小説
#5
「…金が、ない」
タウゼントの呟きに、ゼクスは読んでいた本から視線を外して彼を見る。頭を抱えるタウゼントに、しかし何も言葉をかけずに読書に戻った。今、ゼクスは自身を死人として捉えている。情報を集めることは買って出るが、顔が割れているので働くなんてことは絶対に無理だ。
「うーん……しょうがない、取りに行くか」
「…あそこ、か?」
「あぁ」
目的地はすぐに見当がついた。かつてトレーズが使っていた屋敷だ。そこは、ヒイロがトレーズから【エピオン】を受け取った場所でもあり、今は周囲の戦火に巻き込まれて廃れてしまっている。だが、まだトレーズが遺してくれているであろう資金があるはずだ。
「とは言え、地球まで行くことになるな」
「…その間、私は自由にさせてもらって構わないな?」
「当然だ。寧ろ動いてくれた方がありがたい」
それぞれ別行動することを誓い合い、落ち合う場所を決める。ゼクスはしばらく情報収集に徹してくれるそうだが、頻繁に連絡を取っては何か問題が起こりかねない。そこで、定時連絡以外は極力避けるようにした。
「…ゼクス」
「何だ?」
「お前は、いつまで棺桶に入っているつもりなんだ?」
タウゼントの問いに、しかしゼクスはすぐに答えようとしなかった。彼が逡巡するのは分かるが、【エピオン】であろうと【トールギス】であろうと、パイロットに適しているのは彼だけだ。それなのに、パイロットに戻る気がないとなればこれからの事態に対応できない場合だってある。
「…平和になじめない男に、平和へと歩んでいく世界は眩しすぎる」
苦笑いしたゼクスに溜め息を零し、タウゼントは地球へ向かう便を探した。
◆◇◆◇◆
「入るのにも、一苦労だな」
地球へおりたタウゼントは、急いでトレーズの屋敷へ向かった。敷地内へ入っていくのにはまったく問題がなかったが、焼け焦げていたり崩れてしまったりした天井や壁の破片が散乱する床を歩き、書物庫へ向かっていくことには苦労した。
「ここ、だな」
さらにそこから地下室へと入っていくのだが、倒れた本棚などのせいで簡単には入れそうもなかった。それでも、やっとの思いで入口を見つけた時には既に日が暮れてしまっており、地下室は寒さが増していた。
「…寒」
何か上着を持ってくれば良かったと思うが、今更戻るわけにもいかない。階段をずっと下りていくと、扉が見えてきた。
「えっと……?」
既に埃が被っている扉には、何故か取っ手がない。だが、タウゼントは慌てることはなく周囲を見回し、石でできた台を見つける。埃を丁寧に払っていくと、文字が刻まれていた。
「『友へ』、か。相変わらずだな」
トレーズの言葉は詩的な物かシンプルなものが多い。自分のようにひねくれた考え方しかできない阿呆にはちょうどいいだろう。台に彫られているのはそれだけではなく、数センチ刻みに何か文字が記されている。それが扉の鍵の在り処を示しているようだ。
「…これか」
しばらく台に書かれてあったヒントを頼りに壁に触れていると、少しくぼんだ場所を見つけた。そこを念入りに調べていると、すぐに鍵が見つかった。これが既に他人に見つかっている可能性もあるが、わざわざ鍵を戻すなんてことはしないだろう。
「トレーズらしく、随分と手が込んでいるなぁ」
更に長い螺旋階段をおりていくと、今度は地下水脈に出た。その周囲には、1機のモビルスーツがあった。水中用のモビルスーツ、【パイシーズ】だ。蒼く塗られたそれに早速乗り込み、水中へと機体を潜らせていく。
「さて、目的の物は……っと」
トレーズが遺した遺産を求めて【パイシーズ】を動かしていると、すぐに金属反応があった。慣れた手つきで【パイシーズ】の腕を細かく動かしていく。
「…お、定時メール」
その時、ゼクスから定時連絡のメールが来た。前のものと変わりないだろう──そう思っていたタウゼントだったが、その文面に目を見張る。
「X-18999コロニー?」
ゼクスの話では、つい最近できたコロニー、X-18999にて不穏な動きがあるのこと。急いで資金を回収する旨を伝え、タウゼントは作業に戻った。
(やっぱり、ああいった新しいコロニーは巣にされやすいのかな)
平和を噛みしめているこの世界で、反旗を翻すにはそれなりの居場所と資材が必要となる。その温床となりがちなのが、新しく造られたばかりのコロニーなどだ。
「さて、帰るか」
