小説
Episode 12 伝えたい言葉
旅館に戻る途中で、ギンガはクレープの屋台に目を奪われる。彩り豊かなそれに、甘い香り。つい足を止めてしまうのも頷けた。
「これ、代金な」
「え? いいよ。これくらい、自分で出すから……」
「気にするな。別に、罪滅ぼしで優しくしているわけじゃない」
「…じゃあ、半分だけ」
代金を半分だけ受け取って、ギンガは早速屋台に。ヴィレイサーは空いたベンチに腰掛け、夕日が広がりつつある空を眺める。
(スバルは、どうしているのかな)
ギンガのことで相談したいところだが、仕事中の可能性もある。それに、地球ではデバイスを介しての通信などできない。電話を使うのならまだしも、彼女は携帯電話を持っていないだろう。
「お待たせ、兄さん」
「あぁ」
戻ってきたギンガが座れるようスペースをある程度確保して、再び空に目を向けた時だった。
「あれ? ギン姉、ヴィレ兄?」
「え?」
「ん?」
聞きなれた声に呼ばれて、振り返る。そこには、目を丸くしているスバルが。隣には、彼女とチームメイトだと聞かされたティアナの姿もあった。そして、もう1人。サイドテールにしたその女性には、見覚えがある。だが、どこの誰だかは思い出せない。
「スバル! どうしてここに?」
「コテージに帰る途中だよ」
「コテージって?」
「私達が宿泊する施設として貸してもらっているの」
「へぇ〜」
「なるほどな」
「ティアナも、久しぶり」
「はい、ギンガさん」
ツインテールにした橙色の髪が揺れ、丁寧なティアナを強調する。
「えっと、そちらは……」
そんな彼女が、ヴィレイサーを指さして小首を傾げる。名乗ろうと口を開いた矢先、スバルが先に説明した。
「あ、えっと……あの人は、私のお兄さんなんだ」
だが、何故かその声には遠慮があった。スバルらしくない、少し元気のない声。ティアナと何かあったのかと思ったが、ギンガが念話でこっそり要因を教える。
《ティアナには、お兄さんがいたんだけど……》
《そういうことか》
『いた』──つまり、今はもうこの世にいないということだ。ヴィレイサーは早々に話をそらすことに。
「スバル、そちらは?」
「あ、私とティアが所属する分隊の隊長で……」
「高町なのはです。よろしく」
「どうも」
「…じゃあ、私達はもう行くから」
「え? いいの、スバル?」
「はい。じゃあね、ギン姉、ヴィレ兄」
兄がいるという立場からか、スバルはティアナに配慮するため早々に退散する。
「スバル、ありがとね」
「ん、何が?」
「…別に」
彼女の気遣いに、もちろんティアナも気が付いていた。彼女に謝辞を述べて、共にコテージへと歩いて行った。
「…食べた方がいいんじゃないか?」
「そうだね」
ベンチに座り直し、購入したクレープを頬張る。甘い香りに、程よい酸味と甘み。美味しくてつい二口、三口と続けて食べていく。
「そんなに急がなくても……」
「だって、美味しいんだもん」
「まぁ、分からなくもないが……」
「兄さんも食べる?」
「いや、いいよ。一口だけだと足りなさそうだし」
「後で食べたいって言ってもあげないからね」
「構わないよ」
ようやく、ギンガの笑顔を見ることができた。可愛いその笑みを見るのは、酷く懐かしい気がした。そんな彼女の顔を横目で見ていると、頬にクリームがついているのに気が付いた。
「ギンガ、クリームがついているぞ」
「ふぇ?」
指で掬うと、ギンガはじっとそれを見て──銜えた。
「お、おい?」
「ご、ごめんね。嫌……だったよね」
「べ、別に、嫌だなんて言ってないだろ」
「そ、そっか。嫌じゃ、なかったんだ」
「変な意味じゃないからな?」
「うん、それは分かってるよ」
立ち上がり、2人もまた手を繋いで旅館へと足を運んだ。
◆◇◆◇◆
「凄い、ね」
「…だな」
地図を頼りに辿り着いた旅館を見上げ、ヴィレイサーとギンガは呆然とする。それもそのはずで、そこは高級旅館だった。一目見れば分かるほどの高級感。どうにも、足を踏み入れるのに抵抗してしまう。
「まぁ、料金は先に払ってあるらしいから、そこまで身構えることもないだろう」
「そ、そうだね」
