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小説
#7





 A.C.196───。

 この年のクリスマスイヴ。人々は震撼した。


《私の名はマリーメイア・クシュリナーダ。世界国家元首、トレーズ・クシュリナーダの娘です》


 突如として現れた件の少女の存在は瞬く間に世界を戦乱の恐怖へと叩き落とした。大統領府を目指す彼女と、彼女に付き従うトレーズの部下。だが、人々がそれだけで恐れるはずもない。もっと恐怖の象徴となるものが、一緒に映し出されたのだ。新型の量産型モビルスーツ、【サーペント】が。


「トレーズ。私はかつて、君に言ったな。君の友達にはなれないと」


 地球に下りて数ヵ月。ゼクスは完成した【トールギスV】に乗り込みながら独り言つ。火消しことプリベンターに強引ながら加えてもらった彼に与えられたコードネーム、【火消しの風】、プリベンターウィンドを思い出し、ふと頬が緩んだ。


「しかし、君の亡霊が彷徨っているならば、私は迷わずその亡霊を討ち果たそう。
 なぜなら私は……君の友達だからな」


 カメラを1度だけ光らせ、【トールギスV】は地上から飛び立った。大型のロケットによって打ちあがっていく自分。


(たった1人の人間を宇宙へ上げるのになんと仰々しいことか)


 到着するのに数分を要するが、ゼクスはもう1人の友に連絡を取ろうとはしなかった。彼ならば絶対に合流する──その確信があったから。


(来い、タウゼント。君とトレーズ、2人で造り上げたガンダムと共に……!)


 いつの間にか宇宙へ上がりきったゼクスは、後ろに広がる地球を一瞥し、次いで漆黒の海に目を移した。【トールギスV】を運んでいたロケットがパージされ、純白の機体がゆっくりとバーニアをふかした。


「さぁ、行こう。…トールギス!」





◆◇◆◇◆





「…マリーメイア、もうこんなになったのか」


 映像に映る、不敵な笑みを浮かべる少女を見て、タウゼントは多少なりとも驚いていた。トレーズに見せてもらった時は、もっと彼女が幼い時だった。随分と大人びたが、裏を返せば子供らしさがなくなってしまった印象だ。


「やれやれ。これは出ざるを得なくなったか」


 ゼクスが【トールギスV】を完成させるために地球へ降りる前、タウゼントは彼と共に【ガンダムアクエリアス】をベースにして、【ガンダムエピオン】の武装や変形機構を取り入れようと改修を行った。

 色はどちらとも違う、トレーズが好いた純白。関節部分は黒いが、それ以外はほとんどが白く彩られ、頭部や腰部に蒼い塗装がわずかにあるぐらいだ。


「サダルメリク……」


 水瓶座の名を冠した【ガンダムアクエリアス】と、次のと言う意味をもつ【ガンダムエピオン】の名を考え、水瓶座の中で2番目の明るさを持つα星──サダルメリク。それが、タウゼントの新しいガンダムの名だった。

 ゼクスから、地球へ降下してくる部隊が根城にしている衛星を発見したとの連絡が入り、すぐさまコックピットに入り込む。少し変わりはしたものの、手になじんだ機体であることに間違いない。


(あれが本当にマリーメイアの意思なのか、それとも……)


 どちらにせよ、今は行くしかあるまい。偽装した小さな衛星から【ガンダムサダルメリク】を発進させる。黒い海に躍り出た白い光芒はすぐさまモビルアーマーの形態へと変形して、ゼクスとの合流を急いだ。

  タウゼントは【ガンダムサダルメリク】を使いこなし、資源衛星に急ぐ。マリーメイアが宣戦布告した映像には彼女しか映っていなかったが、両親のいない彼女を育て、或いはこの状況を画策できる人物にゼクスが心当たりがあると言っていたのだ。【ガンダムヘビーアームズ】の正規のパイロットに“なるはずだった”男、トロワ・バートン。彼の父、デキム・バートンが隠れているのではないかと言うのだ。


(正しく、ピエロだな)


