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走れ!(谷田部と戦争コンビと)



その日の俺は、どうしようもない眠気に襲われていた。もう歩きながら頭が左右に揺れるほど眠い。
見かねた三好が少し公園で休んでく? と気遣ってくれたのが、本当に申し訳なく何より残念でならなかった。まさか学校帰りの三好と街中で会うなんて。知ってたら、昨日ダチの家で夜通しゲーム大会なんてやらなかったのに。
「…悪ィ」
眠気には勝てず目をこすりながら謝る俺に、三好は小さく笑う。
「気にしないで、谷田部くん」
ふわふわとした気配は心地よく、やっぱり――いいなと思った。



そんなわけで、サンシャイン通りで会った俺たちは手近な公園に向かった。本の上に留まった丸っこい白フクロウの像があるそこは、子供のための遊具がないどころか植えられた木すらまばらである。まともに座れるベンチもほとんどなく、天気が良くて温かい今日はあいにくの満員御礼だった。
「……その辺のヘリでいいか」
瞼が半分ほど下りた目で園内を睥睨し、数少ないベンチがリーマンのオッサンたちで埋まってるのを見てとって早々に諦める。瞼の裏に砂を入れられてゴシゴシ擦られているような感覚から別れられるなら、もう何だってよかった。
ふらっとすぐ近くの花壇の縁に腰を下ろして、目を閉じる。
「……ごめんな、三好」
本当なら、先にゲーセンへ行かせた方がいいんだろう。でも、出来れば側にいてほしかった。


―――しかし、背もたれもひじ掛けもない、所詮は花壇の縁だ。安定感もないし、顔をうつ向ければ首が痛い。
「…………〜〜っ」
寝づらい!
「…谷田部くん」
控えめな声で呼び掛けられたかと思えば、やさしい力で腕を引かれた。力の抜けていた身体は容易く傾く。倒れ込んだ先。軽い衝撃で受け止められた頭と、上向いた視界。
―――空と。俺を見下ろす三好の顔…が……。
「…は……」
え、何コレ、何特典!?
混乱真っ最中の頭は、三好の膝を枕にしていた。
普段見れない角度で、しかし柔らかく、三好がにこりと笑う。
「固い膝でごめんね?」
いや、それはなんかあったかいしやわらかい気がするから(少なくとも俺なんかよりはずっと)、全然いいんだが。問題があるとしたら、そこじゃない。
眠気と動揺と妙な感動が渦巻いた頭は働きが鈍くて、俺は言うべき言葉を見つけられずにいた。ぱくぱくと口を開け閉めする俺をどう思ったのか、三好は日陰じゃないから眩しいよねとか的外れにも程があることを言い出す。
かと思えば、トレードマークとも言える白いパーカーを脱いで俺の上体に掛けてくれた。光を和らげる白が視界を閉ざす。
三好の体温と、パーカーからふんわり香る柔軟剤の匂いと――、
「おやすみ、谷田部くん」
安心感を覚えるそのあたたかな声音が意識を解きほぐして………――いくかとおもったんだが、急激に膨れあがるような殺気と凍えるような冷気がパーカー越しからでも肌に突き刺さった。
生存本能って素晴らしい。
俺は掛けてくれた三好のパーカーを跳ね上げ様それでくるむようにして細っこい腰に腕を回すと、身体を捻って花壇から転がり落ちた。
直後、銀光が視界を掠めて轟音と衝撃波にも似た風圧が全身に当たる。
何とか身体の上に三好を受け止めたはいいが、二人分の体重が地面に打ち付けた背中にかかって息が詰まった。
しかし、今は苦しいだとか痛いだとか言ってる暇はない。乗っかってる三好ごと身体を起こすと、手を掴んで走り出す。空いてる左手に地面に落ちかけた白いパーカーをひっ掴んで。
流れる視界の中で半壊した花壇(粉砕されたのは俺の足があった場所だ)とレンガを砕いて地面にまで突き刺さった街灯、それから花壇の土に深々根元まで埋もれた三本のナイフを認めた。
それと、幻だと思いたくても存在感あり過ぎて無視も出来ない二人―――真逆の立ち位置を取りながら、その行動は同じっていうんだから笑える。
「…静雄さんと、臨也さん? なんで…」
左方向に現れた金髪にサングラス、真っ昼間には不似合い極まりないバーテン服の自動喧嘩人形。
右方向に現れた黒髪黒服、この陽気にファー付きロングコートの新宿の情報屋。
攻撃を仕掛けてきた二人と破壊された花壇、そして手を引く俺を忙しなく見回して、三好は目を白黒させていた。落ち着かせてやりたいのは山々だけど、今は命の危機だ。
「来い、三好!」
「…え? ええ!?」


走れ!


