「…これで、全部ですね」
買い物袋の中にある食材とメモリストを数回だけ照らし合わせ、ウーノは笑みを浮かべて帰宅することに。店の外へ出ると、他の人の邪魔にならない場所に立って何気なく空を見上げる。綺麗な青空に目を細め、そして歩き出した。
ウーノはが敬服していた男性──ジェイル・スカリエッティが引き起こしたJS事件と呼ばれている大規模な事件の首謀者と共に軌道拘置所に収監されていた。
最初こそ、敬服するスカリエッティに付き従う以外に生きる理由はないと言って捜査協力を拒否し、刑期の短縮も断っていたが、スカリエッティの因子を色濃く受け継いでいたからなのか、何度も刑期短縮の提案をしてきていたチンクから聞かされた外の世界に興味が湧いてきてしまった。
それをねじ伏せようとすればするほど、却って余計に気になってしまい、やがてスカリエッティや妹たちに話したのだが、それを嗤う者は誰一人としていなかった。あまつさえ、「いっそのこと外に出ればいい」と言われる始末だ。スカリエッティ曰く、「それが自然な気持ちだ」とのこと。因子など関係なく、外に出てみて欲しい──彼は、そう思っているようだ。
そこで、今更とは思いつつ外へ出るべく捜査協力を申し出た。元々、JS事件では司令塔を担っていただけあり、その情報はとても有益なものとして認められ、外に出ることが叶ったと言うことだ。
スカリエッティからは「これからの出来事で、外に出たことが君にとって良いものになるか悪いものになるか……それは君次第だ」と言ってもらった。最初こそ後悔だらけだった外の世界での生活に、しかしウーノは嫌気が差すことはあまりなかった。チンク達が支えてくれているのにそれを裏切る形になるかもしれないと思った故だ。
やがて、JS事件で傷ついた人々から罵詈雑言を浴びせられたりしたが、いつからか傍に居てくれた、チンク達の兄貴分でもあるヴィレイサーが支えてくれた。当初はそりが合わなかったこともあったものの、次第に親しくなり、傍にいることが当たり前となっていった。
そして今は───。
(今日も美味しく出来るかしら)
家で待ってくれているであろうヴィレイサーのために、今からどんな食事を作ろうか──それを考えるだけで、思わず頬が緩んでしまう。
「あれ、ウーノさん?」
「…ノアちゃん」
そんな彼女に声をかけてきた、1人の女性。ウーノ以上に豊かなバストを持ち、それでいて引き締まった身体は同性から見ても羨ましいと思わされる。そんな彼女の名前はノア・ナカジマ。ウーノが外へ出る時に様々な考慮をしてくれた、恩人でもある。
「買い物ですか?」
「えぇ。ちょうど食材が切れていた所だから」
「いやぁ、ヴィレイサーさんに尽くしてばかりですね〜。
でも……たまには尽くされる側になりたいとは思わないんですか?」
「別に思いません。あの人が傍に居てくれるのなら、それで」
「はぁ、熱々ですね……」
ノアを呆れさせる言葉を、多少照れながら言うウーノの姿は可愛らしいものだった。しかしノアはふと気になったことがあったので喫茶店へと誘う。買い物袋は重たいものが入っていないので、そこまで疲れることもないだろう。
「マスターのところも大概ですが、お二人もとんでもなくラブラブですよね」
「あら、焼き餅?」
「そんなんじゃないですよ!」
ウーノが見せる余裕な姿勢に、ノアは憤慨する。ヴィレイサーと恋仲になる前だったら、絶対に自分の方が優位に立っていたはずだ。それが今となっては立場が逆転してしまっている。なんとも腹立たしい。
「まったくもう……時にウーノさん、今日はホワイトデーですね」
「ホワイトデー……あぁ、そういえばあったわね。
あまり気にしていませんが……」
「それはいけませんよ」
「え?」
「ホワイトデーは、恋人同士にとって大事なことなんですから」
「そ、そうなんですか?」
食いついた──ノアは内心でにんまりと笑顔を浮かべつつ、話を続ける。
「そうです! バレンタインデーに愛する人へ想いを込めたチョコレートを渡したと言うのに、そのお返しがなかったとしたら……凄く、悲しくありませんか?」
「ま、まぁ、確かに……でも、そこまで拘るほどのことではないような……」
「そんな甘い考えだから、夜にヴィレイサーさんに主導権を握られるんですよ」
「そ、それは今関係ないでしょう!」
顔を真っ赤にするウーノを見て、図星だったのかと思わず苦笑いしてしまう。適当に言っただけなのだが、意外と当たるものだ。
(しかも否定してこないですし……)
その辺りも詳しく聞いてみたいところだが、ただでは済まないのでいずれ対応策を練ってから聞き出すことに。
「まぁそれは置いておきまして……ホワイトデーは男性にとっても大事なことなんです。
しかし男性は想像以上に面倒くさがりだったり気分屋だったりします。お礼を贈りたいと思えるから贈ったり、或いは偶々偶然なんてことも」