 タウゼントがサーカスで会ったトロワは、正規パイロットがオペレーション・メテオの危険性を恐れた技術者によって殺害された後に彼の名前をもらったとか。


「…あれか」


 やがて見えてきた資源衛星は、地球に近い場所にあった。既に【トールギスV】が、【サーペント】を積んだ艦を叩いている。


《タウゼント、反対側の艦を頼む》

「了解だ。…やれやれ、何で俺の友達はみんな、こうも人使いが荒いんだか」


 一気に加速して、地球へ降下しやすい方とは逆にある出入口から発進する艦を叩く。モビルアーマー形態のまま、【ガンダムエピオン】と同じように後部に配されたヒートロッドを唸らせる。熱を帯びて赤くなったヒートロッドが、【サーペント】を積んでいる場所を的確に引き裂く。だが、ちまちまと1隻ずつ潰すわけにもいかない。2隻目を叩いたのち、【ガンダムサダルメリク】はモビルスーツの姿へと変形した。【ガンダムエピオン】のように背中へ折り畳められた足を伸ばし、獣みたいに前方へ向けられた腕に、すぐさまヒートロッドが握られる。右肩には【トールギス】のようにドーバーガンが備え付けられ、左側の腰部にあるビームソードを構えた。

 かつて【ガンダムエピオン】がそうしたように、ビームソードの刃を調整する。通常のモビルスーツが持つものよりも巨大な緑の刃が、走る光芒に華やかさを加え、戦火を広げようとする火種を積んだ艦を引き裂き、或いは貫いた。


《抵抗は無駄だぞ、デキム!》

《まさか生きていようとは……恐れ入ったよ、ゼクス》


 通信を介して聞こえてきたやり取りに、タウゼントは輸送船が出ないこともあって手を止めて聞き入った。


《死んでいたさ。だが、トレーズの亡霊がさまよっているとなれば、棺桶で眠っているわけにもいかんのでな!》


 【トールギスV】の銃身が変形し、火力の高い形態へと姿を変える。的確な場所を撃ち抜けば、沈むのは確実だろう。だが、中にはまだデキム以外にトレーズの部下がいるはずだ。むやみに撃てるはずもない。


《なるほど。まさかトレーズの亡霊にもう1人引き寄せられるとは思っていなかったが……残念ながら私はここで止めん》

「降伏はしないと?」

《ふんっ、やはりタウゼントか。貴様ら、私のことをカーンズから聞かされていないのか? オペレーション・メテオは、この私が考案したのだぞ》

「何? まさか……!?」

《X-18999……!》


 オペレーション・メテオとは、ただガンダムを降下させると言う意味ではない。それは大量虐殺を危惧した者によって書き換えられた筋書きだ。本来の意味は、コロニーを地球へ落とし、無力化したところをガンダムで制圧していく──と言うもの。しかもそれを、今目の前にいる人物が考えたとなれば───。


《そうだ。我々はいつでもあのコロニーを地球へ落とすことか可能だ》


 今もX-18999には多くの人が幽閉されている。ゼクスとタウゼントは成す術もなく立ち尽くすしかなかった。次々と【サーペント】を積んだ艦が地球へ向けて降下していく様は、最早悪夢としか言えない。

 しかし、しばらくして状況が急変する。


《…こちらウォーター。デュオから連絡があったわ。コロニーの爆破を解除したそうよ》


 X-18999の周辺で待機していたサリィ・ポォからの連絡に、ゼクスはすぐさま頷き返した。


《こちらウィンド。了解した! 目標を破壊する!》


 【トールギスV】のメガキャノンからビームが放たれ、まっすぐに要を撃ち貫く。だが、【サーペント】を積んだ艦は全て地球へ行ってしまった後だっただけに、無念が胸中に渦巻いてばかりだ。


「…俺は1度、X-18999に戻る」

《あぁ。頼んだ》


 【トールギスV】は資源衛星の破片を避けることもせず、静かに宇宙に佇んだ。心配ではあるが、今は“彼女”に任せた方がいいだろう。


(ルクレツィア・ノイン、か)


 ゼクスが最も信頼を寄せる女性で、かつてはOZにて特尉の階級を持っていた彼女もまた、プリベンターの一員であった。ゼクスの帰還を聞いて、必ずや駆けつけるはずだ。この場は2人に任せ、タウゼントはX-18999へ急いだ。





