小説 #6 「…とりあえず、こんな感じか」 不眠不休で働き続けて数ヵ月。タウゼントは黒塗りにしたモビルスーツを前にして深い溜め息を零した。 「できたのか?」 「あぁ」 食事を作っていたゼクスが戻り、彼の前に仁王立ちしているモビルスーツを見上げ、懐かしそうに目を細める。声は聞こえなかったが、微かに動いた唇は確かに「トールギス」と言っていた。 「カラーリングは気に入らないだろうけどな」 「…私は乗らないと言ったはずだが?」 「あれ、そうだっけ?」 すっかり忘れていたと言う口ぶりだが、それは絶対に嘘だろう。でなければ、“もう1機造ったりしない”はずだ。 「何故、2機も造った?」 「思っていた以上に暇だったからな」 つまり、それだけ世界が平和だったと言うことだ。寧ろいいことのように思えるが、ゼクスはまだ納得できずにいた。平和になじめないから──と言う理由だけではない。嵐前の静けさといった気配だ。 「まぁ、接近戦のデータは【エピオン】から引っ張ればいいだろうから、お前には【トールギスB】に乗ってもらおうと思っていてな」 「【トールギスB】……」 「あぁ。トレーズが考えていた【トールギスV】には射撃兵装もあるからな。 お前のその腕を調べたいから、『Blast』の頭文字、Bを冠した方の【トールギスB】に乗って欲しい」 黒塗りになっている【トールギス】には『Assault』の頭文字であるAが追記されている。こちらは接近戦重視のようで、【ガンダムエピオン】のヒートロッドやビームサーベル、ヒートランスなど多彩な武器を搭載している。 対して、隣に並ぶ純白の【トールギスB】には、【トーラス】が使用しているビーム砲やドーバーガンが握られている。ビーム砲に関しては出力の調整ができるようだが、それはかつて5人の技術者が製造した【ヴァイエイト】なるモビルスーツの設計図を基にしたのだとか。 そして、どちらも【トールギス】のシルエットを汲んでおり、巨大なバーニアや特徴的な頭部が使われていた。 「俺はいざって時のために、【トールギスA】を乗りこなしておかないとな」 「…ふっ。殺人的な加速を出すそいつを乗りこなせるのか?」 「当たり前だろ。こいつは、トレーズが使っていた機体でもあるんだから」 トレーズ、ゼクス、そしてタウゼント。期せずして3人の友人は皆、同じ【トールギス】に乗ることとなった。 ◆◇◆◇◆ 久しぶりにまじめに食事と睡眠を取り、シャワーを浴びて出てきたタウゼントは、大きく身体を伸ばした。 「流石に疲れたぁ……」 「しかし、本当に【トールギスA】に搭乗するのか?」 「何で?」 「【ガンダムアクエリアス】はどうする?」 「んー……ガンダムだし、カトルに連絡を取って他のガンダムと一緒に処分してもらおうかなって」 「…そうか」 「やっぱり、名残惜しいよな」 「あぁ」 短い付き合いとは言え、【ガンダムエピオン】はトレーズがゼクスのために考案したガンダムだ。そして【ガンダムアクエリアス】もまた、タウゼントに贈られたものでもある。どうしても、廃棄するには忍びない。 「まぁ、どうせこのまま何も起きない方がいいし、験を担ぐためにも早い方がいいのかも」 「どうだろうな。 …それで、【トールギスV】を造り上げるにはどれくらいかかる?」 「さぁ? 急ピッチで進めれば今回より早いだろうけど、武装の見直しとかもあるだろうから……最短で3ヵ月だな」 「3ヵ月……」 カレンダーを見ると、3ヵ月後には11月になっている。つまり、もうすぐイヴ・ウォーから1年が経とうとしているのだ。 「さてと……ん?」 「どうした?」 「いや、何か接近してきているみたいなんだが……」 モニターに映し出されたのは、何かの機影がまっすぐにこちらへ向かってくる様子だった。その影を拡大してみると、白を基調とした四肢に、肩や腰回りに配された翠色には見覚えがあった。しかも、長い棒を右手に持っている。 「…俺、なんかしたかな?」 「さぁな」 間違いなく、あの機体はガンダムだ。しかも武人として名高い戦い方をしてきたと耳にしたガンダム──【アルトロンガンダム】だった 《俺の名は張五飛! タウゼント・ジューゼはいるか?》 「あぁ。何用だ?」 《貴様が……! タウゼント! 今ここで俺と勝負しろ!》 「……はぁ?」 いきなり過ぎて思考が追い付けない。