「か、彼に限ってそんなことは……」
ウーノの言う通り、ヴィレイサーは意外に律儀なところがある。だからこそ贈られることがないだとはまったく思っていないのだろう。
「まぁそう思うのであれば構いませんけど……もし贈ってもらえなかったら、それってウーノさんに飽きちゃったのかも」
とどめの一言を言われ、ウーノは慌てた様子で伝票を持ってレジへ向かった。一方のノアはと言うと、彼女をけしかけることができて満足なのか優雅に紅茶を飲むのだった。
◆◇◆◇◆
「た、ただいま!」
喫茶店から駆け足で戻ってきたウーノの声に、慌てた気配を感じてヴィレイサーがリビングから歩いてくる。
「おかえり。珍しく慌てて、どうした?」
「え? あ、えっと……な、なんでもないわ」
「ふーん? まぁそれならいいけど」
ホワイトデーが気になったから──そんな理由をいえるはずもなく、ウーノは恥ずかしそうに顔を俯かせるが、ヴィレイサーは特に気にせずに彼女が持っていた袋を持って先に踵を返した。詮索されずに済むと知り、ウーノはほっとする。
ヴィレイサーの後には続かず、洗面台で手と口を洗ってからリビングへ。そしてエプロンを身に着けて昼食を作っていく。
「遅くなってごめんなさい。ノアちゃんと会ったものだから……」
「いや、大丈夫だ。気にしていないよ」
「ありがとう」
嬉しそうに目を細めるウーノを見て、ヴィレイサーは「やはり」と思う。彼女はどうにも幸せを感じるハードルが低い。礼を言われるようなことではないのに、今のように感謝を述べられることが多いのだ。
(まぁ、性分なんだろうけど)
それを正せとは言わない。言ったところで改善はされないだろうし、なにより彼女の美点なのだから。
「悪いな、全部やってもらって」
「いいんですよ。私がやりたいことなのだから。
それに、貴方は遅くまで仕事だったでしょ」
外出する時は常に一緒に居たいと思っているが、ヴィレイサーは深夜の3時頃に仕事を終えて戻ってきたので今回は1人で買い物に出た。いつも頑張ってくれていることを知っているからこそ、彼に尽くしたいと思える。
「はい。簡単なものだけど」
「あぁ、ありがとう」
やがて出来上がった昼食を、向かい合って食する。多少口数は減るものの、それでもたいわない会話を繰り返していく。ウーノにとっては一緒に過ごす時間がとても大事なようだ。もちろんヴィレイサーも同じ気持ちだが、彼女は人一倍その気持ちが強い。
先に食事を終えたヴィレイサーが食器を下げるついでにやかんをコンロに置いて火にかける。その間、ウーノが使っているカップを取り出し、緑茶を準備していく。
「ヴィレイサー」
「ん?」
「あの……いつもの、お願い」
少し頬を紅潮させるウーノの要望に応えるべく、彼女の後ろに回る。そして優しく抱き締める。
「ふふっ、温かい」
嬉しそうな声に、ヴィレイサーも思わず頬を緩める。こうしてのんびり触れ合うのがお互いに好きなこともあって、ウーノは彼に抱き締められることが好きになっていた。
「…ウーノ」
「あっ……んっ」
ウーノの肩に頭を乗せると、何を求めているのか察したのか少しだけ振り返ってくれる。そしてヴィレイサーもそっと顔を近づけ、唇を重ねた。
「ヴィレイサー……」
「ん?」
「……も、もう1回……ダメ、かしら?」
「後でな」
恥ずかしそうに強請るウーノはとても可愛らしいが、先に沸いたお湯を止めてお茶を淹れる。待っている間、妙にそわそわするものだから、わざと時間をかけることに。
一方のウーノはと言うと、中々ヴィレイサーがやかんの前から離れないので落ち着かなくなっていた。早くもう1度口付けを──言葉にしてしまえばいいのに、恥ずかしさが強くてそれは叶いそうもない。やがて来たかと思うと、ウーノが使っていた食器を下げるべく、また台所へ行ってしまった。少し残念そうに肩が落ちたのが自分でもよく分かった。
「ウーノ」
「あ……ありがとう」
そうしている内に、緑茶が目の前に出される。ウーノは期待の眼差しを向けるが、彼は何もせずに着席してしまう。その時になって、ようやく気づいた。自分は焦らされているのだと。
「…意地悪」
「何が?」
恨めしそうに睨むが、まったく意に介さない。むすっとした表情を見せられる相手は彼ぐらいだろう。姉妹やスカリエッティにさえ、見せるのはなんとなく嫌だった。
「悪かったよ」
ずっと不機嫌なままでいられるのはヴィレイサーとしても本意ではない。苦笑いしてウーノの隣まで来ると、頬にそっと手を当てる。綺麗な肌は柔らかく、ずっと触れていたい衝動に駆られる。
「ウーノ、こっちを向いてくれないとキスできないんだが」
「意地悪ばかりする人の顔なんて、見たくありません」
珍しく拗ねている。普段は大人びているせいで、こういった子供っぽさを見せられると余計に可愛がりたくなってしまうのだが、あまり変なことをすると更に機嫌を損ねかねないので黙っておく。
