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小説
素直な気持ち ▽











「様子がおかしい?」


 夕食の片付けを部下に手伝ってもらっていたミラは、キャロの言葉に首を傾げた。まだ10歳と幼い彼女は、律義に食器を洗いながら頷く。


「はい。レーちゃん、ここのところなんだか元気がないんです」


 レーちゃんとは、キャロの同僚で親友のレーネのことだ。機動六課に在籍していた時に知り合い、解散後はこうして辺境自然保護隊の一員として一緒に働いているのだが、そんな彼女の様子が変だと感じ取ったため心配になっているようだ。

「んー……まぁ、慣れない環境に戸惑ってきたのかもね。
 仕事に入りたての頃は頑張ろうって意識の方が強いけど、次第に困惑してくることがあるのよ」

「そうなんですか?」

「えぇ。それに、こういう閉塞感のある場所だと余計に、ね」


 ミラが苦笑いするのも仕方ない。辺境と頭についているように、都会とは無縁の場所で活動する彼ら保護隊は、各所に点在する寮で寝泊まりすることになるのだが、古くさいと苦手に感じる者も少なくない。


「最近働き詰めだったし、そろそろお休みをあげなきゃね」

「いいんですか?」

「もちろん。私も休みたいしね」


 春先は多くの動植物が活発に動くため、保護隊の仕事も必然的に増えてしまうのだ。それなりに仕事にも慣れてきただろうし、休みを取ってもバチは当たるまい。


「リフレッシュしてもらえればいいんだけど」

「大丈夫ですよ。レーちゃんの彼氏に任せましょう」


 その言葉に、ミラは思わず持っていた食器を落としてしまいそうになる。レーネはキャロと同い年のはずなのだが、既に彼氏がいると言うのは驚くには充分すぎる事実だった。





◆◇◆◇◆





「…………」


 玄関の扉の前で仁王立ちする少女は、呼び鈴を押そうと手を伸ばすが、すぐに引っ込めてしまう。迷いを追い出そうと頭を振る彼女に合わせて、ツインテールに結われた艶のある黒髪が揺れ動く。


(悩んでいてもしょうがないわね)


 せっかくここまで来たのだ。会わないわけにはいくまい。少女──レーネはおずおずと手を伸ばし、そして呼び鈴を押した。程なくして家主の返事が返り、扉が開かれる。


「レーネ」

「その……久しぶり」


 紫銀の髪をした家主の男性こせ、レーネの恋人であるヴィレイサーだ。


「あぁ、久しぶり」


 最後に会ったのはついぞ1ヵ月前なのだが、随分と久しく感じるのは寂しかったからかもしれない。レーネは家に上がると、我が物顔でソファーに腰掛ける。


「何か飲むか?」

「じゃあ、レモンティー」

「はいよ」


 ヴィレイサーはレーネよりも10歳も年上だ。端から見ればおかしいのかもしれないが、レーネの周りでこの恋慕を笑う者はいなかった。

 前はここに同棲していたので、遠慮なくソファーに寝転がる。そして、どうしてこうなったのかぼんやりと思い返す。

 ミラから休みを言い渡された時、最初はエリオとキャロの2人と一緒に過ごそうと思っていたのだが、キャロがせっかくだからとヴィレイサーと過ごしてはどうかと言ってきた。別に寂しくない──自分に言い聞かせるようにその言葉を言っていたことに気がつき、周りには渋々と言った様子で、内心ではちょっぴり嬉しい気持ちで休みを謳歌することに。

 そうしていざ恋人の家に来たのだが、意外と何を話したらいいか分からず黙ってしまう。


「レーネ」

「…うん」


 レモンティーが出されたので、身体を起こす。ヴィレイサーも緑茶を飲むべく対面に座った。


「仕事、どうだ?」

「まぁ、順調ね」


 ふーっと息を吹き掛けながらレモンティーを覚ます。仄かに香る甘い匂いが心地好い。


「理不尽な奴らはぶっ飛ばしたくなるけど」


 保護隊の仕事は何も環境調査だけではない。時には密猟者を捕らえることもしなくてはならない。そんな彼らの下らない理由を思い出したのか、レーネはむすっとした表情になる。


