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ひとつだけの傘のした(正臣と)
教室に残ったのは四人組と二本の傘。
二つに分かれる組み合わせは―――。



杏里との相合い傘、その権利を誰が得るのか不毛な言い合いを続けていた正臣と帝人。やり取りを唐突に打ち切ったのも正臣だった。
「あー、もう、しょうがねえな!」
ため息混じりで肩を竦め、帝人の傘を奪い取ると、彼自身の体は杏里の方へ押しやった。
「そんなに帝人が傘の下っていうせまーい空間で、杏里と肩をひっつけて帰りたいってゆうなら、俺とヨシヨシは涙をのんで譲ってやるよ」
「だ、誰もそんな事言ってないよ!」
「わかったわかった。衝動に任せて傘の影で杏里に無理やりキスとか迫っちゃダメだぞ帝人!」
「全然わかってないじゃないか!!」
「杏里…、もし人気のないとこで襲われたら、遠慮なく通報するんだぞ?」
「ええっ?」
似たような表情で目を丸くし、赤面する帝人と杏里。
初々しいなあ、とそこまではまったくの傍観者。三人のやり取りを微笑ましく見守っていた三好の腕を、正臣が唐突に引いた。ぼんやりしていた体は特別力を入れていたわけでもなく、不意に駆け出した正臣の勢いに釣られる形で走り出す。
「え、ちょっと正臣!?」
後ろから掛けられた帝人の戸惑った声に、正臣は教室の引き戸をすぱんと開きながら肩越しに振り返った。
「傘は明日返すからよ! ちゃーんと杏里を送って帰るんだぜ?」
じゃーな!と一方的に会話を断って、正臣は教室を出る。三好の腕を掴んだままで。
後に続くように廊下に飛び出す直前、どうにか半身を捻って、三好は帝人と杏里に手を振った。
「また明日ね」
二人の呆然とした顔がまたそっくりで、やっぱり微笑ましいと三好は思う。だから、正臣がからかいたくなったり、こんな形で二人きりの機会を作ってやろうとする気持ちもまた、分かるような気がした。


軽い音を立てて開いた青い傘が二人の頭上を覆って、小さな空間を作り上げる。降り注ぐ雨の下に踏み出そうとした時も三好の腕は掴まれたままで。
「…紀田くん、」
自分のそれよりもゴツゴツした指先の感覚が何故か居心地の悪さをもたらす。正臣とは肩を組んだりとスキンシップに慣れているはずなのに、どうしてか理解できないままで三好はそっと腕を引いた。
呼び止める声と緩く抗う力を感じて正臣が動きを止める。
「……ああ。悪い、ヨシヨシ」
感情の読めない声と静かに離される腕に小さな痛みを覚えた理由もまた、三好にはわからなかった。





小さな無数の雨粒は細い細い銀糸が薄い幕を織り成すにも似て、世界を滲ませる。
1メートルほどもなく狭まった距離、周囲から空間を断ち切るのは頭上を覆う一つの傘だ。ほんの僅か身動きすると腕がぶつかるのを意識したら何だかぎこちなさを感じて、傘に当たる雫のぱらぱらという音に耳を澄ませていた。
普段ならどうでもいい話が尽きることもないのに、今日に限ってぽつりぽつりと話してはすぐに途切れる。俺もヨシヨシも変に無口な気がした。
雨が街の音を遠ざけているから、余計に静寂を際立てているのかもしれない。

駅への道を辿りながら話の切欠を探してみたけど、歩いているうちに無理に話さなくてもいいかと思えてきた。ヨシヨシの向こう側の景色を見るふりで横を見れば、いつもより遥かに近い位置に在る手や普段見ない角度で視界に映る横顔が目に入る。

手が俺よりも小さいよな、と思えばさっき掴んだ細い腕の感触を思い出した。
女のような柔らかさはなくても、鍛えられてるわけでもないそれは自分のものに比べてひどく頼りない細さに感じられた。
ヨシヨシを見てれば、どことなく育ちの良さとか暴力沙汰には無縁の生活を送ってきたことが分かる。
大事な友達で、黄巾賊のメンバーとしても信頼してるのは本当。
だけど、俺たちとは違うのだと今更ながらに実感した。
協力を求めておいて勝手な話だろうが、血生臭い暴力の直中に巻き込みたくはないと思う。それでいくら傷付こうとも、ヨシヨシは逃げ出したりしないだろうから。
自分の身が危ない時でさえ、ヨシヨシは仲間のために踏みとどまるだろう。見掛けよりもずっと強い正義感と、しなやかで強靭な精神力を持ってるヤツだから。


「…雨、やみそうだね」
「そう、だな」

―――止まなくてもいい。
知っていたことも、新たに知ったことも、零に近い距離から実感するのは新鮮な気分だったから。

もう暫くだけでいい。
――離れたく、ないんだ。

交わす言葉よりも、躯の半分が感じてる温かさから。
あと少しだけ。もう少しだけでいいから、このままで――そう願うのに、街を覆う銀色の幕はどんどん薄れてく。溶けるように滲んだ色とりどりの灯りも鮮明さを取り戻しかけていた。

信号を渡ってしまえば駅はすぐそこ。雨雲が散るのが先か、駅に着くのが先か。どちらにしても残された時間が少ないのは確かだった。







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