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小説
ハッピー・ハロウィン ○






「ヴィレイサーさんが?」

「うん。最近、ちょっと帰りが遅かったり、構ってくれなかったり……」

「……ふーん」


 カフェテリアで紅茶を飲みながら、ノアはすずかに言われたことに興味なさげな返事をするだけだった。


「ど、どうしてそんな反応をするの?」


 それにはすずかも気付いたようで、不安げに小首を傾げる。それに対し、ノアは「だって」と膨れっ面になった。


「毎日毎日、マスターとその恋人から惚気を聞かされているんだよ?
 それに加えてすずかちゃんにまでそんなこと聞かされたら、堪ったものじゃないよー……」

「べ、別に惚気ているわけじゃ……」

「でも珍しいよね。すずかちゃんがヴィレイサーさんのことで愚痴るなんて」

「うーん……そうかもね」


 今までだって、構ってもらえなかったり、仕事で帰りが遅くなったりしたことは多々ある。それでもすずかは文句など1つも言わなかったし、寧ろ彼女の友人が心配することの方が多かったぐらいだ。自覚があるのか、すずかは苦笑い気味に頷く。


「それで、話を戻すけど……ヴィレイサーさんがいつも以上に冷たいって?」

「うん。なんだか、そんな感じがして……不安になるのが初めてだから、どうしたらいいのかなぁって」

「それなら、私以外に適任がいると思うけど……」


 ノアの家族であるクロスにも、恋人がいる。だからこそそちらに相談した方がずっといいはずだ。


「1度話したんだけど、惚気しか言われなくてね」

「あー……あり得るね」


 惚気ている姿が簡単に目に浮かんだので、ノアはやれやれと思いつつもすずかに協力することに。


「ここは簡単に、大胆な服で迫るとか!」

「大胆って言われても……私、そういうの持っていないし」

「そうなの? 彼氏のためにそういうの持っているのかと思った」

「うーん……ヴィレイサーくんがそう言うのに興味を示しにくいからかな?」

「あはは、確かにね」


 冷ややかで淡泊な性格ゆえ、色仕掛けも大して効果がなさそうな気がする。だが、好きな人が相手なら別だろう。ヴィレイサーがすずかに対し甘いのは最近になって顕著になってきた事実だったりする。


「まぁ、服は私が見繕うよ」

「本当? ありがとう。私、そういうことに疎いから……」

「ふっふっふっ……えりすぐりの衣装をプレゼントするからね!」

「……なんだろう。物凄く不安になってきたんだけど」

「失敬な」


 意気込むノアを見て心配そうに苦笑いするすずか。彼女の言うように、ノアは多少やりすぎることが多々ある。それだけに不安に思うのも無理はないだろう。


「んー……せっかくだし、何かイベントに合わせるといいかもね」

「イベント……そういえば、もうすぐハロウィンだし、その時にならヴィレイサーくんも都合をつけられるかも」

「仕事、入ってないの?」

「分からないけど、頼んでみる」


 言うが早いか、すずかは自分が頼んだ分の代金を置いて、そうそうに店を出て行った。その背中を片手を振りながら見送り、ノアは溜め息を零した。


「…はぁ、妬けちゃうなぁ」





◆◇◆◇◆





 すずかは真っ直ぐ家に戻ると、早速ヴィレイサーの部屋に向かった。だが、そこに彼の姿はなく、まだ帰宅していないのだと分かると残念そうにベッドに腰掛け、そして寝転ぶ。


「…寂しいなぁ」


 ノアの言うように、今までならそこまで不安になることもなかったのだが、最近は妙に気になってしまう。恐らく、ヴィレイサーの言動のせいだろう。自分でも不思議なくらい、敏感に察することが多い。そのこともあって、ヴィレイサーが何か隠し事をしていることに気付いたからこんなにも心配になるのだろう。


「…ヴィレイサーくん」


 しばらくベッドに寝転がっていると、次第に瞼が重たくなってきた。


(あ……ヴィレイサーくんの匂いだ)


 好きな異性の匂いを感じ、すずかはそれに誘われるようにして瞼を閉じた。それからほどなくして小さな寝息をたてはじめ、眠りについてしまう。


「…何やってんだ」


 ほどなくして仕事から戻ってきたヴィレイサーは、すずかが自分のベッドで寝ていることに呆れる。これが初めてではないし、寧ろ今までだって何度もあったことだが、その度に溜め息をついてきた。