「まぁ、うまくやれているのなら良かった」

「メールでも大丈夫だって言ったでしょ」

「そうなんだけど、な。やっぱり本人の口から聞きたいし」

「ふーん」


 素っ気ない態度を取るが、ヴィレイサーは特に気にしない。彼女のつっけんどんな姿勢は今に始まったわけではないのだから。


「ヴィレイサーは? 最近、どうなの?」

「俺? 俺は別に変わらないよ」

「そう? その割りに私の顔を見た時、すっごく嬉しそうに見えたけど?」


 ニヤリと笑みを見せるレーネ。彼女はどうにもSっ気があるようだ。


「もしかして、寂しかったんじゃないの〜?」


 自分だって寂しく思っていたと言うのに、そのことは棚に上げてにんまり笑う。


「……別に寂しくなかったけど」

「……え?」


 予想外の反応に、レーネは目を丸くしてしまう。


「嘘だ」

「……もーっ! そうやってからかわないでよ!」


 憤慨し、脛を狙おうと足蹴を繰り返してくる。


「痛いから止めろって。だいたい、お前だって寂しかったんじゃないのか?」

「そ、そんなわけないでしょ。私は全っ然、これっぽっちも寂しくなかったんだから」


 ふんっとそっぽを向かれてしまう。とは言え、彼女の言葉が嘘なのは誰もが分かっただろう。


「……なら、俺だけ甘えさせてもらおうかな」

「へ……?」


 目をしばたたかせるレーネの後ろに回り込み、ぎゅっと抱き締める。やはり恋人の温もりは安心できる。


「な、何して……!」

「んー……レーネ、いい匂いだな」

「ちょっ、何やってんのよ!?」


 気ままにレーネに甘えるヴィレイサー。止める気はないようで、レーネの髪から香るシャンプーの匂いを堪能している。


「は・な・し・な・さ・いっ!」

「嫌だ」


 たったの数文字で一蹴されてしまった。レーネは必死に抵抗するが、まったく意に介さない。


「レーネが寂しくなかったなんて嘘をつくからだろ」

「う、嘘なんかじゃ……ひゃうっ!?」


 また嘘をついたので、うなじにキスをして驚かせる。いきなりのことにレーネは抵抗することを忘れてしまい、その隙をつかれて押し倒されてしまった。


「本当は、どうなんだ?」

「うぅ……───った、です」

「悪いけど、聞こえなかったからもう1回頼む」

「っ〜〜〜!! だから、寂しかったって言ってんの!」


 正直に言ってくれた彼女の顔は真っ赤だった。かなり恥ずかしいようだ。


「よく言えました」


 ヴィレイサーは彼女を組み敷いたまま、その愛らしい唇にキスをした。





◆◇◆◇◆





「いい? 絶対に手伝うんじゃないわよ?」

「はいはい、分かったって」


 その後しばらくレーネを抱き締めて彼女の温もりを味わっていたが、昼過ぎになるとレーネがおもむろにヴィレイサーの腕から逃れ、昼食を作ると言いだした。

 意気込むレーネを横目に、ヴィレイサーは内心で溜め息を零す。何故なら彼女の料理の腕前は壊滅的だからだ。味見はするのだが、その後もう一工夫したいと思っては適当に調味料を加えて料理をダメにしてしまうと言うパターンが多い。


「じゃ、エプロン借りるわね」


 そう言って、置いてあるヴィレイサーのエプロンを身に着ける。丈が少し長いものの、レーネは気にせずに鼻歌交じりに作っていく。そんな楽しそうにしている姿を見ると、作らないでくれとはとても言えなかった。もちろん、作らないでくれなど最初から言う気はないが。


「…って、何まじまじと見てんのよ?」

「んー……? いや、なんか新婚みたいだなぁって」


 単に可愛いから見惚れていたのだが、つい大袈裟に言ってしまう。その言葉を受けて、レーネは予想通り顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせている。


「な、ななななに言ってんのよ!?」

「そんなに動揺しなくてもいいだろ」

「無理に決まってんでしょ! 変な妄想しないでよ、バカ!」


 真っ赤になった顔を背け、せっせと調理を続けていくレーネ。後ろから見ても可愛いと思うし、なにより今の反応は中々面白かった。


「その……あんたは、そういうこともう考えているの?」

「そういうことって?」

「だ、だから……!」


 すっとぼけてレーネに言わせようとする辺り、自分はサドなようだ。もっとも、治そうとは思わないが。


「結婚、とか……」

「いや、全然考えていないって。だいたいまだお子様だろ、お前」

「ふんだ! そんな子供を好きになったロリコンは、どこのどいつよ」

「別にロリコンじゃないんだが。お前が可愛いのがいけないんだっての」

「調子のいいこと言ったって、私はそう簡単になびかないんだからね」


 振り返り、べーっと舌を出す仕草はまさに子供だった。怒ったところも可愛いが、機嫌を損ねたままと言うのはよくないので、漂ってきた美味な香りを称賛することに。


「いい匂いだな」

「ふふん、あたしにとって料理なんてお茶の子さいさいよ」


 自慢げに胸を張るが、その自信がどこから湧いて出るのかまったくもって不思議でならない。だが、指摘すれば怒らせることは間違いないので「楽しみ」だと伝えて食器類の準備に入った。