帰ると言っても、この多くの荷物を簡単に運べるはずもない。運んでも怪しまれないよう工夫して宇宙へあげるには、色々と準備をしなければならないだろう。
◆◇◆◇◆
「よう、デュオ」
それから数日して、タウゼントはすぐにデュオのいるジャンク屋に顔を出した。
「おう、あんたか」
景気よく迎えてくれたデュオに、込み入った話があると言って店の奥に連れて行ってもらう。彼はヒルデに店番を頼んで部屋の扉を閉め、自分だけドカッとソファーに腰かけた。
「んで? ご注文は?」
「これなんだが……可能か?」
渡したのは、OZの主力機だった【リーオー】の各パーツ。以前の襲撃で退けた相手の中には【トーラス】と【ビルゴU】が置いていかれていたので、その武器はあるから頼まない。
こんなものを頼める相手、そしてその依頼をこなせる者はデュオしかいない──そう確信したタウゼントは、彼に早々に依頼したのだ。
だが───
「…お断りだ」
───あろうことか、デュオはその依頼を蹴った。
「何でだ?」
「誰が、こんな戦争にいくための兵器をわんさか用意するかよ!」
渡された依頼内容が書かれた髪を叩き付けたデュオのまなじりはかなり吊り上っている。相当怒らせてしまったようだ。それを拾いながら、タウゼントは「だよな」と返した。
「けど、俺にはどうしても必要なんだよ」
「はっ、戦争するためか?」
「…もしそうなら、どうする?」
苛立つデュオに、敢えて問うてみた。なんとなくだが、トロワから聞いた死神の正体が彼なのではないかと思えてきたのだ。
「…あまり俺を怒らせるなよ。長生きしたかったらな」
静かだが、確かに殺気がこめられている。タウゼントは肩を竦めて、また出直すことにした。子供とは言え、数多くの修羅場を潜り抜けてきたと思われる彼を説き伏せるには相当骨が折れると思ったからだ。しかし、踵を返そうとしたところで1人の来客があった。
「あまりそいつを苛めてやるな、デュオ」
「トロワ! なんだよ、知り合いか?」
件のサーカスでピエロの役目を担っていたトロワが、出入り口に立ちふさがっていた。
「幾ら平和な世界を歩んでいるとは言え、今はまだ俺たちも戦わざるを得ない状況にある。
そいつは俺たちよりも世界を渡り歩いている男だ。平和ボケしつつあるお前よりは、不安定な場所を知っているんだろう」
「なるほどな。って、平和ボケは余計だっての」
トロワの言葉にうなずきつつ、しかしそれでもデュオはすぐに承諾しようとしなかった。彼が警戒するのも分かる。自分だって、これが戦争を起こすには充分すぎる資材と言うのは理解している。
「…よし、それなら俺から奪って見せろよ」
「奪う?」
「あぁ。ヒルデ、ちょっくら地下室に行ってくる」
「分かった。でも早く戻ってきてよね」
「おう」
店番を頼んだヒルデに断ってから、地下へと続く階段を下りていく。やがて重たい扉を開けた先には、かなりのパーツが置かれている。どれも丁寧に磨かれているところを見ると、デュオの腕は確かなようだ。
「こいつで勝負しようぜ」
彼が示したのは、1台のゲーム機だった。そんじょそこらにあるものと似ているのだが、中身はどうにも違うらしい。対戦を行うのか、いざゲーム機の前に座ってみてようやく気がついた。
「これは……【リーオー】の操縦桿か」
「へぇ。あんた、詳しいみたいだな」
「まぁ、いわゆる技術者だからな」
デュオとゲーム機の前に座り、早速電源を入れる。実際に動くのはゲーム内のものだが、実際に操縦するのは【リーオー】に使われているものだ。
「1本勝負だ。悪いが手加減しないぜ?」
「お前にすぐ撃墜される様が見えたよ」
だが、いざ始めてみると意外とゲームは長引いた。地上を戦場とした中で、タウゼントはデュオと互角の戦いを見せる。
鬱蒼とした森林の中を突き進むタウゼントに対し、デュオは早くから高台に上ってマシンガンを連射してきた。揺れる木々を狙い目にして次々と弾丸を放つものの、タウゼントは少しずつバーニアをふかせてすばやく移動し、弾丸を躱す。そしてある程度動いたところで立ち止まり、デュオも射撃をやめる。
(弾切れを狙っているのか?)
先に動いたのはデュオだった。再びマシンガンが火を噴くが、タウゼントは先ほどと同じ方法で弾をやり過ごす。これを延々と繰り返せば、いずれ弾切れを起こしてしまう。しかし、格闘戦の方が自信のあるデュオとしてはありがたい。
(…おしっ!)
