「……三好、…手、どうかしたのか?」
「はい?」
訊くつもりなんてなかったのに、気が付けば口をついて出ていた。三好は自分の手に視線を落とすと、ああ、と頷いて照れくさそうに笑ってみせる。
「少し、指先が冷えてしまって」
最近さむくなってきましたよね、そう言って街路樹を見上げた三好に俺もつられて顔を上げた。緑色の中にぽつぽつ黄色く染まった葉が見え、季節が冬に移り変わろうとするのを知らせているようだ。秋口から、寒がりなのか制服の上にパーカーを着込んでいた三好にはつらい季節なのかもしれない。
あの、バンダナ野郎が心配するほどに。
「そんなに、冷てえのか」
俺の腕を掴んだ手のほっそりした指先は赤くなっていた。
触って確めたいと思うと同時、触れば折っちまいそうだとも思う。伸ばしかけて止めた手を、強く握りしめた。さっき失った指先の熱は、やっぱり戻らないままに感じる。
――こんな手で、大切な奴を温めてやることなんて……出来るはずがないだろう。
自嘲めいたものが口の端に浮かびかけた。しかし、
「静雄さんは、手、温かそうですよね」
ぽつり呟いた三好は次の瞬間こどもみたいな、歯を見せた悪戯っぽい笑顔をつくる。
「静雄さん」
「…!?」
唐突に三好の両手が俺の左手を包み込むように握りしめた。硬直した俺に、三好は少し残念そうに首を傾げてみせる。
「あれ…? いきなりだったら、びっくりすると思ったんですけど」
びっくりなら、してる。
「冷たくないですか?」
つめたい……? 何がだ。
「いや、あったけぇ…けど」
「あったかいのは、静雄さんの手ですよ」
そう言って三好は苦笑したが、不意に心配そうな顔になった。
「もしかして、指先の感覚ないですか? ぼうっとしてるし、熱があるとか…」
俺の手を包み込んでいた手の片方が離れて、額に伸ばされる。前髪を掻き分けるようにして触れてきた手は確かに体温が低いようだが、いつもより熱を帯びて感じる額に心地いい。
「…少し、熱いような……これからお仕事ですよね。あんまり、無理しないでくださいね」
心配そうに眉を下げた三好の手がそっと離れていく。思わず、その手を額に押し付けるように捕まえていた。
「静雄さん?」
不思議そうに首を傾げる三好に、俺もまた不思議な気分になる。
さっきまでは確かに冷たく感じていた自分の手。三好があったかいと言ってくれた手は、今、三好のひんやりとした温度を感じとれている。
「……悪ィ」
ぱちぱちと目を瞬く三好に気が付いて、何をやってるんだと自分に呆れながら手を離した。低い体温と共にあたたかい何かを手離したような喪失感も覚えたが、それが何かはわからない。
謝った俺へ、気にしないでくださいと首を振ってみせる三好に口端で笑ってみせ、ゲーセンの入口でこっちを見てる奴らを指した。
「…あいつら、待たせてんだろ?」
行かせたくなんか、ねぇけど。
ぽんと、軽く肩を叩いて促してやれば、三好は気遣う様子を見せながらもこくりと頷く。
「それじゃあ僕、行きますけど…。風邪、ひかないでくださいね」
「…ああ。三好も、あんまり体冷やすなよ」
三好は、柔らかく微笑した。
「大丈夫です。少し温まりましたから」
ひらひらと、ついさっきまで触れていた手が振られる。
「静雄さんは、優しいですね」
「…は? そりゃ、お前の方だろうが」
あんまりにも予想外の言葉に口にくわえた煙草を落とすところだった。
分け隔てない態度も、傾けられる気遣いも――持っているのは三好だ。
「手。静雄さんの手は温かいじゃないですか」
なんか聞いたことがある気もするが、それは手の冷たい奴は心が温かいとかそんなのじゃなかったか。
疑問符を浮かべた俺の内心を見透かしたように、三好は吊り目がちの双眸を優しく細めた。
「温かい手の温度を冷えきった相手に分け与えて、自分の手が冷たくなる人は優しい人――ってことらしいですよ」



俺がお前を好きな理由



くるりと背中を向けて走り去る間際、ぽつりと落とされた言葉。

「静雄さんは僕に分けてくれましたよ、熱」
――なんて。
そんなものじゃ足りないぐらいのものをお前は俺にくれてるって、
気付きもしてないんだろう。
いつだって自然体で優しいお前が、俺はたぶん―――…




白いパーカーに包まれた小さな背中が駆け寄る先、ただ三好だけを見つめる黄色いバンダナを巻いた男。
化け物の俺なんかの傍にいるより、普通の、同年代で気の合う奴らと一緒にいた方が三好の為だろう。
そんなこと、分かりきってる。


―――でもよ、気付いちまったから。
それでも、譲れねえんだよ。


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