◆◇◆◇◆





 虚空に腕を組んで佇むガンダム──【アルトロンガンダム】の中で、五飛は目を閉じてこの機体に乗った時のことを思い出していた。

 自分がいたコロニーを地球へ落とすと聞かされた時、五飛は老師に向かって叫んだ。倒すべき敵を倒せば、戦争は終わると。

 しかし、今ここにある世界はどうか。確かに敵は倒した。それでも、五飛は戦うことを止められずにいた。何かが違うと、目に見えぬ違和に囁かれている気がしてならないのだ。

 完全平和主義を唱えたリリーナ・ピースクラフト──彼女の言葉に賛同し、世界は平和を維持できているかもしれないが、五飛の考えは違う。兵器を棄て、兵士を封印すれば、それで平和だ等と言う考えは間違っている。だからこそがむしゃらまでに世界と向き合おうとしているのだが、どうにも信じられない。そんな中で邂逅したタウゼントからは、得るものがあった。自分は物事をたった1つの面からしか見ていないことに気づき、そしてマリーメイアの軍に入ることを決めたのだ。

 誰よりも己の正義に準じ、悪を憎んだ彼が、自分に課した悪の所業。自分の描いた正義が本当に正しいかどうか確かめるには、これしかない。


「…来たか」


 警告を知らせるアラートは響いていない。それでも、五飛には“彼”が来たことが分かった。背後から接近する機体──【ウイングガンダムゼロ】に向けて、五飛は吼える。


「貴様を地球へ行かせるわけにはいかん!」





◆◇◆◇◆





「さて、と……そろそろ、カトルが来る頃かな」


 1人で寂しく独房に入れられていたデュオは、施されている手錠を、隠しておいた針金で簡単に解除して手首をさすった。その際、腹に痛みが走ったので怒りが込み上げてくる。


(ったく、少しは手加減しろっての)


 内心で毒づきながら、デュオは頭の中に入っているこのコロニーの地図を思い出す。

 デュオは今、仲間と共にX-18999にいた。途中で敵に寝返った振りをしていたトロワと合流し、ここの爆破を解除したまでは良かったのだが、唯一の出口が塞がれてしまったことに加え、廃棄コロニーに積んだガンダムを取りに行っているカトルからガンダムの回収に成功したことを鑑みて、【ウイングゼロ】のパイロットである“彼”からある頼みをされたのだ。それは、何故か“彼”を殴ると言うもの。そして、日ごろの恨みも込めて全力で殴ったのだが、見事に腹部に反撃をされてしまい、こうして独房に突っ込まれた──と言うことだ。


「おし、行くか」


 ぼんっと小気味よい音が響き、何事かと室内を覗き込もうとした2人の看守が小さな窓に映った瞬間、扉を蹴飛ばして一緒に吹っ飛ばした。


「脱走したぞ!」


 響き渡る警報のけたたましさにも怯まず、一直線に格納庫へ向かう。モビルスーツを奪取するのも考えたが、今はシャトルを使った方が速いだろう。見ると、既に発射準備を完了しているものがあった。