そそくさと旅館に入り、割り当てられた部屋に歩いていく。場違いな気がして、しかし部屋に入るとその息苦しさもなくなる。荷物を置いて、お茶を注ぐ。
「熱いから気をつけろよ」
「うん、ありがとう」
ギンガの分を出して、ヴィレイサーは室内を回って色々と確認する。
(内湯もあるのか)
機動六課に協力すると言うことで宿泊施設を提供してもらったのだが、まさかこんなにも高級なところになるとは思ってもいなかった。曰く、六課の部隊長である八神はやての友人がここを貸し出してくれたらしい。
「お茶、冷めちゃうよ」
「ん、あぁ」
ギンガに呼ばれて、畳の上に正座する。そうして、近場にあった湯呑に手を伸ばす。
「あ……!」
その時、ギンガが小さく声をあげたが、ヴィレイサーは気にせずに一口。だが、量があまりない。
「に、兄さん、そっちは私の……」
「え? あ、あぁ、悪い」
顔を赤くして湯呑を取り上げたギンガ。恥ずかしいのか、そっぽを向いてしまった。ヴィレイサーもそれ以上何も言わず、自分のお茶を口につける。
(に、兄さんと……間接、キス)
まさか、兄と間接キスをしてしまうとは思いもしなかった。ドキドキした鼓動が、中々鳴りを潜めてはくれない。まだきちっと仲直りしていないのに、これだけでついつい赦してしまいそうになる。
(私、現金だなぁ)
直接口付けを交わしたわけではないのに、それだけで嬉しかったりする自分。それだけ恋焦がれる相手は、しかし想いを伝えてはいけない兄。
(そういえば……兄さんのこと、ちゃんと考えていなかったよね)
傍に居たいから、助けたいから、支えたいからと躍起になるばかりで、自分はヴィレイサーのことをきちっと考えていなかった。なのに、拒絶されたことをいつまでも引き摺って、更に距離を取ろうとしてばかり。
「に、兄さん」
「…ん?」
「あ、ううん。なんでも、ない」
機動六課が用意してくれたサーチャーに何か反応がなかったか確認してから、ヴィレイサーはまたパネルを操作して報告書を作成していく。
「エターナル、時間を頼む」
《了解しました》
周った箇所を確認しながら、その時間を秒まで打ち込んでいく。
「ギンガ、ブリッツキャリバーを」
「うん」
デバイスを手渡す時に、ちょっとだけ彼の手に指先がふれた。それだけで、また気分が高揚する。自分は本当に現金だと思う。そんな自分を兄が知ったら、どう思うのか。気がかりだが、聞くのが怖かった。
◆◇◆◇◆
「…はぁ」
深い息を吐いて、ヴィレイサーは何気なく空を見上げる。綺麗な夜空には、湯気の中にぼんやりと幾つかの星が見える。
(なんとか、この任務中にあいつと仲直りしたかったんだけどな)
いつも距離感がよく分からなかった。子供の頃から引き摺っていて、捨てきれていないとある感情。それが、ギンガとの距離感を不鮮明にしていた。
(子供のまま、か……情けない話だ)
溜め息を零し、お湯で温めたタオルを頭に被せて目を瞑る。
「兄さん、湯加減はどう?」
「んー……あぁ、丁度いいよ」
何故かギンガがそんなことを聞いてきた。まだ自分は入ったばかりで、彼女が入浴するのはまだまだ先のはずだ。訝しく思うが、今はのんびりと浸からせて欲しい。
「あ、あの…ね」
「うん?」
「その……」
今まではきはきと物申してきた彼女にしては珍しく、言葉を詰まらせている。急かしたりせず、続く言葉を待つ。
「一緒に、入って……いい?」
「…なんだって?」
思いもしなかった言葉。故に聞き返してしまうのも仕方がないと言えよう。もう1度聞きなおそうと問うと、返事はなかった。
「に、兄さん」
その代わり、ギンガ本人が内湯へと入ってきた。カラカラと扉がスライドし、ぴちゃぴちゃと足音が聞こえてくる。
「こっち……見ないで」
振り返ったヴィレイサーに見られて、ギンガは羞恥心に顔を真っ赤にさせる。慌てて視線を戻し、隣に入浴してきた彼女に背中を向ける。
(綺麗、だったな)
湯に浸かってしまわないように纏められた髪と、艶やかな肌を思い出し、ヴィレイサーは頭を振る。
「要件は?」
「その……兄さんと、お話、したくて……」
「後でも良かったんじゃないか?」
「それじゃあ、ダメなの。そうしたら、私……兄さんから、逃げちゃうかもしれないから」