(まぁ、今は寧ろ安心するけど)


 彼女が安心しきった状態で寝ているのを見ると、ヴィレイサーも心底安心できる。彼女を起こさないように着ていたロングコートをかけ、膝枕をしてやる。最初は呟きをもらしたが、起きることもなく静かに寝続ける。


(……やっぱり、気付かれているかな)


 ここのところすずかに対してつっけんどんになりがちなのは、彼女にサプライズを用意しているためだ。彼女の友人たちからたまには感謝をするべきだと言われ、半ば強制的にプレゼントを贈ることに。最初は乗り気ではなかったし、なにより周りに言われてから考え始めたのでは申し訳ない気がした。それでも、こうして準備をしているのはやはり心底彼女を愛しているからなのだろう。好きだの愛しているだの言うような性分ではないため、言葉にする気は毛頭ないが。


(まぁ、誤魔化しきれなくなったらちゃんと話すか)


 サプライズ云々も大事かもしれないが、やはりすずかに疑いの気持ちを持たせていることには抵抗がある。もし何か聞かれたら、ちゃんと話そう──そう心に秘めて、ヴィレイサーは優しくすずかの頭を撫でた。


「ぅ、ん……? あー……ヴィレイサー、くん?」

「悪い。起こしたな」

「ううん、平気」


 寝ぼけ眼でヴィレイサーが帰宅していたのを確認すると、すずかは嬉しそうに微笑んで、再び目を閉じた。だが、完全に寝付くことはなく、ヴィレイサーに甘えるように触れ合ってくる。


「どうした?」

「ちょっと、ね」


 寂しいから、いつも以上に触れてくるのだろう。サプライズだけに彼女にはまだ秘密にしておく必要があるが、せめて満足するまで精一杯甘えさせたい。ヴィレイサーはわざと溜め息をついてから、すずかの邪魔にならないよう寝転がり、正面から抱き締めた。


「あ……ありがとう」

「…別に」


 胸に顔を埋めてきたすずかの頭を優しく撫でると、彼女はやがて小さな寝息をたてはじめた。それを確認してから、ヴィレイサーもひと眠りしようと目を閉じる。しかし、しばらくしてすずかの寝息が聞こえなくなった。毛布でも被ったのかと思って少しだけ重たくなり始めていた瞼をゆっくり開くと───


「あっ……!」


 ───先程以上に近づいたすずかの可愛らしい顔が、目の前にあった。


「…何?」

「あ、あぅ……な、なんでもないです」

「ふーん」


 何をしようとしていたのかなんとなく察しはついている。恐らくだがキスでもしようとしたのだろう。だが、意地の悪い性格だけあって、ヴィレイサーはすずかの口から言わせようとする。それでも恥ずかしさが増したようで、すずかは結局何も言わない。


「まぁ、なんでもないならいいか」

「えっ!」


 ヴィレイサーはまだすずかを弄る気でいるようで、彼女に背中を向けてしまった。後ろで「う〜」と可愛くうなっているのが聞こえてくるが、知らんぷりを貫く。


「意地悪」


 やがてそれだけ呟くと、もぞもぞと動いた。恐らく彼女も背中を向けてきたのだろう。やり過ぎたようだ。ヴィレイサーは苦笑いしつつ向きを戻すと、今度は後ろからすずかを抱き締めた。


「何?」

「別に」


 剥れているのか、ちょっと冷ややかな声だった。それを気にすることはなく、ヴィレイサーはすずかの髪から漂う甘い香りに安堵する。


「すずか、こっちを向いてくれないか?」

「やだ」

「何で?」

「なんでも」

「…まぁ、それならいいけどな」


 頑としてこちらを向こうとしないすずかに対し、ヴィレイサーは髪を退けて首筋にキスをした。


「ひゃうっ!?」

「驚かせて悪いな。けど、こっちを向かないお前が悪い」

「そ、そんな。だって、ヴィレイサーくんが……!」

「俺が、何?」

「そ、その……ヴィレイサーくんが、キスさせてくれないから……」

「…まぁ、な。悪かったよ」


 キスしたかったと言うのが恥ずかしいようで、すずかは顔を真っ赤にしながらそれだけ言うと、「意地悪なんだから」と苦笑いしつつヴィレイサーの方を向いてくれる。

 そして今度こそ、2人は口付けを交わした。





◆◇◆◇◆





「ハッピーハロウィーン! だね、すずかちゃん♪」

「う、うん」

「もー、もっとテンション上げて行こうよ!」

「そ、そう言われても……」


 ハロウィン当日───。

 予定通りすずかはヴィレイサーに頼んでこの日を空けてもらうことができた。そして今はノアと一緒に、彼女が持ってきてくれたハロウィン用の衣装に身を包んでいるのだが、何故かすずかは顔を真っ赤にして自分で自分の身体を抱き締めていた。