「あらよっと!」


 背後から浴びせられる銃弾に臆することもなく、ひょいと簡単にシャトルの中へ入っていく。そして操舵室を見に行くと、そこにはトロワが静かに待っていた。


「酷いじゃないか。迎えに来てくれても、罰は当たらなかったと思うぜ?」

「俺が待っていたのは、お前じゃない」

「あん?」

「お待たせ」


 訝しんでいると、もう1人合流してきた。振り返ると、プリベンターのサリィ・ポォが。どうやら、このコロニーに残されていた人質を救助していたらしい。


「はいはい、そういうことね」


 落胆するデュオだったが、一々気にしているほどの暇もないので席に着く。しかし、モニターを見てすぐにげんなりとした表情になる。


「おいおい、外でモビルスーツが待っているじゃないか」

「行きもそうだったんだ。帰りもある程度覚悟してしかるべきだ」

「そりゃそうだけどな……お?」

「どうした?」

「いや、こいつは……?」


 慎重にシャトルを進めていくと、こちらに気付くよりも前に先客に気を取られているのが見えた。


「あれは……!」

「間違いない……あいつは、ガンダムだ!」


 ちょうど、モビルアーマーからモビルスーツの形態へと変形するところのようだ。その過程を見ていると、【ガンダムエピオン】を彷彿とさせられる。


「なんなんだ?」

「分からない。が、少なくともこちらに敵対する意思はなさそうだ」


 デュオとトロワの会話に耳を傾けていたサリィも身を乗り出して件のガンダムを目にする。


「あれは……ノインから報告のあった、【ガンダムサダルメリク】だわ」

「サダルメリク……」

「えぇ。パイロットは、ゼクスやトレーズと友人の男と聞いているけれど」

「おい、それってまさか……!」

「…あぁ」


 デュオの方は向かずに、トロワは頷き返した。彼らの予想が間違っていないのは、この数分後に証明されることに。


「こちらトロワだ。ガンダムのパイロット、聞こえているのなら応答を頼む」

《トロワ? こちら、タウゼントだ》

「タウゼントか。ありがたい。すまないがこちらを援護してほしい」

《了解した。これより援護する》


 3人が乗ったシャトルの操縦をデュオが代わってくれたので、トロワは宙域に視線を向ける。漆黒の海原を駆ける、白い光芒。その一筋の光が一瞬だけ動きを止めるたびに、モビルスーツの爆発が微かな彩りを添えた。


「…中々いい腕だな」

「リーオーでの対決でも、よくやってたからな」


 ある程度離れたルートを通りながら、自動操縦を取り入れてからデュオも【ガンダムサダルメリク】の戦闘を横目で見届ける。

 右手にあるドーバーガンが火を噴くたびに、モビルドールの【トーラス】が次々と破壊される。時折、ヒートロッドを唸らせて真っ二つに引き裂いているが、接近戦も遠距離戦もそつなくこなしているところを見ると、相当の腕前であることがうかがえた。


「数が多いわ」

「まぁ、これくらいなんとかしてくれないと、ガンダムのパイロットは務まらないと思うけどな」

「同感だ」


 心配そうにするサリィとは違い、デュオとトロワは辛口だった。2人は余裕でこなせるだろうと思っているようで、さっさと船の進路を、カトルが待つ資源衛星に向かわせ始める。


「…あら?」


 しばらく戦闘を眺めていたサリィの怪訝そうな声に、再び宙域へと目を向けると、ちょうど【ガンダムサダルメリク】の背中に配されている、【ガンダムエピオン】から引き継いだ翼のような部分が前後に開いた。


「あれは……」

「対モビルドール用の、ウィルスのようだな」


 【ガンダムアクエリアス】のことなら、噂で聞いたことがある。急に動きが鈍くなったモビルドール群を見て、すぐに確信した。

 そして3人が見守る中、【ガンダムサダルメリク】のビームソードの出力が最大へと引き上げられる。まるでこの場の総てを切り裂かんとするほどの巨大な緑の刃が、たったの一振りで残った【トーラス】を全滅させた。


「へぇ、やっぱりやるじゃんか」

「…あぁ」


 こちらに合流するべく追走してきた【ガンダムサダルメリク】を見て、デュオとトロワは笑みをこぼした。





◆◇◆◇◆





 真っ黒な空から降り注ぐ白い雪。それらを見上げながら、プリベンター・ウインドことゼクスは溜め息を零す。そろそろ雪が止むとのことで、自身の愛機として再び馳せ参じた【トールギスV】の整備をプリベンターに任せていた。


「…ゼクス」

「ノイン。…その格好と言うことは、お前も出撃するのか」


 パイロットスーツではなかったが、この寒空でありながら防寒具を一切身に着けていないところを見ると間違いないだろう。


「えぇ。貴方だけではどうにも心許ないですから」


 ふっと微笑み、先に純白を基調とした【トーラス】に乗り込む。機体は最早旧式と言えるものだが、彼女の腕前があればマリーメイアの軍が使用するであろう【サーペント】など大したことはないはずだ。

 しかし、それはまともな正攻法で戦えばの話だ。今回は相手を1人も殺してはならない。しかも相手は数が圧倒的に多い。厄介なことこの上ないばかりか、市街地での戦闘になるため、あまり被害を出せないこともある。


「…では、行くか」


 温かかったコーヒーが入ったカップからは、いつの間にか湯気が立たなくなっていた。冷え切ったそれを飲み干し、【トールギスV】のコックピットに乗り込む。

 マリーメイアの軍が占拠したブリュッセル大統領府の周囲には、すでに多くの【サーペント】が、警備のために立ち並んでいた。それらのパイロットを1人も殺めずに、戦闘不能の状態に追い込む必要がある。腕には自信があるが、過信もしなければ慢心もしない。気を引き締め、【トールギスV】を起動させた。


「…早く来るといい」


 その言葉を拾う者は誰一人としていない。それでもゼクスの口元には笑みが浮かんでいた。


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