「……なら、目をつぶってくれ」
「え?」
「それなら、俺を見ないままキスできるだろ?」
「そ、それは、そうだけど……」
「それとも……したくないのか?」
少しだけウーノとの距離を詰める。耳を澄ませば息遣いがはっきりと聞き取れる距離にまで近づかれ、顔が赤くなっていくのが分かる。しかもそれを見られていると思うと、余計に恥ずかしい。
「し、したくないなんて……思うはず、ありません」
「…だよな」
目を閉じ、少し顔を上げてくる。あとはしてくれるのを待つと暗に伝えてきた。その表情が可愛らしかったのでしばらく見ていたかったが、待たせると怒らせてしまうのでそっと唇を重ねる。
そしてゆっくりと離れると、ウーノは満足げに微笑んだ。
◆◇◆◇◆
緑茶を飲みながらのんびりと過ごすヴィレイサーを、ウーノはちらちらと見詰める。いつもなら眺めているところだが、ノアがホワイトデーのことを言っていたので、ついつい気になってしまう。
(今の所、渡してくれそうな気配はないわね。
それに、それらしいお菓子も見当たらなかったし……)
もしかしたら、ノアの言うように自分は飽きられているのではないか──そんな不安が頭をよぎっては、そんなはずはないと頭を振るばかりだ。聞けばいいのだが、流石にそこまでの勇気は中々わいてこない。
(とりあえず……それとなくアピールした方がいいかもしれないわね)
そう思うや否や、ウーノは立ち上がってヴィレイサーの隣に座る。そして甘えるように彼の肩に頭を預けた。
「どうかしたのか?」
「いいえ。ただ、こうしていたくて……ダメかしら?」
「いや、全然」
その返答に安堵するも、これに満足してはいけないと思い直す。しかしここからどうすればいいのか分からず、ウーノはまたそわそわしだした。それに気づいたヴィレイサーが、読んでいた本を閉じて問う。
「どうしたんだ、ウーノ。今日はなんか変だぞ」
「えっ!? そ、そんなことないわ」
「それにしては、そわそわしすぎだと思うんだが……何かあったならちゃんと話せよ?」
「うぅ……その、実は……」
隠し立てしたくない──その気持ちが一際大きくなり、ウーノは素直に話すことにした。
「なるほどな。やっぱりノアが1枚噛んでいたのか」
「や、やっぱりって……?」
「お前を言葉だけで焚き付けるなんて、ノアぐらいにしかできないからな」
「そう言われると……そうかもしれませんね」
「けど、流石にウーノに飽きたりしないって……まぁ、俺も不安に思ったりはあるけど、さ」
「それこそ心配する必要はありませんよ。ちゃんと、貴方だけを想っていますから」
少しでもこの想いを感じて欲しい──そう思って、ウーノは再びヴィレイサーへと寄り添う。
「まぁでも……何を贈ろうか悩んでいるのは間違いないんだけどな」
「そんな。別にそこまで悩まなくていいんですよ」
「そうかもしれないけど……やっぱり、喜んでほしいものだからさ」
「…ありがとう」
「俺の方こそ……いつも、ありがとうな」
ウーノの身体にそっと手を回し、強く抱き寄せる。お互いの温もりを感じながら、2人はどちらともなく顔を寄せて唇を重ねた。
◆◇◆◇◆
「それで……結局その後はどうしたんですか?」
「どうって……特には何も」
後日───。
ウーノはノアに呼び出され、また喫茶店に来ていた。そこで先日のホワイトデーがどうなったのか訊ねられた。
「デートして、彼に甘えて……それだけです」
「えー……なんか、いつも通りでつまらないですね」
「ノアちゃんにとってはそうかもしれませんけど、私にとってはとても大事なことですから」
「まぁそうかもしれませんけど……」
「なにより、あの人と一緒にいられるだけで幸せです」
嫣然と微笑むウーノに対し、ノアはげんなりとする。これは惚気られるパターンだと気付いたが、もう遅い。
「ヴィレイサーとデートした時なんだけど……」
ノアの予想は見事に的中し、ウーノはその後しばらくヴィレイサーとの惚気話をつらつらと語っていく。だが、それを制することができないのは、きっとウーノがとても幸せそうな顔をしているからだろう。
◆──────────◆
:あとがき
ウーノは終始敬語なのか、一部タメ口なのか……ちょっと書くのに四苦八苦しましたが、甘えん坊なお姉さんに仕上がりました。
長女としてスカリエッティのサポートをしてきたので、こういうのは珍しいかもしれませんが、如何だったでしょうか?
彼女とセッテは、いつか長編で書いてみたいところですが、まったくネタが浮かびません(苦笑)
ちなみに今月の更新は恐らくこれが最後になります。
27日から30日まで旅行で広島に遊びに行く予定ですので。
4月にはvividのアニメが放送開始されますし、こちらも熱を入れていかなければ。
では、また次回。
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