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どきどきあくしゅ(平和島先輩と)


昼休みの屋上。今日も他愛ない会話の途中、僕の頭辺りにふらりと伸ばされながら、諦めたように指先を閉じて元の位置に戻っていく大きな手。それを見ると、どうしてか僕は寂しいような悲しいような複雑な気分になる。
高校生にもなって頭を撫でられたいわけではない。しかし、諦めてほしくはないのだ。
人と触れ合うこと。体温を分かち合うことを。



平和島先輩は人に触れるのが怖いと言う。
過去、自分の意思では制御出来ない力に巻き込んで好きだった人を傷付けたらしい。それはその後何度も繰り返されて、今となっては誰もが怯え恐がり、平和島先輩から距離を置くのだと。
そうやって距離をあけ、遠巻きにされることは平和島先輩の望みでもあるらしい。最初から自分に近付こうとする誰かがいなければ、抑えきれない衝動で嫌いな暴力を振るって傷付ける心配もないのだと静かに語っていた。
僕にはそれが分からないし、分かりたいとも思えない。
誰も傍にいない孤独で得られる静寂なんて、そんなことが平穏なんて、思わないで欲しい。そんなのは、悲しすぎる。
自分以外の誰かと交わす言葉を、触れ合う熱を求めないなんて――それが本心からなら、そんな淋しそうな笑顔を見せないで。

「平和島先輩」

だから僕は名前を呼ぶ。
弾かれたようにこちらを向く琥珀色としっかり目線を合わせた。
喧嘩の最中であれば獣を髣髴とさせる荒々しさを宿したそれは今、困惑と頼りなさで揺れている。
だから。僕はこの人を放っておけないのだ。
いくら強力無比な力の持ち主であっても、こんな表情を知っていては拒絶しようなんて思えない。僕にとって平和島先輩は、優しくて、強くて弱い、大切な先輩だから。
安心させるように微笑んで、僕は手を差し出した。
「握手をしましょう」
はい。と伸ばした手と僕の顔を交互に見て、平和島先輩は苦しそうに表情を歪める。
「…俺が握ったら潰しちまう」
「潰れませんよ」
どんな強い力だって、普段から発現してるわけじゃない。アルミ缶は掴んだだけでひしゃげるわけでなければ、パンだってハンバーガーだって持っただけじゃ潰れないんだから。人間の身体はもっと丈夫だ。
怒りの衝動で我を忘れてでもいなければ、平和島先輩が無駄に人を傷付けるようなことをするはずがないと、僕は知っている。

大丈夫ですと伝えても、平和島先輩は頑なだった。
己の手の中に掴む、という行動は想像以上に緊張と恐怖をもたらすらしい。
僕は首を傾げて少し考えた後、差し出していた手を宣誓するように胸の高さまで持ち上げた。手のひらを平和島先輩に向けてみせる。
「触るだけなら、大丈夫でしょう?」
本当は僕の方から平和島先輩の手をとっても良かったけれど。でも自分から手を伸ばせないと、これから卒業してどんどん広がってゆく先輩の世界で為にならないだろう。例えば彼女ができてデートする時とか。
そう。この時の僕は軽いお手伝いぐらいの気持ちだった。掴まり立ちできない子供の手を引くような、そんな。
だから分からなかった。
恐る恐る持ち上がった平和島先輩のその指先が微かに震えている理由も、僕を見る目が切なそうに苦しそうに細められるその訳も、なに一つ分かっていなかったのだ。

そっと指先が、それから手のひらが触れ合った。長い指、大きな掌。鉄の棒を軽々と折り曲げ捻り切るそれは確かに鍛えられた硬さを持っていたけれど、肌の感触も少し熱いほどの体温も僕と同じく『人』のもの。
平和島先輩は、化け物なんかじゃないのに。

「三好、お前は…」
囁くような声が僕を呼ぶ。
「俺が触れてもいいのか」
平和島先輩の指が僕の指と指の隙間を埋めるように優しく柔らかく絡んだ。手の甲をほとんど覆う長い指は、触れるだけの力でそこに添えられている。薄くて脆い硝子細工よりもそっと、貴重な宝石を扱うような大切さで。あまりにも慎重で丁寧な力加減で包まれた手は、まるで自分のものじゃないみたいだったけれど。
握手できるじゃないですか――そう言おうとして、熱を分かち合う右手を見る。指先と指先が絡んで繋がったこの形は……、