何故そんなことを言われたのか、そしてそんなことを言い出したのか皆目見当もつかず、思わず黙り込んでしまう。 《トレーズの遺産、貴様はそれを持っていると聞いた!》 「っ! …誰から、その話を聞いた?」 《聞きたくば俺を斃せ!》 「…いいだろう」 溜め息を零し、タウゼントは五飛からの通信を切った。ゼクスの方を見ると、彼は沈痛な面持ちで黙していた。 「どうした?」 「気をつけろ、タウゼント。奴は相当強い。 私が【ウイングゼロ】に乗っても倒せなかった男だ」 「…お前、ガンダムのパイロットを倒したことが1度でもあったか? 向こうが強いのは重々承知しているっての」 「…それともう1つ」 「ん?」 「奴は……トレーズと最期に戦った友だ」 「…そうか」 ◆◇◆◇◆ 黒いパイロットスーツに身を包み、タウゼントはぼんやりとトレーズのことを思い出す。彼とは色々な戦いをしてきた。テレビゲームやトランプ、カジノでスロットをしたりバーでダーツを楽しんだり。他にもクレー射撃やらフェンシングを楽しんだが、ほとんどがトレーズの勝利に終わった。 しかし、彼とどうしてもやってみたくてできずに終わったものが1つだけある。それは、モビルスーツ戦だ。彼と1対1でモビルスーツ戦をしたかったのだが、結局その夢は叶えられなかった。 (トレーズを打ち破った、ガンダムのパイロット……) かなり興味がわいてきた。本来の目的を忘れてしまいそうなほどに。 (聞き出すことを忘れないようにしないとな) 黒を基調とし、所々に深紅を加えた【トールギスA】に乗り込み、起動させる。メインカメラが光を帯び、自分の脚でカタパルトまで持っていく。 「…よしっ」 ペダルを踏み、背部にあるバーニアが光り出す。そしてカタパルトに身を任せて出口まで一気に運ばれ、カタパルトが尽きるところでタイミングよく宇宙へと身を躍らせる。 まっすぐに【アルトロンガンダム】が待つ宙域まで向かい、ある程度の距離を取ったところで機体を止めた。 《【トールギス】……か》 「嫌なことを思い出させたか?」 《いや。寧ろ都合がいい。 貴様に1つ問おう。…貴様にとって、正義とはなんだ!?》 「正義……?」 五飛の問いに、タウゼントは腕を組んで唸った。正義など、もう何年も前から口にしていない。それほど絶対的なものでもなく、人によって形を変える不確かなもの──それが、タウゼントにとっての正義だった。豪く抽象的で、結局自分の信念は持ち合わせていないので、改めて考えてみるのも悪くないかもしれない。 「…俺の言う正義は、友情みたいなものかな。 親友、トレーズ・クシュリナーダへの忠誠……かなり平たく言うとそんな感じだ」 《トレーズの……そうか》 タウゼントの答えを聞いて黙り込んだ五飛の様子を表すかのように、【アルトロンガンダム】も腕を組んだままだった。しかし、唐突に面を上げたかと思うと、その特徴的なデュアルアイが光った。 《…ならば、貴様の正義をこの俺に見せてみろ!》 「…やっぱり、そうなるのかよ!」 思い切り振るわれた左腕に合わせて、そこに装着されたドラゴンハングが【トールギスA】へと牙をむいた。それを自慢のスピードで躱すと、ヒートランスを肩から右手に持ちかえて虚空を一閃する。そして肉薄するが、【アルトロンガンダム】は回避するどころか迎え撃つべく、ツインビームトライデントを振るって応戦した。 「俺の正義なんて見てどうする!」 《俺は……俺は今でも、トレーズと戦っている!》 「なんだって……?」 唐突な発言に耳を疑いながらも、彼の愛機から繰り出される猛攻を回避するので手一杯だった。次々と、矢継ぎ早に繰り出されるツインビームトライデントの突きを、ヒートランスとビームサーベルの2つでいなし、スピードを活かして【アルトロンガンダム】から離れる。 《トレーズは……奴は! 勝ち逃げしたのだ! 俺との戦いよりも、己の理想を優先させて……そして死んだ!》 【アルトロンガンダム】は離れようとする【トールギスA】を追いかけながら、頭部にあるバルカンで牽制する。そして徐々に距離を詰めると、再びドラゴンハングを放つ。 「くっ!」 真円型のシールドによって既の所で防いだものの、強い勢いは殺せなかった。バルカンによる牽制で機体が傾いてしまっており、更にそこへ追撃として放たれた龍(ドラゴンハング)の勢いでバランスが崩されて回転しながら吹き飛ばされる。 「チィッ!」 