小説 Episode 11 2人の手 「戻り、ました」 ゲンヤがいる部隊長室に、ヴィレイサーとギンガが入室してくる。その足取りは重く、2人とも互いの顔を見ようともしない。それをすぐに悟ったゲンヤは、ヴィレイサーを下がらせてギンガだけ残した。 「ヴィレイサー、お前は下がっていい」 「…はい」 何かを言おうとして、しかし口を閉ざす。頭を下げて踵を返した彼を、やはりギンガは一瞥もすることなくずっとゲンヤだけを見ていた。 「…ったく、お前らは分かりやすいな」 「そんなこと、ないですよ」 むすっとした娘の顔を見るのは初めてではないが、あまり不機嫌になったままでは困る。もっとも、男の自分が娘にしてやれることは少ないかもしれないが。 「何があったか、話せるか?」 「…うん」 上司ではなく、父親としての優しい表情。ギンガも溜め息を零してからソファーに腰かける。 「兄さんと……喧嘩、しちゃったの」 訥々と話していくギンガは、目に涙を浮かべながらもそれを決して零さないように必死になりながら語った。 「敵は、兄さんと同じ戦闘機人だったの」 「…そうか」 「それで兄さんと話そうと思ったら、拒絶されて……私、兄さんに……大嫌いって……」 ギンガがここまで感情的になるのも珍しい話だった。彼女はクイントが亡くなってからは自分が妹であるスバルの面倒と、父のゲンヤを支えていこうと決めて、ずっと我慢ばかりしてきた。甘えられる相手は、スバルとゲンヤではあるが、本当に甘えたい相手はたった1人しかいない。 (ヴィレイサーに拒絶されたのが、相当堪えたみたいだな) どちらの傷も深そうだ。だが、ギンガの傷を癒せるのはヴィレイサーしかいない。先に元気にさせるのは彼の方がいいだろう。そう判断すると、ギンガにもしっかり休むように伝えて部屋を退室させた。 「さて、行くとするか」 父親らしいことなんて、何一つしてきたことがない。叱ることも、滅多になかったぐらいだ。それだけヴィレイサーが気遣いばかりしてきたのか、それとも遠慮していたのかは分からない。だが、彼は息子だ。親が子を甘やかし、叱るしかしてやれることはないのかもしれない。 「ヴィレイサー、いいか?」 「父さん……」 室内に入ると、灯りもつけずにベッドに仰向けで寝転がっていた。のそのそと身体を起こし、虚ろな目を彷徨わせる。 「お前、ギンガを泣かせたんだってな」 「…あぁ」 短い肯定。しかも感情が籠められていない。 「ヴィレイサー、仲間のことを優先したいのは分かるが、ギンガは家族だ」 「…………」 「お前にとって、ギンガは家族でもないってのか?」 荒らげてはいないが、重みのある声。そこに怒りが籠っていないことはなんとなくだが分かった。ヴィレイサーが面を上げた時、ゲンヤに胸倉を掴まれる。 「お前がどう思っているのか知らねぇが、ギンガはお前の妹で、お前はギンガの兄貴だろ!」 「分かってる……分かってるさ、そんなこと!」 「だったら何で泣かせたりした!?」 「俺だって、自分のことを優先したい時があるんだよ!」 「だからギンガを泣かせてもいいって言うのか?」 「あいつは、俺を……! 俺をどうしたいのか、見えなかったんだよ」 「バカ野郎!」 強い一撃が、頬を捉える。うめき声をあげる暇もないまま、ヴィレイサーはベッドに身を投げ出された。 「んなの、お前に優しくしたかっただけだろうが!」 「…え?」 「ヴィレイサー……お前は、ギンガがほいほい人の過去に踏み入るような阿呆だと思ってんのか?」 「それは……」 「怖かったんだよな、あいつに怖がられるのが」 「…あぁ」 強すぎる力を使わざるを得ない状況に追い込まれ、ヴィレイサーは使ってしまった。それで、ギンガに怖がられてしまうのではないかと思い、つい彼女を遠ざけたのだ。仲間のことだって、ギンガのことだって大切だったが、なにより、あの時一番大事だったのは───。 「…ごめん」 「バーカ。謝る相手が違うだろ」 「あ、あぁ……ごめん」 ゲンヤは溜め息を零し、自分の拳をじっと眺める。そして─── 「ぐっ!」 「と、父さん! 何やってんだよ!」 ───あろうことか、ゲンヤは自分をぶん殴ったのだ。 「いいんだよ。