「な、何でこんな服なの!?」


 すずかが着せられているのは、胸の谷間がはっきりとうかがえるストラップレスブラジャーに、裾の短いホットパンツとガーターベルトだけだった。どれも黒一色で統一されており、これのどこがハロウィン用の衣装なのかと思う。


「言ったでしょ、大胆にするって」

「そ、それは聞いたけど……そもそも、ハロウィンなのに何で?」

「ふっふっふっ……それはね、サキュバスをモチーフにしているんだよ♪」

「サキュ、バス……? えええぇぇ!? サ、サササキュバスって、あの?」

「そうだよ。淫魔のこと」

「い、淫……」


 ぼんっと小さな破裂音が聞こえてくるのではと思うほどに、すずかの顔がまたもや赤く染まった。


「もしかして、ヴィレイサーさんとそういうことしてないの?」

「え? えっと、それは……」

「…まぁ、ヴィレイサーさんもすずかちゃんも、ヘタレだもんね〜。
 そんなことしているわけないか」

「そんなことないよ! ヴィレイサーくんとはもう……!」


 そこまで言いかけて、はっとした。ノアに言わされたのだと気づくが、彼女はくすくすと笑っている。流石にその表情にむっとしたのか、すずかは愛機のホワイトスノーを手に取ると、トライデントモードに切り替えてにこやかにほほ笑んだ。


「ノ・ア・ちゃん?」

「ご、ごめんなさい……」


 すずかを怒らせるとかなり怖いことは今までに体験済みなので、ノアはすぐさま平謝りに謝った。


「それにしても……ノアちゃんは、恥ずかしくないの?」

「多少は恥ずかしいけど……すずかちゃんほどではないよ」

「そ、そうなんだ」


 凄いなぁと感心していると、ノアは1人で部屋を出て行こうとする。どこへ行くのか──そう思って口を開いた矢先、彼女は「お先に♪」といたずらっ子のような笑みを浮かべて部屋を猛スピードで出て行った。


「ちょ、ちょっと!」

「ヴィレイサーさ〜ん、トリックオアトリート♪」

「ノア? って、何だ、その格好は!」

「ノアちゃん、ずるい!」


 先に行ってしまったノアを追いかけ、すずかも階下へと下りていく。その時は焦っていたので、自分がどんな格好をしていたのかすっかり頭から抜けてしまっていた。だが、やがてヴィレイサーが待っているリビングまで来たところでそのことを改めて思いだし、ヴィレイサーの目に留まったことで余計に恥ずかしさが増してしまう。


「み、見ないで……」

「あ、あぁ」

「それじゃあ、私を見ていてください♪」

「うぅ〜……ノアちゃん?」

「なぁに?」


 ジト目でにらむすずかに対し、しかしノアはまったく意に介する様子もなく、ヴィレイサーの腕に抱き着いていた。同じ服装であるうえに、彼女は自分以上にスタイルがいい。その豊満な胸を押し付けているのがよく分かる。


「はぁ……ノア、あまりすずかを苛めてやるな」

「それ、ヴィレイサーさんが言えることですか?」

「…ともかく、ほら」

「わっ!?」

「そんな寒々しい格好をされていても、困るんだよ」


 普段使っているロングコートを放り投げ、ヴィレイサーはすずかに向き直る。彼に見られてまた恥ずかしさが増してきたのか、すずかはそそくさと部屋の隅に逃げてしまったが。


「すずか、恥ずかしいのなら早く着替えてこい」

「で、でも……」


 壁の向こうからひょっこり顔だけ覗かせているすずかの視線はヴィレイサーではなく、ノアの方を向いていた。まだ妬いているのかと呆れるが、その瞳には羨望の色が見て取れた。いったい何が羨ましいのか、ヴィレイサーには皆目見当もつかない。


「ダメですね、ヴィレイサーさんは」

「何が?」

「こういうコートは、恋人以外の女性に貸してはダメなんですよ。マスターが言っていました」

(だからすずかの奴、羨ましそうに見ていたのか)