握手。そう、握手をするつもりだったはず。いや、触れて手を繋ぐって目標は達成できたんだからいいのだろうか。
それにこんな繊細な力加減が可能なら、女の子が相手だってなんの問題もない。どうやら僕は余計な心配をしてたようだ。うん、でもよかった。ちゃんと他人と触れ合うことができるんだから。
なぜか心臓が、そして重なり合わさった掌が。どくどくして、頭の中が混乱気味なのが自分でも解せなくて、僕は繋がった手から目を逸らせずにいた。


――その、手が。
緩やかな力で平和島先輩の背面方向に引かれる。視界が白く染まった。三度瞬きを繰り返す間にそれが先輩のYシャツだと理解する。
なんの警戒もなかった身体は、ごくごく自然に先輩の胸へと引き寄せられていた。
「……へいわじま、せんぱい?」
柔らかく絡む指先も、背中を包み込むように回された逞しい腕も、頬を寄せる胸も、ぜんぶがぜんぶ―――あつい。
「三好…」
低い声がすぐ近くから耳朶を擽り、背中に添えられていた片手がするりと背骨を撫で上げるようにして首の付け根を支える。
加えられた僅かな力で顔が仰向けられると、びっくりするぐらい近くに平和島先輩の顔があった。
薄い口唇、高くすっきりと通った鼻梁、光に透ける金色の髪、こんなに近くで見てもこの人は整った顔立ちをしてる。
……脳はすっかり思考を放棄していたが、だからといって現状が消えてなくなるわけでもない。
至近。僕に触れる熱よりももっとずっと熱くて、強い感情を宿した琥珀色の双眸。そこに内包されたものは確かに、欲―――だった。


(キスしたい、
    キスしたい、
         キスしたい)



目を逸らせないまま、砂糖を煮詰めたような甘ったるくてとろとろとした、しかし溶けた鉄のような熱を持って見つめてくる琥珀色を見返す。
頭の奥に鳴り響く警報。どこで間違ったのか分からないけれど、今のこの距離と体勢が不適切なのは分かっていた。
とにかく一旦離れようと身を引こうとしたが、右手は未だ平和島先輩のそれに絡めとられていたし、首の後ろも押さえられている。
「……へいわ…」
平和島先輩、と言うつもりだった声は途中で遮られた。

先輩の口唇で。

熱くて柔らかい、程好い弾力をもつそれが僕のものと重なっている。焦点がぼやけた視界の中で平和島先輩の金髪がきらきらしてた。なのに閉じられた瞼を飾る睫毛は黒いんだなあ、と不思議に思う。いや、平和島先輩は日本人だから当然なのか。
……。日本人は、挨拶でキスしないよね。
身動きがとれない中、脳は現実逃避を始める。一応、抵抗はした。空いてる左手で先輩の胸を押し返したりはした。まったく効果がなかっただけだ。
無意味に円周率が頭を回り出した頃、唇と唇の間に指先分の距離が空く。
相変わらず熱を持った吐息を感じるほど近くで、平和島先輩が言葉を紡いだ。

「…キスしていいか」

――もうしたじゃないですか。僕の声は音になる前に吸い込まれていく。
どこへ。
平和島先輩の口内へだ。
徐々に激しさを増す舌の動きに翻弄され口の中を好き勝手蹂躙されながら、僕はうっすら残った意識の片隅で始業のチャイムが鳴るのを聞いていた―――。



むさぼるようなキス




「キスなら、お前を壊す心配はないよな?」
「……」




(頭と心臓は壊れそうなんですけど)













静ヨシへの3つの恋のお題
・これって恋人繋ぎってやつ?
・キスしたい、キスしたい、キスしたい
・むさぼるようなキス

こんなネタ振りみたいなお題出ちゃったら書くしか(笑)
……………ってゆうか、静雄さんどんだけしたかったんだ……orz

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