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辞書貸して(来良)
辞書貸して


三時限目が始まる三分前。教室に駆け込んできた正臣が、杏里の席で集まっていた三好と帝人の三人に向かってぱんっと両手を合わせた。
三好と帝人は顔を合わせ、杏里は勢いに圧されたように目を丸くしながらも机の中から英和辞書を取り出す。
こちらでいいですか、と控えめに差し出されたそれを正臣が大げさなまでの感謝を述べて受け取る直前。
「貸さなくてもいいよ、園原さん。正臣の場合、自業自得だから」
帝人は多分に呆れを滲ませた半眼で正臣を見つめ、ぽつりと言葉を紡ぐ。
「んなっ、冷たいぞ帝人! お前は俺が横暴な教師にみんなの前で怒られるっていう辱しめを受けても何も思わないのか!? そんな冷たい子に育てた覚えはないぞ!」
「育てられた覚えもないよ。それに遊んでて遅刻したあげくの忘れ物なんだから、言い訳の仕様もないじゃないか」
「付き合いを無下に出来ない時が男にはあるのさ。おこちゃまの帝人にはわかんないかもしれないけどなー」
「…園原さん、本当に貸す必要ないからね」
辞書を手に正臣と帝人のやり取りをおろおろ眺めていた杏里は、同意も拒絶もできずに困惑顔で助けを求めるように自分同様沈黙を守る三好を見た。
視線に気付いた三好は杏里に小さく笑ってみせると、その手に持ったままの辞書の表紙をぽんと叩いて机の上に下ろさせる。
「貸さなくていいと思うよ。変な単語にライン引かれたらこまるでしょ」
「しねーよ!」
思わずツッコミ入れた正臣が先を続ける前に、三好は辞書へ乗せた手を支点に正臣の方へと身を乗り出していた。
「“出先”から直で学校に来るなら、服に汚れが付かないようにしないとね」
「は?」
意味を捉えかねた正臣が目を丸くしたほど近くで、にっこりと無邪気に三好は笑う。
しかし耳元に顔を近付けて内緒話をするように潜められた声が紡ぐ言葉は、まったくもって笑えないものだった。


「パーカーに口紅ついてるよ」
「!!」



鳴り出したチャイムに正臣は慌て教室を駆け出た。
辞書を受け取れなかった後悔とか、これから確実になった説教が待ち受ける憂鬱とかよりも、なんだか浮気がバレた夫の気分てこんなかと思ってしまったことに変な汗が滲んでいた。





「…紀田君、どうしたんでしょう?」
「トイレでも我慢してたんじゃない?」
「ああ、フードにペンキがついてたよって教えたから。慌てて落としてるんじゃないかな」
「「ペンキ??」」




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あきゅろす。
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