だが、いつまでも同じことを繰り返していてはつまらない。牽制用の弾丸も確保しておく必要があるので、デュオは高台から滑り降りながらマシンガンを放って迫る。それも避けつつ、しかしタウゼントも自身の【リーオー】を近づけてきた。
そしてデュオの【リーオー】が地面に足を着いた瞬間、タウゼントは一気にバーニアをふかせて【リーオー】を跳躍させてデュオの後ろをとった。
「あにぃ!?」
デュオは機体が着地した直後だったこともあり、少し下を向いてしまっていたので反応に遅れてしまう。いくら彼が操縦技術に優れていた所で、機体の性能がついていけなければ仕方がない。
「なろぉっ!」
それでもデュオは諦めず、彼も【リーオー】のバーニアをふかせて前面に強引に倒れ込んで弾丸を躱し、すぐに仰向けになってビームサーベルを引き抜いた。それとほぼ同時に、タウゼントの【リーオー】もビームサーベルを振り下ろす。
「へへっ、やるじゃねぇか」
「いや、全然だよ」
「けっ、その気遣いが余計に憎たらしいぜ!」
そのデュオの言葉に反応したのか、一瞬だけタウゼントの【リーオー】の動きが止まった。その隙をついてデュオは【リーオー】を立ち上がらせ、上段から一気にビームサーベルで切りかかる。
「くっ!」
強引に機体を傾け、バーニアを焚き付ける。が、流石はガンダムのパイロットだけあり、デュオは思っていた以上に素早くその動きを見抜き、腕の角度を僅かに変えるだけで光刃から逃れようとするタウゼントを的確に狙った。
しかし、タウゼントはそこから足のバーニアを全開にし、迫るビームサーベルをシールドで防ぎきる。
「へぇ、やっぱり相当な腕じゃねぇか」
「…昔、同じことを言っていた友人がいたな」
前に似たようなゲーム機で、トレーズと対戦したことをふと思い出した。その時も、彼に言われたのだ。「君の気遣いは時に憎たらしいな」──と。
「その友人の言うことをしっかりと聞いておけば、もっとまともな人間になっていたはずだぜ」
「ははっ、違いない」
タウゼントは【リーオー】のシールドを外し、少しでも軽量化をはかる。
「いいのか? 危ういぜ」
「さっきのでかなりダメージを受けたようだしな。構わない。
それに……ちょうどいいハンデだろ?」
「…へっ、言ってくれるじゃねぇか!」
先に動いたのはデュオの【リーオー】だった。少しだけ歩行して接近し、残りの距離をバーニアをふかして近づき、ビームサーベルでタウゼントの【リーオー】のメインカメラを破壊しようと剣尖を突き立てる。
しかしそれを屈んで躱し、下から光刃を掬い上げるようにして振るい、デュオの【リーオー】が距離を取ったところでマシンガンを連射する。
「おっとぉ!」
メインカメラに向かって飛来した弾丸を、シールドを使ってやり過ごす。だが、まだ弾切れを起こさないマシンガンは未だに連射を続けてきた。やがてそれが止み、シールドをどかした瞬間───
「なっ!?」
───タウゼントの【リーオー】がビームサーベルを振り下ろす光景が広がった。
「…勝負あったな」
デュオが見ているゲームの画面に大きく書かれた『GAME OVER』の文字。それが、自分の勝利を物語っている。
「【リーオー】のシールドは大きすぎる。ガンダムのパイロットには似つかわしくないな」
「ち、ちくしょう……!」
【リーオー】や【トールギス】は真円のシールドを搭載しているが、ガンダムであれほど大きなシールドを搭載していた機体はあまり多くない。確かに初期のガンダムは大型のシールドを携えていたが、改修されてからは被弾しても強固な装甲に守られるために外されていたはずだ。
「じゃあ、遠慮なく奪わせてもらうぜ」
「けっ。好きなだけ持って行けよ!」
とは言え、品の数はかなり多い。タウゼントはデュオに向かって幾らか金を抛る。
「なんだよ?」
「運ぶのを手伝ってもらう」
「何で俺がそこまでしなきゃなんねぇんだよ!」
「なら、ただで奪って行っていいのか?」
「ぐっ……わぁったよ」
舌打ちしつつも、デュオは丁寧に品を担いでトラックへと積んでいく。
「トロワもどうだ?」
「俺はサーカスの仕事があるからな。掛け持ちは禁止されているんだ」
「そうか」
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