しかし、タウゼントも負けじとヒートランスを構える。巨大なバーニアを思い切り噴射させ、機体を【アルトロンガンダム】に向き直させる。あまり強すぎたり、長くしたりせずに、たったの1度で姿勢制御を終えたタウゼントの腕に、五飛は目を見開く。 「喰らえっ!」 その隙をついて、ヒートランスの先端が【アルトロンガンダム】へ向かって発射される。 「くっ!」 だが、五飛の方が反応が速かった。ツインビームトライデントで弾き、【トールギスA】へと最接近する。それを左腕に装備されているヒートロッドで牽制しつつ、タウゼントもビームサーベルを引き抜いて応戦した・ 「お前は……! お前は、トレーズの友ではないのか?」 《友、だと? 俺は……俺は!》 逡巡する五飛。次第に【アルトロンガンダム】の動きも鈍くなっていく。だが、タウゼントはどうにも攻撃を決め切れないでいた。何故か既の所で【アルトロンガンダム】が瞬時に動き、躱してしまうのだ。 (張五飛が動かしているんじゃないのか?) 先程までの勇猛果敢な動きとは違い、繊細な体捌きだ。 《…》 五飛の小さな呟きに応えるように、デュアルアイが光を取り戻した。 《俺は、俺の信ずる正義に従ってトレーズと戦った……だが奴は、最後の戦いで己の死によって時代に幕を引いた! 俺を友と呼びながら、あの男は己の理想に走ったのだ!》 「張五飛……本当に、そう思うのか?」 《…何っ?》 「トレーズは、お前にこれからの時代を託した……俺はそう思う」 《抜かせ!》 本来の動きを取り戻した【アルトロンガンダム】のドラゴンハングが再三に渡って牙をむき、タウゼントへと襲い掛かる。いきなりの攻撃に反応が遅れた【トールギスA】は、龍に左腕を持っていかれた。 (なんて破壊力だよ……!) ジャンク屋から引き取った寄せ集めとは言え、これでもそれなりに造った本人として自信はあった。それがこうも簡単に引き裂かれるとは思ってもいなかっただけに、多少なりともショックを受けてしまう。肉薄してきた【アルトロンガンダム】が振り上げたツインビームトライデントが、今度は胸部を薙いだ。幸いにして爆発は起きなかったが、これ以上破壊されては使い物にならないだろう。 「五飛! トレーズがお前を友達として思っていたなら、戦争をしなくなった世界に生きて欲しいと思うのが当然だろう! あいつほど、押し付けがましい奴はいないが、それ以上に友達想いな奴もいないぜ」 《黙れぇっ!》 ツインビームトライデントの先端が、より一層輝きを増して巨大な刃になる。振り下ろされたその一閃をなんとかビームサーベルで防ぎ、【アルトロンガンダム】を蹴り飛ばす。 「お前は、どうして今も戦っている!」 《俺は……俺はぁっ!》 猛攻を繰り出す【アルトロンガンダム】によって、遂に【トールギスA】のバーニアが片方、破壊されてしまった。機体の制御が思うようにいかずにまごつく【トールギスA】へ、執拗な攻撃が繰り返される。 《俺は、リリーナ・ピースクラフトを認めない!》 「何っ!?」 《兵器を棄て、兵士を封印すればそれが平和だという考えは間違っている!》 「それが、お前が戦う理由か……」 《そうだ! 俺は兵器として扱われてきた人間達の代弁者としてここにいるっ!》 「五飛……! だがそれでは、ずっとトレーズの亡霊に囚われたままだ!」 《何を……!》 「五飛! トレーズはもういない! お前が見ているトレーズは、トレーズを騙る亡霊だ!」 頭上に突き立てられたツインビームトライデントが、急に動きを止める。 「今見ている光景が総てだと思うな。このままだと、トレーズの亡霊に踊らされるままだぞ」 《…ふっ。それでも構わない》 「何?」 《犠牲の上に成り立つ平和という名の正義が本当に正しいのか……俺には、それを確かめる義務がある! そのためになら俺は、悪にもなる!》 【アルトロンガンダム】は身を翻し、そのまま宇宙の海へと消えた。 「な、なんだったんだ、あれは……」 深い溜め息と共に、あることを思い出して「あ」と小さな呟きが漏れる。 「どこで情報を手に入れたのか、聞きそびれた……」 再び溜め息をつき、【トールギスA】をコロニーに向けて移動させた。 ◆◇◆◇◆ 「悪にもなる、か」 「あぁ。確かにそう言っていた」 出迎えてくれたゼクスに、シャワーを浴びてから話すと断ってから十数分後。タウゼントは身体を温めるのもそこそこにしてすぐ出てきた。