お前だけ痛い思いをさせんのも、考え物だからな」 「…ごめん」 「こういう時は、ありがとうの方が聞こえがいいもんだぜ」 「…あぁ、ありがとう」 ゲンヤはそれだけ言い残すと、早々にその場を退散した。扉が閉まりきるまで、ヴィレイサーは彼の背中をずっと見守る。 (結局俺は、自分のことしか考えていなかったんだな……) 自身が戦闘機人だったことをずっと意識して育ったからなのか、周りに居てくれる人達のことを視界に収めることが出来ていなかったかもしれない。あの時──ギンガに、大嫌いだと言われたあの時だって、なにより大事だったのは自分だった。 (なのに俺は……) ギンガの泣き顔が、脳裏に焼き付いて離れてくれない。だが、今はこの方が良かった。忘れたくない。なにより、忘れてはならない。自分がギンガを泣かせてしまった事実を。絶対に、それから目を背けてはいけないのだ。 ◆◇◆◇◆ 「お前たち2人には、機動六課の手伝いをしてもらう」 「え……2人で、ですか?」 「あぁ、そうだ」 数日後───。 ヴィレイサーは中々ギンガと仲直りする機会を掴めていないらしく、ゲンヤは機動六課から依頼された手伝いに2人を行かせることに。吉と出るか凶と出るかは分からないが、このまま放っておくといつまでも縒りを戻してくれなさそうなので、多少の荒療治という訳だ。 (それに、正直なところこれ以上は部隊の方も面倒だしな) と言うのも、主任であるラッドから色々と報告を聞いているのだが、その中で最近になって増えたものが1つ。曰く、ギンガとヴィレイサーがぎすぎすしているせいで隊員らも戸惑っているとのこと。それはなんとなく察していたが、まさかここまで影響を与えるとは流石に予想以上だった。 「でも……」 隣に並ぶヴィレイサーの横顔を見て、ギンガは困った様子を見せる。 「悪いが、命令だ」 「むぅ……」 「それに、今回は六課からの依頼だってのも忘れるなよ。 無下にしたら狸……いや、八神がうるさいからな」 「狸って……」 「まぁ、出張だから気乗りしないのも分かるが……実は、お前らに宛がわれた宿泊施設なんだがな、これが結構な高値なんだそうだ」 「え?」 「八神の友達が、人員を増やすって聞いて急遽旅館を取ってくれたんだそうだ。 まさか、そこまでしてくれたのに行かねぇとか我儘ぬかすんじゃねぇだろうな?」 「うっ……分かりました、行きます」 「了解です」 渋々と言った様子で納得してくれたギンガと、なんとか仲直りの機会を窺うヴィレイサー。2人がうまくいくように、ゲンヤは亡くなった妻──クイントに願った。 「…なぁ、ギンガ」 「ふんっ!」 2人になったところで話しかけてみたが、彼女はまったく取り合ってくれない。自分が原因を作ったとはいえ、彼女にこんな態度を取られると結構堪えるものがある。 「13時に、玄関で」 「了解」 他人行儀になられてしまった。かなり深い傷だと考えていいだろう。ただの意地っ張りならありがたいものだが、そうでもないのは顔を見ればなんとなくだが分かった。一見して怒っているだけに思えたが、その顔は寂しそうだ。 「ギンガ」 「…何?」 「あ、いや……悪い、なんでもない」 時間が押している時に話す内容ではないだろうと思い、やはり止めた。このせいで、機動六課の手伝いとして出張する地──地球に行ってからもかなりご機嫌はななめのままになってしまった。 ◆◇◆◇◆ 「とりあえず、一緒に回るか」 「二手に分かれよう。その方が効率がいいし」 一緒にレリックの捜索をしようとしたが、ギンガがまさかそれに反対するとは思わなかった。 「じゃあ、私はあっちに行きますから。60分後にここで」 「…あぁ」 結局、彼女に押し切られる形となってしまった。さっさと歩き出したギンガとは対照的に、ヴィレイサーは中々その場から動けない。 (そういえば……仲間と一緒に居た時も、こんなことあったな) まだ、Sと然程仲が良くなかった頃。彼女とはしょっちゅう喧嘩ばかりしていた。なのに、駆り出される任務では常に一緒に居させられた。自分の強すぎる力と、彼女の圧倒的な力でなにもかも捻じ伏せてきた結果から、コンビで組まされることが多かったのだ。 (まぁ、あいつよりは仲直りしやすいよな) 当時のヴィレイサーは、はっきり言って誰も信用していなかった。仲間でさえ、信じられないでいたあの時に比べたら、それなりの成長はしたのだから。 