背中合わせに寄り添い合い、ギンガはそっとヴィレイサーの手を握る。湯船の中で繋がれたそれは、人の温もりだけでなく湯の温かさもあってより強く感じられた。
「兄さん……あの…ごめん、なさい」
「え?」
「私、兄さんが辛いんだろうと思って、無理に傍に居ようとして……。
正直、鬱陶しかったでしょ?」
「そんなことは……」
「気遣わなくていいよ。
私、兄さんのためにって言って、いっつも兄さんを困らせていたんじゃないかな……」
「お前こそ、気遣いすぎだろ」
「だって、兄さんは私にとって大事な兄さんだもん」
「たまには休まないと、疲れるぞ」
「そうならないように、甘えているんだよ」
「…まぁ、過度な甘えと期待は止めてくれ。俺は、ギンガが思っているほどいい兄じゃないんだ」
「そんなこと……」
「あるんだよ」
ギンガの言葉を遮ってまで言い切るヴィレイサー。彼の心の内に秘めた想いを知るには、まだ遠すぎる距離だった。ギンガは自然と顔を俯かせ、揺れる湯船にうっすらと映る自分を見る。悲しそうな、寂しそうな顔だ。
「…ギンガ、俺の方こそ悪かったな」
「え?」
「せっかく優しくしてくれたのに、酷くあたっただろ」
「あれは……しょうがないよ」
「そうかもしれないが、お前の場合、総てそれで片付けようとする。
少しは、怒ってもいいと思うよ」
自然と空を見上げると、先程よりも鮮明に星が見えた。自分の心の靄が、湯気と共に消えていくみたいだ。
「気づいていると思うが、あの時戦ったあいつは……俺と、同じなんだ」
「やっぱり……」
「R……そっちで呼ばれる時がまた来るなんて、思ってもいなかったけど」
「兄さんはもう、Rじゃないよ。
兄さんは、ヴィレイサー・セウリオン。私達の家族で、私の大切な……大切な、人なんだから」
精一杯の背伸び。妹としてではなく、1人の女としての言葉。それに彼が気が付かなくたっていい。ただ、言いたかっただけだから。
「ありがとな、ギンガ。
俺は、怖かったんだ。あの時優しくしてくれようとしたギンガに、怖がられるのが……」
「そんな……私は、兄さんを嫌ったり、怖がったりしないよ」
「そうだよな。ギンガは優しい女の子だって、分かっていたはずなのに……」
それほどまでに、件の少女──Aとの再会は彼にとって衝撃的だったのだろう。ギンガが彼のもとに到着した時には、既に怒り───いや、正しくは憎しみか───に囚われていたのだから。
「大丈夫だよ、兄さん。
どれだけ辛いことがあっても、どれだけ苦しくても、私は絶対……兄さんから離れたりしないから」
信じてほしい──その一心で、ギンガはヴィレイサーの背中に抱きついた。
「お、おい……!」
「こっち、向かないで」
「あ、あぁ」
振り返りそうになったヴィレイサーを制し、ギンガは安堵する。対してヴィレイサーは、背中に押し当てられる豊かな双胸に戸惑いを隠せなかった。
「兄さん。私が、兄さんを守るから」
「ギンガ」
優しい声に、思わず振り返ってしまった。視線と視線が重なり合い、頬が朱に染まっていく。お互いの吐息が感じられるほど、目の前に迫った唇。
「ご、ごめんね!」
「い、いや……俺の方こそ、すまない」
それきり2人の間に会話はなく、やがてギンガが先に出て行ったので、それから十数分後にヴィレイサーも湯を出た。
湯冷めしてしまわぬうちにそそくさと布団に潜り込むヴィレイサー。ギンガは、まだ温まり足りないのか、それともこの場に一緒に居るのが恥ずかしいのかまた内湯へと出向いた。
「おやすみ、兄さん」
「あぁ。おやすみ、ギンガ」
やがて戻ってきた彼女に挨拶を返してから、目を閉じる。程なくして隣の毛布から入ってきた手に握られて、しかしヴィレイサーは何も言わずにその手を握り返した。
◆──────────◆
:あとがき
大胆なギンガ、如何だったでしょうか?
伝えたいことは伝えられたのは、どちらなのか。ギンガとヴィレイサー、2人とも? それとも、片方だけ?
それは追々、明かしていこうと思います。
次回は、ヴィレイサーと過去の仲間に関してを書いていく予定です。
しかも、ギンガにライバルが!?(ぇ
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