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drrr
車道側をください(谷田部と/企画提出)



姿が見えなければ気にかかるし、傍にいる時はできる限り力になってやりたいと思う。
危ない目に合わせたいとは思わないし、怪我なんて絶対にさせたくない。
黄巾賊に引き込んでおいて矛盾してるのはわかってる。それでも、それは紛れもない本心で――、

だからたぶん、その時の行動も完全に無意識だった。


雨上がりの60階通り。ところどころに大きさも様々な水たまりのできた歩道を三好と二人、並んで歩く。
いつものゲーセンに着く前に学校帰りの三好に会ったのは偶然で、こうして街中を一緒に歩いているのは何だか新鮮だった。
灰色の雨雲が通り過ぎた空は秋特有の高く澄んだ色をしていて、だいぶ涼しさを増した風が軽やかな足取りで半歩先を行く三好の上着をふわりと揺らす。ポケットに手を突っ込んだまま小さな水たまりを飛び越える仕草がしなやかで、どことなく猫を連想させた。
赤茶の毛並み、人懐っこく気まぐれな猫。
ふらふらと一カ所に留まってはいないのに、いつの間にかするりと懐に入り込んで、ずっと前から傍にいたかのように存在を馴染ませる。
軽やかにしなやかに街を駆け抜ける、猫。くせっ毛なのか耳の上あたりで無造作に跳ねた髪もそれっぽい。ぴったりじゃないかと思えば、自然に頬が緩んだ。

「…あ、そういえば」
もうすぐで横断歩道に差し掛かる所。また一つ水たまりを跳ねて避けた三好が、何か思い出した様子で振り返る。
その時。点滅中の信号に速度を上げた車が突っ込んでくるのが見えた。
車道には大きな水たまり。
「三好!」
一歩踏み込めばさっき三好の飛び越えた水たまりに靴の先が入ったが、気にせず三好の腕を掴んで引き寄せると同時、俺は車道側に背を向けた。
ばしゃり。
嫌な音と背中に不快な感触。タイヤに跳ね上げられた水が、ガードレールを越えて俺の背中を濡らしたのだと見なくたってわかる。普段だったらドライバーを口汚く罵る言葉が出てくるはずだった。いや、その前に他の野郎だったら庇ったりしてないか。精々ずぶ濡れになった姿を笑って、着替え買うんだったら付き合ってやるぐらいで済ましたと思う。
なのに、今はすぐ近くに目を丸くした三好がいる。そのトレードマークともいうべき白いパーカーに汚れのないことが、何故かすごくほっとした。
「谷田部くん…」
「おう…、濡れなかったか?」
吊り目がちの瞳が数度ぱちぱちと瞬いて、自分の体を見下ろした。
その視線の延長線上、水たまりに踏み込んだ俺の足が。
「…あ」
三好は分かりやすく顔色を変えた。慌てた仕草で俺の横から身を乗り出すようにして背中を覗き込み、申し訳なさそうに、戸惑ったように目を伏せる。
「…僕がぼうっとしてたから。ごめん、谷田部くん」
「別に、お前が謝ることじゃねーよ。悪いのは減速もしやがらねぇ、あの車だ」
「でも、」
「それにさ、その白いパーカーじゃ泥水跳ねたら大変そうだし。よかったじゃん、汚れなくて」
「谷田部くん…」
「だから、謝るの禁止な」
くもった顔が見たかったわけじゃない。
軽く三好の額を小突いて、俺はシャツを脱いだ。黒紫のそれは見た目多少の斑が出来た程度だったが、やっぱり濡れてるのを着たままじゃ気持ちが悪い。
「あ、…それじゃあ、これ」
三好はわたわたとポケットを探り、ハンカチを差し出してくる。シンプルなインディゴブルーのそれを思わずまじまじ眺めた。
シャツは脱いだし、水たまりに突っ込んだ革靴は大した被害もなく、ジーンズの裾が水を吸って重くなっていたけど、まあ、こっちはそのうち乾くだろう。
「…?」
「襟足、少し濡れてるから」
「げ、まじか」
首の後ろに手をやると、確かに髪の先端とバンダナの一部が濡れていた。
そのままにしておくと無事なTシャツまで被害が及ぶ。
「……。わりーな、汚しちまう」
バンダナを外して手渡されたハンカチで髪を拭った。記憶の底を漁ってみたところで、綺麗に折り目のついたハンカチ常備の男なんて思い当たらず、手の中で水を吸ってくしゃくしゃになっていくそれに申し訳なさを覚える。謝る言葉は自然に口をついて出た。
しかし三好は気にしないでと首を振り、
汚れたら洗えばいいんだよ、そう言って笑う。
少し赤みを帯びて見える双眸が緩やかに弧を描き、口元を綻ばせたそれは、普段よりも一際幼く見えた。心臓が変な跳ね方をする。なんだこれ、不整脈か。
そんなこっちの動揺なんて気付かないで、三好は真っ直ぐ俺を見上げて先を続けた。
「庇ってくれてありがとう」
にっこりと、全開の笑顔で。
素直で無邪気なその笑みがどうしようもなく顔に熱を集めた。
「…〜〜っ!」
一瞬にして耳まで熱い。
目を合わせていられず、口元を覆って目を逸らす。
「谷田部くん?」
不思議そうに首を傾げる三好。赤面してしまったことが気恥ずかしくて、いたたまれない。三好は大事な友人なのに。
「…あー、っと……ゲーセン行く前に、買い物付き合ってくんねーか」
「え?」
「上着ないとさみーし! 後で飲み物くらい奢ってやるから」
行こーぜ、と腕を引けば風邪ひく前に着替えた方がいいよねとか言いながら素直に後ろを付いてくる三好。
本当は秋も深まりつつある中で上着なんてなくてもいいぐらいに熱かったけど。今は気付かないままでいて欲しい。


横断歩道の手前、赤信号に立ち止まる。
ふと思いついて隣に並びかけた三好を車道側から反対側へ押しやった。
「…?」
「車道側は、俺が歩くからさ」
疑問顔を向ける三好を視界の端に、俺は乾きかけの髪が張り付く襟足を掻いて続ける。
「また濡れたところで変わんないしな」
隣を見下ろせば、穏やかな笑みに頬を緩める三好が。
「…なんだよ」
「谷田部くんって優しいよね」
「はあっ!?」
「あったかいし」
にこにこ。落とされた視線の先は、
…………………腕、掴みっぱなしだった。
やっと下がりかけた熱がまた顔面へ上がってくるものの、ここでそそくさと離すのもあからさま過ぎる。
三好も嫌がってないようだし、何より片手ですっぽり覆ってしまえる細い腕の感触が手放しがたかったので。
まあ、もうしばらくはこのままでいいよなと、信号が青に変わるのを幸い、俺は三好の腕を引いて横断歩道に駆け出した。







何てことない些細なこと、
それでも。お前のこと守ってやれたらと思うんだ。








always lover さまに提出させていただいた文章。
なんとも言えない微糖仕立てで、大丈夫なのかなこれ。
でも、ヨシヨシかわいいよね、谷田部はかっこいいよね!と愛は込めたのです。

読んでいただいて、ありがとうございました!


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