「三好に何させてやがんだ!! 逃げてんじゃねぇぞこらあぁぁぁぁッ!!」
「君はどこに消えようと興味無いけど、その子は置いて行きなよ」
それはそれはよく通る怒号と、叫ぶでもないのにやたらとクリアに耳へ届く声が後ろから迫る。
公園内を突っ切ってサンシャイン通り方面へ駆けた。歩道を歩く通行人は手を取って走る俺と三好を迷惑そうに一瞥するも、追走してくる自動喧嘩人形と情報屋の姿に慌てて脇へと避難する。モーゼ並に行く手を阻む人波を分ける二人にかかっては、普通の状態ならすぐに追い込まれただろうが――今は違った。
間に挟まった存在がいるため、最初の一撃以外は大型の無機物もナイフも飛んでは来ないし―――後ろで威嚇のような激しい金属音が時折鳴り響いてくるけど、それは背後の二人が足の引っ張り合いに興じている証拠で――。

「…ちょっと。いくらシズちゃんの脳ミソが皺一本ないぐらいツルツルに磨耗してたとしても、今ここで俺とやり合ってたら何時まで経っても追い付けないことぐらいは理解できるよねえ」
「あ゛ぁ!?」
「だから――…、こっちだって死ぬほど不本意なんだからさあ、自分だけ不満そうな顔しないでくれるかなぁ。バカじゃない」
「…てめェから死にてえって言ってんだな。そうだな、そういうことだよなあイザヤくんよぉ…」
「不本意だけど、って話持ち掛けた時点で違うに決まってるんだけど。本当にシズちゃんってバカだよね。やっぱり死んだ方がいいよ」
「死ぬのはてめェだ、くたばれノミ蟲野郎ォォォッ!!」

噛み合ってない会話の合間合間に、キィンッ、ガキンッ、ドカァァンッ!!と日常生活を送る上で丸きり縁のない特撮効果音並の金属音と破壊音が響く。
……なんであの人ら、殺し合いレベルで短くへし折られネジ切られた街灯(往来で振り回しやすいようにした結果のようだ。持ちやすさを求めてか、握る部分が滑り止めよろしく捻って細くなってるのは見なかったことにしたい)と二刀流ナイフをぶつけ合い受け流し大きく空振りなんてことやりつつ、罵りあって走り回れるんだろうな。やっぱ両方化け物だ。
距離、全っ然離れねーし!

ちなみに三好は大人しく俺に手を引かれるまま走っていたが、時折背後を振り返っては心配そうな顔をしていた。
……口に出して自分の株を落とすつもりもないけど、あの人らの心配はするだけ無駄だと思う。
不意に三好が顔を上げて俺を見た。
「…ん?」
「眠気、とれた?」
――それは今、気にするところか?
「……。おお、いっそ夢だったら良かったのにと思うぐらいにはな!」
池袋最凶とナイフ使いの情報屋。日頃から将軍が絶対関わり合いになるなと言っている二人から背中に浴びせられる殺意。しかも現実離れした効果音付きでの逃走劇ともなれば、充分過ぎる悪夢だ。
半ば自棄気味になった返答に一瞬きょとんとした表情を見せた三好は、――笑った。
「――ははッ。確かに今非日常ど真ん中って感じだよね」
破顔一笑。そんな言葉が浮かびそうなほど、朗らかに。
……………。
「いやいやいや、今そんなのんびりした状況じゃないよな!? 追い付かれたらヤバいって分かってるか、三好!」
「え。でも静雄さんは何も悪いことしてないのに暴力振るう人じゃないし、臨也さんも…自分で手を汚したりしないと思うし」
たぶん。とか、目を逸らしながら言うな。
背後から響く効果音が心なしか小さくなった。振り回すそれぞれのエモノのモーションもコンパクトになった気がする。
これを狙っての言動ならまだマシだったんだけどな。「なんでいきなり、おいかけっこが始まったのかよく分かんないけど」とか不思議そうな顔するからタチが悪い。
三好ってときどき天然だよなあ。
膝枕が羨ましくて許せなかったんだろう。半端ない恐怖感を浴びせられる理由に足るかは人によるとは思うが、…俺自身あの一瞬の幸福感を思い出すと理解出来ないこともない。
――まあ、何より本当は俺自身が一番分かってるんだ。
あの人らは三好を傷付けたりしないだろう。追い付かれれば、俺が三好の手を離しさえすれば、このおいかけっこは終わる。
だから、これは俺の我が儘だ。
例え実体化した悪夢でも、巻き込まれるべきじゃない非日常が相手であっても、繋いだ手を離したくない。
公園から俺の我が儘で始まった、ゲーム。破壊神と魔術師を相手取り、逃げ切った先の褒賞はこの手の中にある存在を留めておける。それだけだ。
めちゃくちゃ危険で不利なゲーム―――。そう考えると、俺まで少し笑えてきた。

結局のところ、選択肢はただ一つ。


「なあ、三好。ゲームには負けるわけにいかないからさ」
「?」
「手、絶対離すなよ」

握りしめた手の力を強めても、それは振り払われたりしなかったから。
俺は三好に口角を上げてみせると、前を向いて走るスピードをあげた。



――どれだけ追っ手が強力だって。盗賊が手に入れたお宝を手放すなんて、名折れだろ?





「……随分いい気になってるみたいじゃないか」
「……あのバンダナ野郎、殺す殺す殺す殺す殺す……」
「シズちゃんさあ、俺に八つ当たりしてるぐらいならあの男の後頭部へこましてきなよ(その間に三好君は貰ってくけど)」
「てめェさえ消えれば追い付けんだよ! おとなしく死ね!! ってか聞こえてんだよ、三好渡してたまるかよ!!」




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あきゅろす。
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