「俺も、行くとするか」 このままギンガが戻ってくるまで突っ立っているわけにもいかない。ヴィレイサーも、寄りかかっていた欄干から背を離して歩き出した。 一方のギンガはと言うと───。 「兄さん……」 少し、寂しそうにしていた。 本当は一緒に捜索をしたかったのに、彼にまた拒絶されてしまうのではないかと思うとそれが出来なかった。また拒絶されるより先に、ギンガはヴィレイサーを拒絶することでその恐怖から逃げる。だが、そうすればそうするほど寂しさは増していくばかり。 (はぁ……私、兄さんを拒んでどうしたいのかな……) もしかしたら、ヴィレイサーから話してほしいのかもしれない。だが、それではいつまで経っても歩み寄れない。彼にだけ謝らせても、ギンガ自身は自分を赦せないだろう。 「…ここも問題なし、と」 周った箇所を念入りに確認できるほどの余裕が、自分にはまだある。今は兄のことよりも任務をきちっとこなすべきだ。 (そういえば……スバルも、ここに来ているんだよね) 機動六課に所属している妹のスバルも、この海鳴市に来ているはずだ。彼女に話せば、少しは気持ちが楽になるかもしれないが、彼女もまた任務の真っただ中だ。私用の通信は無理だろう。 管理外世界であるここ、地球でロストロギアが発見されたまでは良かったのだが、本来対策を行うべき遺失管理部では人員が足りず、ロストロギアがレリックであることと、ガジェットが出現する可能性も考慮して機動六課が派遣されることになったそうだ。そして、それにさらなる人員を加えると言うことで、ギンガとヴィレイサーも一緒に手伝いとして派遣された。 「さて、次は……」 地図を見て歩き出す。海沿いを歩いているので、時折潮風が流れて髪を揺らした。 (兄さん、どうしているのかな……) また兄のことを考えてしまった。ぼんやりとしていると、ついつい彼のことを考えては歩みを止めたり仕事の手を休めてしまったりを繰り返してしまう。 「…そろそろ戻ろうっと」 いつの間にか集合時間の直前だった。結局収穫は何一つとして見つからない。早々に踵を返そうとして、その腕が掴まれる。 「君、暇してない?」 「…はい?」 それがナンパだと分かるまで、時間を要したのは言うまでもない。普段は魔導師として働いている身で、街に出る機会も少ない。そんな彼女がナンパをされても今一ピンとこないだろう。 「よかったらさ、俺達と遊ぼうよ」 「ごめんなさい、仕事中なので……」 「そんなこと言わないでさ、いい店知っているし」 周囲はいつの間にか数人の男たちで囲まれていた。この程度の人数なら、デバイスを使わなくても簡単にいなせる。が、まだ手を出していいタイミングではない。先に手を挙げれば、何を言われるか分かったものではないから、少し様子を窺うことに。 「悪いが、その手を離してもらえないか?」 が、それより先に声がかかる。強く、威圧的な声と、それと同様の瞳。それは、兄だった。 「に、兄さん……」 「大事な人なんだ。離してもらえるとありがたいんだが」 鋭い眼差しに、男たちは早々にギンガを離してくれた。意外と敏感である。 「…怪我はないか?」 「う、うん。大丈夫」 心配そうに顔を覗き込んだ彼を、直視できなかった。大嫌いだと泣いて叫んだ時から数日が経過していて、少しは自分に反省していたつもりだったのに。 「兄さん、どうしてここに?」 「お前が戻ってこなかったから、探しに来たんだよ」 「あ、ごめんね。わざわざ探してもらって……」 「別に。心配になったら誰だって探すさ。謝らなくていい」 「心配、してくれたの?」 「当たり前だろ。って、前は傷つけたけど……」 「あ……」 その時のことを思い出し、2人はしばし沈黙する。 「…小腹空いていないか?」 「え?」 「どこかで、何か食べてから旅館に戻ろう」 「…うん♪」 自然と手を繋ぎ、2人は歩き出した。 ◆──────────◆ :あとがき ゲンヤさんは、なんだか昭和のお父さんな感じがするのです。 さて、結局話し合いもできないままになりましたが、次回はギンガの行動力にご注目いただけたらと思います。 大胆な行動をとらせる予定です。 ヴィレイサーがそれに何を思い、どのような言動をするのかも、きちっと描いていきたいと思います。 [*前へ][次へ#] |