 ノアの言ったことが図星なのか、すずかは頬を赤らめて視線を泳がせている。それくらいで妬かなくても──そう思いはするものの、もし自分が同じ立場だったら妬いていそうな気がしたので黙っておく。


「さて、そろそろ私は失礼しますね」

「もういいのか?」

「はい。存分に楽しみましたから」

「……すずかをからかうためだけに来たのかよ」

「うーん……まぁ、それだけでもないんですけどね。
 時にヴィレイサーさん、トリックオアトリート♪」

「悪いが、菓子の準備はしていない」


 すずかが頼み込んで、ようやっと仕事を休むことにしたので、休む気がなかった彼はお菓子など準備していなかった。しかしノアはそれを予想していたのか、にんまりと笑ってヴィレイサーに近づく。


「じゃあ、悪戯しちゃいますね?」

「なに、を……?」


 ずいっと近づいたかと思うと、ノアはヴィレイサーの首に手を回して抱き寄せ、頬に口付けをした。当然、それはすずかにもばっちり見られてしまっているわけで───


「ヴィレイサーくん……?」


 ───満面の笑みで怒り出した。


「じゃあ、失礼しま〜す♪」

「お、おい、ノア!」


 この場をかき乱すだけかき乱して、ノアはさっさと退散してしまった。残されたヴィレイサーは、未だにじーっと睨んできているすずかをどうにか宥めることに。


「あー……悪かったよ」

「ヴィレイサーくん、もっと大事にしてくれないと拗ねちゃうよ?」

「今も充分に拗ねているだろうが……」


 つい揚げ足を取ってしまい、すずかはますます剥れてしまった。だが、恥ずかしさを忘れて姿を見せてくれたのはありがたかったりする。とは言え、あまりじっくり見るのも悪いので今度こそすずかにロングコートを抛った。


「ほら、速く着替えろよ」

「あ……い、嫌じゃないなら、このままでもいい?」

「…嫌じゃないって、言うしかないだろ」


 互いに顔を赤くしてしまい、とりあえずソファーに並んで着席することに。


「ど、どうかな、この服?」

「どうって……まぁ、いいんじゃないか」

「むぅ、それだけ?」

「それ以外にどう言えばいいか分からないからな。変に受け止められても困るし」

「そ、そっか。
 そうだ。私からもヴィレイサーくんに……トリックオアトリート♪」

「…お菓子はないが、お前に渡すものならある」

「……へ?」


 予想外だったのか、すずかは魔の抜けた返事しかできなかった。呆然としていると、ヴィレイサーは手近にあった紙袋から小さな小箱を取り出すと、すずかの前でそれを開いた。


「あ……これ、って……」

「前に欲しいって言っていたからな」


 そこに収められているのは、シンプルでありながら精巧な造りをした腕時計だった。今まで使っているものは、別に調子が悪いと言ったこともないのだが、幼い頃からこのメーカーの腕時計がいつか欲しいと思っていたのだ。


「でも、これ物凄く高いよ。いいの?」

「今更返品しろなんて言うなよ。せっかく、お前のために買ったんだから……」


 いつもは素直じゃないこともあり、こういうことをちゃんと言うのはどうにも苦手でそっぽを向いてしまう。それでもすずかは嬉しいのか、笑みを絶やすことはなかった。


「ありがとう、ヴィレイサーくん。ちゃんと身に着けているからね」

「そこまで気をつけなくてもいいんだが……」

「ううん。だって、ヴィレイサーくんが私のために買ってくれたものだから。
 本当は使うのが勿体ないかなぁとも思ったんだけど……」

「まぁ、それなら使ってくれ」

「だよね。
 だ・け・ど……トリックオアトリートなんだから、お菓子をくれなかったヴィレイサーくんには、悪戯しちゃうからね」

「お、おい?」


 強引にヴィレイサーを押し倒し、すずかは嫣然と微笑む。


「妬かせたヴィレイサーくんがいけないんだよ」

「…ったく、甘えん坊だな、お前は」


 それでもすずかを優しく抱き締め。ヴィレイサーは彼女と唇を重ねた。










◆──────────◆

:あとがき
今回はカガヤ先生とのコラボです。

ノアちゃんがヴィレイサーとすずかをからかっていくだけの話に仕上がりそうだったので、慌てて最後をつけたしました(笑)

珍しく素直なヴィレイサーを書いた気がします。
すずかに対しては前のようにもっとツンツンですね。

次はギンガとの小話か、vividを投稿する予定です。

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