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そんなところが、好き(ウサギな静雄さんと)


「静雄さん…」
名前を呼んだきり絶句した後輩の姿に、静雄は心底情けなくなった。
いつもなら真っ直ぐに大きな瞳を合わせて笑ってくれる素直で優しい後輩の視線は、静雄の頭上に釘付けだ。つり目がちの双眸はまあるく見開かれ、口もぽかんと開きっぱなし。ただひたすらに驚愕だけが表に出ていた。

――静雄の頭頂にその存在を主張するのは、ぴょこりと伸びたきんいろのウサギ耳。
「…っ!!」
――三好にだけは、何がなんでも絶対こんな間抜けな姿見せたくなかった。
いや、今からでも遅くねえ!!と、ほとんど反射的に静雄は自らの頭上に生えた長くてふかふかした二本のウサギ耳をひっ掴む。
――引き抜こうとしている。
「ダメです…っ!!」
一瞬でそれを悟った三好が、思いっきり背伸びして静雄の手ごとウサギ耳をぺんと押さえつけた。
「離せ、三好…ッ」
「嫌です。静雄さんの耳でしょう?」
「こんな間抜けなもん…つけてらんねぇだろうが!!」
「間抜けなんかじゃないです」
激昂した静雄を宥めるよう三好は静かな口調で語りかけて、苛立ちを含んだ琥珀の双眸も怖れることなく真正面から視線を合わせる。
「静雄さんの大切な一部で、それに僕……」
細っこい右手の指先が、そうっと長い耳の輪郭を確かめ辿るように優しく先端までを撫でた。
淡い色彩の花弁がゆっくりひらいていくのを連想させる、ふわりとした笑顔を三好が浮かべる。
「ふかふかしてて、好きです」
毛で覆われた耳が赤くなるはずもなかったが、頭のてっぺんまで血がのぼる感覚。がくりと首を落として、静雄はウサギ耳を握り締めていた手から力を抜いた。
自由を取り戻したウサギ耳が静雄の頭の上にひょこんと立ち上がるのを見て、三好は無邪気に微笑すると金色の毛並みの感触を楽しむように何度も手を滑らせる。
その優しい手が気持ちよく、静雄はため息を一つつくと目を閉じた――。


(……耳を引きちぎって、三好の声が聞けなくなるのも嫌だしな)





いつもの通学路。信号待ちで出会った静雄さんと二人、少しの時間並んで立ち話をしていた。
そっとしておいてくれればいいのに、残念ながらこの街は命知らずな人たちが多い。
例によって例の如く、――絡まれた。


「……毎度毎度てめえらはよぉ、人がせっかく寛いでたってのに――」
ぶちぶち、と静雄さんの血管が切れる音を聞いた気がした。ふわふわの長い耳はピンと伸び、苛立ちを顕に毛が逆立っている。大きな手がカーブミラーに伸ばされ、ぐっと握った瞬間指の形に金属の棒が窪むのを見て、僕はとっさに駆け出してその手の上に自分の手を重ねた。
「落ち着いてください」
ここは学生が多数通るわけで、カーブミラーが無くなっては事故に繋がる可能性も増える。何より、近くにいるのに静雄さんの借金がこれ以上増えるのを黙って見ているのも嫌だった。
一緒に行動することが増え、その中でわかったこと。
触れても振り払われない。
掴めば止まってくれる。
そして、ちゃんと目を見て話せば聞いてくれるのだ、この人は。
「投げちゃ、だめです」
触れた手の熱を感じながら(最近、体温高いことが多いけど、熱っぽいんだろうか)真っ直ぐに視線を合わせて訴えた。
それと同時、絡んできたチンピラな人たちに向かって今のうちに去るよう手振りで示す。
「ここは車通りも多いし、小学生もたまに歩いてるんです」
「でもよ…」
サングラス越しに吊り上がっていた両目から力が抜けた。眉が下がって、頭の上のウサギ耳もへんにょりと垂れ下がる。
「あいつら、お前を殴ろうとしたじゃねえか」
「……っ」
ふわふわの金色の毛並み。触り心地の良さはすでに知っているそれに、思わず伸びかけた手を慌てて抑えた。
まだ静雄さんの手はカーブミラーを掴んだままだ。
絆されそうな心を戒め、どうにか使命感を奮い起たせて口を開きかけた時――
「ッおいこら! 無視してんじゃ…!!」
「邪魔だっつってんだろぉがよおぉぉッ!!」
止める間はなかった。
馬鹿にされたと逆上した男たちが殴りかかってきたところに、カーブミラーを掴んだ手を支点にして腰を捻った静雄さんの回し蹴りが綺麗に叩きこまれる。
格ゲーの雑魚キャラを想像させるそれで、一瞬にして一辺に吹き飛ばされる男たちと―――折れ曲がったカーブミラー。
…静雄さんの力で支点にされて、耐えきれなかったんだろうなあ。
僕は小さくため息をついた。

「……悪ィ、三好」
謝るならこの場合、憐れに曲がったカーブミラーと、区か都かわからないけど管理してるとこに対してじゃないだろうか。僕には、許す資格もない……というか、止めきれなかった僕も同罪だろうか。カーブミラーって、いくらするんだろう。
ちょっと遠い目でカーブミラーを眺めていたら、もう一度小さな声で謝られた。
項垂れる金色の頭と金色のウサギ耳。ついさっきまで怒りや苛立ちを宿してぎらついていた瞳も、眦を下げてしょんぼりと――。
「…………っ」
なんだろう、この凶悪なコンボ。
ここで今、僕が慰めるのも許すのも間違っている。それは違う。
とりあえず公共物破損はやめましょうとか言うべきだ。借金も増えてしまう。まだ若いのに。これからきっと現れるだろう彼女とか結婚相手に負債を背負わせるのは、静雄さんだって不本意なはずだ。
「静雄さん…っ」
意を決して顔を上げる。
ふわふわ金色のウサギ耳が根元から垂れ下がっていた。
「三好」
頼りない声音が僕を呼ぶ。
「お前は暴力、嫌いだってのに…呆れた、か?」
触れるだけの力で添えられた手が肩を包んだ。
「…!!」
なんかもう、だめだった。
なんで金属の棒を容易く曲げる手で、壊れものを扱うみたく触れるのか。
なんで荒々しく怒号を発する口から、畏れるような切ないような声を出すのか。
なんで……、
――僕は、結局のところこの人に弱いのだ。
「…いいですよ」
良いわけはないけれど。
「だから、元気だしてください」
気がつけば手を伸ばしてへたへたと垂れたウサギ耳を撫でている自分。随分と現金なものだとは思うけれど。
「次からは、気をつけてくださいね…」
微笑んでみせれば、静雄さんもまたほっとしたように相好を崩した。



そんなところが、好き



嬉しそうにぴょこっと跳ね上がった耳、そのもふもふの質感も。
あなたの笑顔も――。


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あきゅろす。
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