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廊下で見掛けた背中/P

窓から差し込む日差しに鈍くひかる金色の髪。前を行く背の高い後ろ姿を、僕は無意識に追いかけていた。





借りてた本を返却して図書室を出たところで目にしたのは、見覚えのある後ろ姿。特別教室が集まるこの棟で見掛けるのは珍しいことで、少しだけびっくりした。現にあまり平和的とは言えないこの学校で、図書室は昼休みというのに数人しか利用者がいなかったし、ここの廊下も人気がほとんどない。平和島先輩の進行方向、彼の人の姿に気付いた数少ない生徒たちがぎょっとしたよう脇に退いて道を空ける。
自然に開いた道は平和島先輩にとって慣れたことなんだろう、気に留めた様子もなくすたすた遠ざかる背中。それが何故か寂しそうに見えたのは気のせいかもしれなかったけど。気のせいなら、いいんだけれど。僕はどうしてか放ってはおけなくて、不自然にならないよう少しだけ足を早めて追いかけた。

平和島先輩が曲がった廊下を同様に折れた僕は、そこで先輩の姿を見失う。真っ直ぐ進めば一般教室が並ぶ棟に出る渡り廊下、右手の階段を登れば屋上に続いている。迷わず階段を上がった。

一段飛ばしで階段を踏みつけながら、思う。
平和島先輩と出逢ってからこれまで、会うのはいつも屋上だった。元々そこで寛いでいた先輩のとこに僕がお邪魔するようになったのだから、当然ではあるんだけど。
それでも。目を細めるようにして笑う顔や、不器用に頭を撫でる大きな手が。
屋上にいる平和島先輩は、僕を受け入れてくれていた気がするのだ。


ところどころ錆の浮いたドアは、軋んだ音をたてて開いた。冬も近いとはいえ、中天から光を注ぐ真昼の太陽に照らされた屋上は建物内にいた僕にはすこし眩しさを感じるほどで、僅かに目を眇める。
数度まばたきして明るさに慣れた視界に屋上の様子をぐるりと見渡した僕は、水を抜かれてがらんともの寂しげなプールを横目に昇降口の裏手へと足を進めた。

立ち並ぶ給水塔の隙間をくぐり抜けた先。いつもの場所に平和島先輩はいた。
寝転がるわけでもなく、プリントを広げてもいない――立てた片膝に右腕を預けて俯く姿はやたらと絵になっていたけど。下がった前髪に隠された表情は近寄り難さを覚えるもので、僕は給水塔の隙間から踏み出せなくなる。
声をかけられず立ち尽くしていると、不意に平和島先輩が顔を上げた。ぼんやりとした無表情だったのが、目が合って綻んだ。
「三好」
名前を呼ばれて硬直したみたいに固まっていた体が動きを取り戻す。
僕は平和島先輩のいる拓けた場所に出ると、腰を下ろしてからぺこり、頭を下げた。
「こんにちは、平和島先輩」
「ああ、……」
「…?」
頷いた平和島先輩は言葉を続けるでもなく、僕の顔を見つめたまま。
何か付いてるだろうかと自分の頬を撫でてみた。
それを眺めてた平和島先輩が少しだけ笑って、いや違うんだと首を振る。
「何となく顔が見たい時にお前は現れるから」
すげーなって思ってた、そんなことを優しい表情で言うから。
僕は自分の頬が挟むようにして撫でていた手で隠されていることに感謝しつつ、小さくぽつりと言葉を紡いだ。
「…よかったです」
必要な時、傍にいることができて。
続けようとした言葉はなんだか照れくさいような気がしたから飲み込んで、かわりに小さく首を傾げる。
「何かあったんですか?」
「ん、ああ…」
頷いた平和島先輩は、空を見上げながら苦笑を浮かべて言葉を紡いだ。
「卒業、決まったみてーだ」
「おめでとうございます」
反射的に祝いを口にして、疑問に思う。
危ぶまれてた出席日数も心配されていた成績も問題なく、先の未来に進んでいけるのに。なんで平和島先輩は浮かない様子なんだ。
寧ろ、戸惑っているようにも見える。
「…平和島先輩?」
呼びかければ、先輩はゆっくりと視線を僕に向けた。なんだか迷子になった小さな子みたいに頼りない表情だと思った。
「…っつっても、進学は無理だし就職も決まってねぇし。まあ、思い返したところで喧嘩ばっかりの碌でもねぇ学校生活だったけどな、…でもよ……」
不意に口ごもった平和島先輩が話し出すのを僕は黙って待つ。

頭上を流れる雲が落とす影が形を変えながら過ぎ行く頃、ようやく言葉を見つけたらしい先輩が再度口を開いた。
「お前に会えたことは、本当によかったと思うんだ」
「先輩…」
「喧嘩売ってくるわけでもねぇ、怯えて遠巻きにするわけでもねぇ、普通に接してくれる奴なんて今までいなかったからな。三好。お前がこうして傍にいてくれることが、俺は、」
そこまで言って、平和島先輩は照れくさそうに、しかし僅かばかりの切なさを滲ませて言葉を切ると、僕の頭にぽんと軽く手を乗せた。
「……すげぇ、感謝してんだ」
腕に遮られて先輩の表情は見えなくなったけど、囁くように降ってきた声音はひどく優しくて。
別れを惜しんでくれているのかと思えば、ぎゅうと胸を締め付けられる。
けれど、それだけじゃなくて。進む道の見えない漠然とした不安みたいなものもまた、感じた気がした。
だから僕は平和島先輩の腕に手を添えてそっと頭上から外すと、現れた目をまっすぐに見つめて、言う。
「…だいじょうぶ」
一つそう遠くはない未来の予言をしよう。
「いつか平和島先輩の周りにはもっと人が増えて、もっと触れあえる人が増えます」
自らの力を厭う優しい人。
自らの力が誰かを傷つけないよう、人を遠ざけようとする寂しい人。
一緒に時間を過ごすことで、僕は知ることができたから。
これからも、きっと。平和島先輩の優しさや寂しさを理解してくれる人が現れる。
「きっと、平和島先輩の周りには、」
「…三好」
笑顔が増えます。と、続けるつもりだった言葉はどこか真剣で切実な響きを含んだ先輩の声に遮られた。

「その“周り”ってのには、…お前も入ってんのか…?」

両肩を包むように掴んでくる大きな手も、伏し目がちの琥珀いろの目も、ひどく頼りなくて。
安心させてあげたい。孤独ではないのだと知ってほしい。
そう思う感情がどこからくるものなのか、今はまだわからないけれど。
僕は平和島先輩に向かって微笑んだ。


「先輩が望んでくれるなら、いつだって」


寂しげな後ろ姿を見守るよりも、隣に並んで歩きたいと願ってる。





「……でもよ、俺が卒業しちまったらこんな風には会えなくなるよな」
「連絡貰えれば、会いに行きますよ?」
「……連絡先、」
「ああ。交換しておきます?」
「!! い、いいのか…?」


それから。ぱあっと表情を明るくした先輩が素晴らしい速さで携帯を取り出し行われたアドレス交換から、何故か卒業前の放課後から待ち合わせて週に何度かは一緒に食事する機会がもたれることになるんだけど、それはまあ、また別の話――。




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あきゅろす。
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