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聖母の御手(静雄さんと)




「あ」
ふと、スチールラックの上で佇んでいる白と橙色のそれとカレンダーの日付に視線を往復させ、三好は小さく声をあげた。
「どうした、三好」
キッチンスペースからマグカップ二つを手に戻ってきた静雄がソファーに腰を降ろしつつ首を捻る。三好の分にと淹れてくれたミルクたっぷりのコーヒーをありがとうございますと受け取り、少年は微笑んだ。
「小正月だから、そろそろ鏡餅食べなきゃなあと思って」
狭いアパートでは床の間なんてあるはずもない、が、お正月にそれっぽい雰囲気だけでもと用意した手のひらサイズの二段重ね。二人で分けて食べるにはちょうどいいサイズである。
「静雄さん、おしるこ好きですか?」



♂♀



下げた鏡餅を手にキッチンスペースに立った三好は、包丁を片手にちょっと気合いを入れた。
「三好? それ切るんじゃねえのか」
何となくどうするのか気になったらしく着いてきた静雄に隣から訊ねられ、三好は真剣な目で見つめていた鏡餅から静雄を見て苦笑する。
「切るのは切腹に見立てられて縁起が悪いそうなんです。だから、割ろうと思って」
三好が包丁の刃ではなく柄の底を平たい餅へと当てているのはそれでか、と納得した静雄は頷く。三好の手ごと包丁を餅から下ろすと、自分の拳をそこへ当てた。
「割ればいいんだろ?」
「あ、静雄さんっ」
三好の慌てた声は間に合わない。
振りかぶり、打ち下ろされた静雄の拳は――餅を跡形もなく粉砕した。
「……………」
摘まもうとした三好の指先を細かな白い粉がすり抜け零れ落ちる。
餅としては欠片もない、見事なもち粉だった。
「…わ、悪い、三好」
俯いてふるふるしている三好にもしかして怒らせたかと静雄は頭を下げたが、顔を上げた三好はすごく楽しそうな笑顔を見せる。
「びっくりしました、やっぱり静雄さん力持ちですね」
力持ちとかそんな生半可な表現で済む事態ではないが、出会って一年を過ぎた少年は随分と順応性が養われたようだ。
お正月恒例、露西亜寿司で行われるサイモンとのスリリングな餅つき。高速で、しかも轟音を立てて突かれる迫力の餅を興味津々に見守り、出来たものから配るのを自然に手伝う心遣い。見掛けの柔和さ通りに優しく、外見に見合わず動じない強さも持っていることを静雄も知ってはいるけれど。
「静雄さんといると思いがけないことが起きて、楽しいです」
「…怒ってねえのか?」
「なんで怒るんですか」
心底不思議そうに首を傾げられ、静雄は気まずげに後ろ頭を掻く。
「いや…だってよ……これ、もう食えねえだろ?」
「そんなことないですよ」
三好は柔らかい笑顔を浮かべ、静雄を見上げた。
「バターモチとか、一回作ってみたかったし。静雄さんにも食べてもらえたら嬉しいです」


粉々に破壊し、元の形を失ったもの。無意味なものに堕としたと静雄が落ち込む隙もなく、その手は掬い上げてくれる。
柔らかで優しい手が傍らにあることを感謝せずにはいられない。





聖母の御手



「…ところでよ、バターモチって何だ? 餅なのか?」
「ココナツ味のもちもち食感で甘い、ハワイのお菓子です」
「何か想像つかねぇけど、旨そうだな」
「はい。僕もレシピしか知らないですけど、楽しみです」











『聖母の御手』は悪魔とワルツをさまからお借りしました。



'13小正月ネタ。小正月は1月の14〜16日を差すらしいです。




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