小説
エピローグ
「ただいま、姉さん」
「……うん」
メガーヌがいる病室に入ると、彼女は瞳に涙を浮かべて出迎える。
「おかえり、ヴィレイサー」
そっと抱き寄せ、その温もりに酔い痴れる。だが、彼女は何を思ったのかすぐにヴィレイサーを離す。
「フェイトちゃんのところに行きなさい」
「けど………」
「それに! それに、貴方の身体も治療しないと………」
メガーヌを安堵させてあげたいヴィレイサーは、もう少し彼女と長く一緒に居たいと思い、引き下がろうとしなかった。だが、メガーヌは強く言って彼の言葉を遮ると、優しい顔で彼の頭を撫でた。
メガーヌが言っているのは、傷ではなく、身体を蝕んでいる遺伝子の拒絶反応のことだ。だが、身体の治療法なんて、あるはずがない。
それでも─────
「また、すぐ戻るよ」
─────それでも、ヴィレイサーは笑った。
◆◇◆◇◆
「ギンガ、1ついいか?」
「何?」
いつものように海上隔離施設で、元ナンバーズの面々に更生プログラムを行っていたギンガは、チンクに呼びとめられて進めていた歩みを止める。
「お前の兄上……ヴィレイサーのことに関してだ」
「兄さん?」
「確か彼は、複数人の遺伝子を組み込まれて、今現在は一部の遺伝子が拒絶反応を起こしている……そうだったな?」
「どうして、そのことを?」
「すまない、ドクターから聞いていたのだ」
「あ、そうなんだ」
何故チンクがそのことを知っているのか気になったが、彼女は素直に話してくれて、ギンガはすぐに納得した。
「それで……ドクターが持っていた資料に、彼の治療法が記してあった気がするのだ」
「ほ、本当!?」
「あぁ」
ギンガが驚き、チンクの両肩を掴む。その驚きぶりに、チンクは対して動揺もしなかった。ヴィレイサーはギンガにとって家族だ。だのに、そんな彼女が嬉々としないはずがない。チンクとて家族を持つ者として、彼女の気持ちはよくわかる。
「それで、その資料なのだが………」
◆◇◆◇◆
「遺伝子……治療?」
「えぇ」
首を傾げるフェイト達を前に、シャマルは頷きながら空間にモニターを開きながら説明していく。
「簡単に言うと、欠損や正常に機能しないことによる病気の治療のために、体外から正常な遺伝子を補う方法……でいいのかな?」
「あぁ」
「それで、スカリエッティの研究施設に残っている元ナンバーズの子たちの遺伝子を、拒絶反応を抑制する遺伝子として組み込むの」
「そ、それで、ヴィレイサーは助かるの?」
「無論、絶対性はない。更なる拒絶反応が起こる可能性だってある」
「そう……なんだ」
これ以上の苦しみがヴィレイサーを襲うかもしれない─────そう思うと、フェイトはその治療に賛同しかねる。
「……まぁ、是非はヴィレイサーに委ねるから」
シャマルはヴィレイサーとフェイトに話し合ってもらおうと、彼女はそそくさとその場を離れた。扉が完全に閉じられてから、ヴィレイサーはフェイトを傍に呼ぶ。
「フェイト」
「うん」
「俺は、可能性があるのならそれに賭けてみたいんだ」
「でも………! でも、もしかしたら………」
目尻に涙を浮かべ、フェイトはヴィレイサーに抱きつく。
怖い─────。もしもこれ以上、ヴィレイサーを蝕む事になってしまったら………そう思うと、怖くて怖くて仕方がなかった。
「……フェイト」
そっとフェイトの耳元で囁く。彼女は驚いて、そしてすぐに嗚咽を漏らす。
「じゃあ、治療してくる」
立ち上がり、ヴィレイサーはフェイトを撫でてシャマルの元へと向かった。
「ヴィレイサー」
『俺は寂しがりだから……お前と一緒にいる為に治療する』
◆◇◆◇◆
「……うん、バイタルも安定しているし、これなら心配いらないわ」
遺伝子治療を行ってから1週間が経過した。手術以来、ヴィレイサーのバイタルは安定しており、吐血も四肢の麻痺もない。シャマルから、もしもの時のための薬を貰って、ヴィレイサーは長い髪を揺らして適当にぶらついた。
「暇、だな」
最近は治療ばかりで身体がなまってしまったのだが、いきなり激しい運動をするのもどうかと思うので、歩いて海上隔離施設に顔を出したり、拘置所に行ってスカリエッティに謝辞を言ったりぐらいだ。
スカリエッティへの謝辞は、遺伝子治療の方法を的確に記した資料と、元ナンバーズの遺伝子を貰った事に対するものだ。最初は驚いていたが、すぐにいつもの表情に戻った。彼曰く、「治療方法を書いたのは、単に君がニクス達の手駒になった場合に使おうと思ったからさ」とのこと。どうやら仲間にするために必要だったらしい。
「ヴィレイサー」
「あ?」
のんびりと六課の隊舎の屋上に寝転がっていると、フェイトが声をかけてきた。彼女はヴィレイサーの隣に座って、微笑する。
「心配、したんだよ」
「させるのは俺の得意技だからな」
「もう……そんなことばかりしたら、赦さないから」
「はいはい」
まったく反省していないヴィレイサーに、しかしフェイトは彼の頭を撫でた。こうして温もりに触れられるだけで、幸せだった。
「ね、ねぇ?」
「んー?」
「あ、あの……ね。その……えっと………」
「なんだよ?」
「その……こ、告白、の……ことなんだけど………」
「……あぁー、そういえばあったな、そんなこと」
「そ、そんなことって……私は!」
「なぁ、もう1度……言ってみてくれないか?」
「え?」
「だから、もう1度聞かせてくれって言ってんだよ」
「あ、えっと………好き、だよ。好きだよ、ヴィレイサー」
頬を微かに赤くして、フェイトはヴィレイサーに改めて想いを告げる。恐る恐るヴィレイサーを見ると、彼もまた、少しだけ照れている。
「……んじゃ、戻る」
「え!? ちょ、ちょっと待って!」
さっさと踵を返してしまうヴィレイサーを慌てて追おうとして、フェイトは彼の肩を掴む。
「何だ?」
「な、何って……だから、こ、答え……聞きたいな」
「えー………」
「な、何でそこで嫌そうな顔をするの!?」
溜息を零すヴィレイサーに、フェイトは寂しそうになる。彼は舌打ちして、フェイトをぐいっと引き寄せた。
「んんっ!?」
「俺、口下手なんだよな」
ふっと笑って、ヴィレイサーは手を振ってその場を後にした。1人屋上に残されたフェイトはしばし呆然としていたが、やがて自分の唇に指を当てる。そして彼女もまた笑みを浮かべ………。
「待って、ヴィレイサー」
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