小説 第18話 「無力の慟哭」 ピ、ピと機械的の音だけが静寂を破る病室。 その部屋は清潔な白で統一されており、一見安堵をもたらすように思えたが、 しばらくすればそれは、息苦しさに変わる。 与えられたこの閉塞感にしかし、患者である青年はなんとも思わなかった。 と言うよりも、何かを思う。 そんな感情が抜け落ちたようだった。 その瞳は焦点が定まっておらず、虚ろだけしかなかった。 見ているのか見ていないのか、 それすら分からないその瞳は、病室の窓から広がる蒼天に向けられていた。 時折動く口から聞こえるのは、誰かの名前だった。 彼は広がる蒼天に手を伸ばそうと、左肩を動かす。 だがその腕は―――──肘から先が無かった。 魔法少女リリカルなのはStrikerS─JIHAD 第18話 「無力の慟哭」 「ヴィレくんの様子はどうや?」 はやての問いに、なのはは首を横に振っただけだった。 「さよか………。」 J・S事件は解決した。 だが、七星により目覚めたゼウスを筆頭とする部隊については、 未だに何も進展を見せてはいなかった。 「この事件は、下手したら六課だけで解決せんとアカン事になる。 今、レジアス中将が奔走しとるみたいやけど、協力者は集まりそうも無いんや。」 「逆にその方が好都合かもしれないわ。」 はやての沈痛した面持ちとは反対に、エクシーガは安堵したように息をつく。 「犠牲者を最小限に出来るからね。」 「同感だな。」 エクシーガに同意したヴァンガードも頷く。 「それに、私達で解決しておかないと、後で六課への風当たりが強くなるよ。」 リュウビの言った事に、はやては「せやな」と同意の意を示す。 「問題は、どうやって敵を討つかね。 エターナルの話では、30日ほどの猶予は貰えたみたいだけど。」 空間に出現したモニターを操作し、ゼウスの話した内容を再生する。 「期日まであと27日………。」 「例のゆりかごが浮上してできた穴には、相変わらず結界が張られたままだ。」 ヴァンガードはお手上げとでも言うように、肩を竦めた。 「恐らく、期日には結界は消失するわ。 でなきゃ、私達を招くなんて事はしないでしょうし。」 「そうだね。」 ◆◇◆◇◆ 一方、結界が張られた穴の深淵にある扉。 そこに入り、一番奥の部屋。 そこでは、ゼウスがポッドに眠るフェイトを見上げていた。 「やはりこの女はヘラの代わりにすらならんか。」 わかっていた結果とは言え、自身が愛した女性を蘇生出来ず、ゼウスは落胆した。 「では殺しますか。」 平然とした口調で淡々と述べたニクスにしかし、ゼウスは首を振った。 「いや、傀儡としてこの女も戦わせよう。 あの時対峙したあの男にとって、大切な者のようだしな。」 「わかりました。」 ニクスはゼウスの判断に従い、彼をメディカルルームへと通す。 「ゼウス。 今は治療に専念してくださいよ。」 「そうだな。 本調子で無ければ、奴に負けるだろうしな。」 ヴィレイサーの力量を理解したゼウスの体には、 彼から受けたであろう傷が見受けられた。 「光闇の書は?」 「ネブラが。 彼女は不可視能力を使えますからね。」 「期日までには見つけだせ。 アレが無ければ、女を傀儡には出来ないからな。」 ◆◇◆◇◆ 所変わって機動六課。 「スバル、ヴィレイサーさんの様子はどう?」 ティアナの問いに、スバルは目を伏せた。 「そう………。」 「目の前でフェイト隊長を攫われただもん。 やっぱり、辛いよね………。」 「チビッコ達もね。 そんな所、微塵も見せずに保護した女の子、ルーテシアだっけ? 彼女を心配してるけど。」 「少しは頼ってくれてもいいのに………。」 歯痒い気持ちだけが、2人の胸の内で膨らんだ。 ◆◇◆◇◆ 「デュアリス、ちょっといい?」 部屋の外から聞こえてきたリュウビの声に、デュアリスは顔を上げた。 「あぁ………。」 気力の無い声で、果たして聞こえたかどうかわからなかった。 「入るね?」 そう言ってリュウビが扉を開けたのを見ると、どうやら聞こえたようだ。 「どうしたの?」 入ってきたリュウビにいきなり聞かれ、デュアリスは戸惑った。 「ゲイルだっけ。 あの人と戦って、何かあったの?」 「いや、そういう訳じゃあ無いんだ………。」 俯いたまま答えたデュアリスを、リュウビは優しく抱き寄せた。 「大丈夫だよ、デュアリス。 私達は無理に聞く気は無いから。 だけど、心配している事を忘れないで………。」 「リュウビ………。」 彼女の温もりに触れ、デュアリスの心に安らぎが灯る。 「何があっても、私達はあなたの元を離れないから。」 「ありがとう、リュウビ。 だけど、もう少しだけ時間をくれないか? 必ず………必ず話すから。」 「もちろん。」 デュアリスの決意を秘めた瞳を見て、リュウビは笑って答えた。 ◆◇◆◇◆ 「ヴィレくん、食事を持ってきたよ。」 なのはの呼び掛けに、ヴィレイサーは一瞬だけピクリと反応を示した。 「ここに置いておくね。」 ヴィレイサーの前にトレイを置く。 確かに食事は取るのだが、それは必要最低限のみ口にしただけで、 毎度毎度、完食されてはいなかった。 「それとこれ………。」 なのはが躊躇いがちに取り出したソレを目にしたヴィレイサーは瞠目した。 「バルディッシュ、直ったから置いておくね。」 金色に染まったフェイトの愛機。 それによって思い出されるフェイト自身と、彼女に言われた言葉。 それがまざまざと頭で反芻される。 それに気付かず、なのははそれを置いて出て行った。 「あ………。 あぁ………………。」 ヴィレイサーは瞠目したまま、肩を震わせる。 今は鮮やかに彩られた彼女の愛機。 その色が、存在が───── 否応なしにヴィレイサーに思い出させる。 それでも、それでも私は好きだよ、ヴィレイサーの事───── ヤダよ、ヴィレイサー───── そんな悲しい事言わないでよ───── ヴィレイサー───── 「ウワアアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!」 錯乱状態に陥り、トレイを右手で弾き飛ばす。 「アアアアアアァァァァァァァ!!!!」 守れなかった───── 「俺は………。」 止められなかった───── 「俺は………。」 助けられなかった───── 「俺はあああぁぁぁぁ!!!!」 答えを出せなかった───── 自責の念が、ヴィレイサーを襲った。 「俺は………。」 疲れたのか、ようやくそれが収束した時には、 トレイがぶちまけられ、病室が荒れていた。 「俺はぁ………。」 泣き崩れ、ベッドから落ちる。 それと同時に、傍にあったバルディッシュも共に落下する。 「クッ………。」 それをキッと睨み、鷲掴みにする。 壁に放り投げ、叩きつけてでも壊そうと思った。 だが、鷲掴みにしただけで、ヴィレイサーは以降の動作を止める。 バルディッシュは何も言わず、ただ黙していた。 「何を………。」 双眸から流れる涙が、バルディッシュを濡らす。 「何をやっているんだ、俺は………。」 彼の嘆きの慟哭が、病室を悲しみに染めた。 ふと、鏡に映された自分の姿に目をやる。 そこには、左腕が肘から切断され、 さらには左足を失っている、無力の象徴が映しだされていた。 「なんだよ、この体………。」 ポツリと呟き、再び虚無感に包まれる。 「もう、戦えねぇよ………。」 乾きつつある頬に、また涙が流れた。 [*前へ][次へ#] |