そしてゼクスに五飛との会話を全て伝える。もちろん彼も通信を介して聞いていただろうが、再確認しておきたかった。 「あれほど自分の正義に熱い奴が、そう簡単に悪とやらになれるか?」 「さぁな。だが、彼は1度言ったことを翻したりはしない。 かつて【ウイングゼロ】で戦った時も、私は彼にとって悪のままだったからな」 その時は戦いたかった訳ではなく、単に仲間として受け入れたかったのだが、結局その交渉は決裂してしまった。最終的にゼクスは【ウイングガンダムゼロ】に搭載されたゼロシステムに呑まれてしまって冷静を失いかけたのだ。 「じゃあ、つまり……」 「あぁ。彼の言う悪が、どこかで活動を開始している……そういうことになるな」 ◆◇◆◇◆ 「くっ! 相変わらず、殺人的な加速だ!」 デブリが多く浮かぶ宙域を、一筋の光が突き抜ける。バーニアを全力でふかせながら、ゼクスは機体に迫るデブリを悠々と躱していく。だが、コックピットの中ではその加速力に顔を顰めていた。 「っ! そこか!」 メインカメラを介して映っている画面に、一瞬だけ動いたものが見えた。瞬時にトーラスに装備されていたビーム砲を構え、遠慮なく狙い撃つ。が、放たれたのはペイント弾だった。威力を調整するためにも本当にビームを撃つ必要があるのだが、ここでは目立って仕方がない。 (うーん……やっぱり、そろそろ地球に下りた方がいいか) 今はどこもかしこも平和への道を歩んでいくのに必死で、こうしてモビルスーツの性能をテストするのにも一苦労だ。だが、未だにトレーズの屋敷の周囲には人がいない。かつて戦地でもあった場所に、わざわざ足を運ぶ者もいないのだろう。ならば、早々にそちらへ移るべきなのだが、そうなると今度は別の問題が出てくる。【トールギスB】が目撃される危険性が、宇宙よりも高いのだ。ビームを使えば否応なしに人の目についてしまうだろう。確かに地上は生活に不便がなく、どこへだって簡単に移動できる。だが宇宙では渡航手続きなどを必要とするため、本当に宙域の真っ只中にでもいけば、それなりに性能をテストできるだろう。が、そこまで毎度毎度行って、そして帰ってくると言う面倒は誰だって嫌なはずだ。 「タウゼント、出力を上げるぞ!」 《了解だ。やり過ぎるなよ》 今度は左腕に持たせてある巨大なビーム砲を構えるゼクス。狙いを定め、出力を上げるために砲身を変更する。 五飛との邂逅から数週間後。タウゼントは壊れた【トールギスA】のパーツを可能な限り回収した。その後、すぐに【トールギスB】にゼクスが乗り込み、【トールギスV】への糧として訓練に励んだ。 しかし、最初はかなり酷いありさまだった。本当に【トールギス】に乗るのに戸惑っており、いきなりデブリに衝突して機体を傷つけてさえいたほどだ。今は大分様になってきて、寧ろ自分が見習わなければならない。 「…よし、帰投する」 【トールギスB】のビーム砲は、かなり完成形に近づいた。出力を調整することで打ち方を変えることができるのだが、基本的には大出力で敵の要塞を陥落させたり多くのモビルスーツを1度の射撃で討ち果たしたりする。 (んー……ゼクスに精密射撃は難しいか) 特にこういったデブリの多い場所での戦闘は、ゼクスには明らかに不向きだ。元々、【トールギス】に乗っていた時から彼はドーバーガンから実弾よりもビームを放って一気に戦場を制圧することが多く、彼自身と【トールギス】の反応速度も一致しないことが次第に増えてきた時には相手に当てても自分が被弾することもしばしば。 (やっぱり、近接戦闘向きになるんだろうけど……そうなると、ヒートロッドを付けた方がいいかな) トレーズの描いた設計図にはヒートロッドを装備していないが、左腕に明らかにスペースがある。恐らく【ガンダムエピオン】がゼクスに渡ることを見越して、それを装着するスペースをわざとあけておいたのだろう。 「相変わらず、先を読むのに長けた奴だ」 資料を放り投げ、タウゼントは早速ヒートロッドを【トールギスV】に加えることをゼクスに提案した。 「まぁ、最終的な微調整は地上にいるあの人とやった方がいいだろうな」 「誰だ?」 「ハワードって技術者だよ」 その名前には、ゼクスも聞き覚えがあった。かつてピースミリオンにて行動を共にしたことがあり、信頼できる人物でもある。 [*前へ][次へ#] |