「…はい。山菜たっぷりパスタの出来上がり〜♪」

「サンキュー、美味そうだな」

「当たり前でしょ。このあたしが作ったんだから」

「じゃあ、いただきます」


 向かい合うようにして座り、早速レーネが作ってくれたパスタを食する。程よい味付けは濃くもなく薄くもなく、ヴィレイサーの好みに合わせてくれているのが分かった。麺も山菜も調味料の味付けに負けていない。


「うん、美味しい」

「ふふん、あたしだって料理ぐらいできるっての〜♪
 まったく、キャロは余計な心配ばっかりして……」

「……心配?」

「せっかく会うんだから料理の腕を少しでも上げておこうってうるさかったのよ。
 保護隊でも料理は当番制でやってんだから、別にいいって言うのに」

(後でキャロに礼を言っておかないとな)


 恐らく初めてレーネの料理を食べた時は誰もが顔をしかめたに違いない。当番制であれば、確かに腕前が落ちることもないだろうが、キャロが助言をしてくれたのはありがたい。


「ごちそうさまでした」

「うん」


 レーネもだいぶ料理が上手になったと思う。野菜の斬り方が出鱈目だったり、味付けが適当だったりと色々酷かった頃が懐かしい気がする。ヴィレイサーが食器を下げ、冷蔵庫からデザートを持ってくる。


「ほら」

「わ、ありがと〜♪」


 休暇に戻ってくると聞いて、作っておいたババロア。レーネが好きな苺で作ったのだが、喜んでもらえたようだ。自分用のココアも取り出し、一緒に食べる。


「ん〜、美味しい♪」

「良かったよ」

「ヴィレイサーも意外と料理上手よね」

「まぁ、1人だからな。必然的にうまくなるってもんだ」


 ふと視線を上げると、レーネがじっとこちらのババロアを見ていた。素直に言えばいいのに──そう思うものの、言えないのがレーネらしいとも思う。


「一口、食べるか?」

「……い、いいの?」


 薦められて、ぱっと目を輝かせるレーネだったが、すぐにそんな素振りはなかったとでも言うように確認をしてきた。


「あぁ」

「じゃあ、一口だけ」

「ほら、あーん」

「あー……って、何でよ!?」


 食べさせようとしたが、やはりそれは無駄だった。食べさせられるのは御免なのか、身を乗り出すのを止めて席に座り直す。


「まぁ、一口ぐらいならいいだろ?」

「うー……1回だけ、なんだからね」

「分かっているって」


 落としてしまわないよう、少し小さめにスプーンにババロアを乗せ、レーネに向ける。


「あ、あーん」


 恥ずかしそうに、しかしちゃんと食べてくれた。すぐに程よい甘さに頬が緩む。


「どうだ?」

「まぁまぁね」

「相変わらず好物以外には厳しいな」

「別に。それより……あんたも、はい」

「え?」


 差し出されたのは、苺味のババロア。一口大のそれが乗せられたスプーンが目の前に出され、ヴィレイサーは苦笑いする。


「えっと、まさか……」

「何よ、あたしには食べさせられたくないとか言うの?」

「いや、そうじゃないけど……恥ずかしいから」

「今さっき、あたしを同じ方法で辱しめたじゃない!」

「誤解を招く言い方をするな!」

「ともかく、早く食べなさいよ」

「……分かったよ」


 嬉しさ半分、恥ずかしさ半分。そんな気持ちで、ヴィレイサーはレーネが差し出してくれたババロアを食べるのだった。


(ヤバい……恥ずかしさでほとんど味が分からなかった)





◆◇◆◇◆





「明日の昼前には帰るから」


 夜になって明日の予定を聞かされたヴィレイサーは溜め息を零した。もっと早く言ってもらえれば、彼女の好物を夕飯にも出せたのだが、まさか食後に言われるとは思ってもいなかった。どうやら今保護隊がいる場所は次元船を使ってもだいぶ時間がかかるらしく、遅くても昼過ぎには出ないと間に合わないらしい。


「じゃあ、おやすみ」

「あぁ、おやすみ」


 お風呂から上がったレーネはストレッチをしてから自分の部屋へ向かった。もっと話そうかと思ったが、それなら通信した時で構わないと考えて止めた。


「……俺もそろそろ寝るか」


 自宅でこなせる書類仕事も終わり、適当にニュースを見て時間を潰していたが、眠気が増してきた。起きていても仕方がないので、レーネに倣って自室に向かう。だが、ベッドに入って間もなく───


