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お姫さまおんぶ?(谷田部と)


ゆらゆら揺れる足先と包み込まれるような浮遊感。何より身体の前半分に触れる温かな熱が、なんだか懐かしい感覚ですごく安心する。今より身体も心もずっと幼い頃、これと同じ感覚を確かに知っていた。
記憶の隅に追いやられて、埋もれ忘れられてくだけだったはずのぬくもりを夢うつつで想う。

冷たさを帯びた風が頭から背中を撫でてゆく中、頬に当たる自分よりも少し高い温度が心地よく、手放しがたい誘惑を感じた。
もっと、と三好はふわふわした頭の端っこで考える。
だらりと垂れ下がっていた腕に力を込め、しがみつくように首へと回して滑らかでちょうどいい弾力のあるその熱を更に求め、頬をすり寄せた。
瞬間。うおぅ、と上ずった聞き覚えのある声がすぐ近くから鼓膜を揺さぶる。
「………?」
まだ、思考がぼんやり霞んでまとまらない。瞼は接着剤で貼り付けられたようにくっついてて、引き剥がすのに多大な労力を必要とした。
がんばって確保した視界はいつもの三分の一程度。そこに誰かの頬から顎にかけてのラインと動揺したように開閉する口元が、ただでさえ狭い視界を埋めるぐらいの至近距離で飛び込んできた。
誰か、というか――さっきの声といい、ぼやけた視界の端っこで僅かに映るジャケットの襟といい、谷田部だ。
何がどうしてこうなっているかは相変わらず理解の外だが、どうやら谷田部に背負われてるらしい。
「……ん、」
「三好、?」
柔かい声音に優しく名前を呼ばれて、やっぱりどうしようもなく瞼が重みを増してゆく。何よりこの、あったかい体温がよくない。冷たい風すら退けてしまうような、包み込まれて守られてるような小さな空間がよくない。今一自分の状況が把握できてないけれど、このままでは確実にもう一度熟睡する自信が三好にはあった。
「やたべくん…」
眠りの中に片足突っ込んだままの回らない舌で心地いい体温の持ち主を呼んで、自分で歩くよと言おうとしたら、その前に小さく苦笑する気配。
「…いいよ、眠いんだろ? 駅に着いたら起こしてやるから」
寝てな、と。
穏やかなそれは甘えることを全力で肯定する。許されてると分かる声に逆らえない。もとよりまとまらない思考はゆるゆる解けていき、三好は重たい瞼を持ち上げる努力を放棄した――。



お姫さまおんぶ?



少しだけ持ち上がっていた三好の頬が、また肩の上におさまった。その確かな重みと再び聞こえてきた気持ちよさそうな寝息に、谷田部は小さく息をつく。
信頼されてる、三好に安心を与えられる存在だというのは嬉しい。それは間違いのない本音ではあった。
いつだって力になってやりたいし、傷付けることを望みはしない。しかし、と思ってしまう。
歩くたびに首筋をやわっこい髪がふわふわ掠め、少し目線を動かせば子供っぽい幸せそうな寝顔が見える。
そりゃあ、手を出すつもりなんてない。それは裏切りだ。三好の信頼を、友情を踏みにじる行為だ。

―――って言ったって、素直過ぎるだろ! 無防備過ぎるだろ!!

無性に叫びたい衝動を深呼吸でやり過ごし、谷田部は小さく一人ごちた。


「………俺って忍耐強いよな」





少しだけ首を倒して三好の頭に軽く自分の頭を触れさせる。
今はまだ、我慢できる。

―――でも、

騎士がいつでも自分を護る存在だと思ってると、噛みつかれても知らないからな。


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