「ヴィレイサー、いい?」


 ───遠慮がちにレーネの声がかかった。


「どうした?」


 扉を開けると、どういうわけか枕を抱き抱えるレーネの姿が。


「その……あんたが寂しいって言っていたから、一緒に寝てあげようと思ったのよ」


 顔が赤く、目を逸らしていなければ嘘ではないと思ったのだが、別に嘘でも構わない。


「まぁ、ありがとうな」


 感謝を示すように頭を撫でる。最初こそその洗礼を受けていたレーネだったが、しばらくするとわなわなと身体を震わせ始めた。


「いつまで撫でてんのよ! 子供扱いしないでってば!」

「悪かったよ」

「悪いと思っているなら、撫でるの止めなさい!」


 憤慨するレーネを見ていると、ついついからかいたくなってしまう。とは言え、遅くまで遊ぶわけにもいかないので、適当なところで止めてベッドに入った。


「……ヴィレイサー」

「ん?」

「…狭いんだけど」

「我慢してくれ」


 なるべく端の方に身を寄せるが、いつも使っているものより小さく感じるのは仕方ないことだ。真っ暗なので確証はないが、不満そうな顔をしているのだろう。


「……その、今日はありがとね。あたし、つい意地張っちゃうから、寂しくないなんて嘘言って……あたしだって、本当は寂しかったんだからね」


 レーネの独白に、しかしヴィレイサーは何も返さない。


「ヴィレイサー、寝ちゃったの?」


 暗くて相手の顔が見えない。もしかしたら寝た振りをしているだけかもしれないので、確認のために彼の頬を指でつつく。


「……ね、寝ているなら悪戯しちゃうからね」


 そう言うと、レーネはゆっくりとヴィレイサーへ近づいていく。そして目の前まで来て、急に恥ずかしくなって顔を引っ込めてしまった。


(あたし、何してんだか……)


 今、確かにキスをしようとしていた。だが、やはり恥ずかしさには勝てない。下らないことをしていないで寝よう──そう思った矢先、ぐいっと身体を引き寄せられた。


「ふぇっ!?」

「どんな悪戯をするつもりだったんだ?」

「あ、あんたねぇ……!」


 やっぱり起きていた──ヴィレイサーは今、さぞにやにやと笑っているに違いない。レーネはじたばたと暴れて彼の手から逃れようとするが、一向に離してくれそうにない。


「寂しがりな癖に強がって……手のかかる奴だなぁ」

「うるさいわね。あんただって寂しかったって言ったじゃない」

「まぁな」


 彼女が暴れなくなったところで、優しく抱き締めなおす。静かに頭を撫でると、時折シャンプーのいい香りが漂ってきた。


「……さっきも言ったけど、あたしだって寂しかったんだからね」

「うん」

「だから……だから、今度はあんたがこっちに来なさい」

「え?」

「ただし、仕事の邪魔はしないでよね」

「…ん、分かった」

「じゃあ、約束」


 そっと頬に手が当てられて、レーネが近づいてくる。ヴィレイサーも彼女を受け入れるように目を閉じ、そして静かに唇を重ねた。


「んっ……約束破ったら、承知しないから」


 そんな言葉を口にしながらも、レーネの顔は笑みを浮かべていた。





◆◇◆◇◆





「あ、おかえりなさい、レーちゃん」

「うん」


 翌日───。

 予定通り昼過ぎに家を出て、夕方に保護隊の寮に戻ると、早速キャロが迎えてくれた。だが、その目がきらきらと輝いており、ヴィレイサーとどう過ごしたのか気になると訴えているのに気がつき、そそくさと自分の部屋へ向かおうとする。


「レーちゃん、ヴィレイサーさんと仲良くできた?」

「……別に、普通よ」

「ふーん」


 普通だと言っているのに、何故かにんまりと笑っている。その笑顔にむかついたので、キャロの頭に向かってデコピンをお見舞いしてやる。


「あいたっ!? う〜……何するの?」

「普通って言ったでしょうが」

「だって……レーちゃん、嬉しそうだったから」

「え?」

「ヴィレイサーさんとのことを聞いたら、嬉しそうに答えたんだよ」

「そ、そんな訳ないでしょ! あいつはドSだし、いっつも子供扱いするし……嬉しくなんかないっての」

「ふふっ、そっか」

「ちょっとキャロ、ちゃんと聞いていたの?」

「聞いていたよ〜。レーちゃんはヴィレイサーさんのことが好きだって、よく分かったし」

「だーかーらー……!」


 しばらく弄られそうだが、まぁ仕方がない。それに、背中を押してくれた友人にはなんだかんだで心の底から感謝しているのだから。










◆──────────◆

:あとがき
久しぶりのコラボ更新です。

素直になりきれないレーネと、それをおちょくるヴィレイサー。定番のやり取りになりましたが、お楽しみ頂けたでしょうか?
レーネのツンツンなところを出せているといいのですが。

次回もコラボを投稿する予定です。






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あきゅろす。
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