小説
#4
「すまないな。私の落ち度でこのような結果を招いて」
「別に。これくらいで一々落ち込んでいられないし、それに……これだけでも残っていればいいさ」
謎の部隊の襲撃から2日。タウゼントとゼクスは新たなる場所へと移動していた。小型艇の操縦を行うゼクスの隣で、タウゼントは残ったモビルスーツの設計図を眺める。
「特に、こいつだけは絶対に残しておかないとな」
指で軽く弾いた設計図に書かれた名を横目で確認する。そこに記されている名は、間違いなく【トールギスV】とあった。
◆◇◆◇◆
「あーぁ、こりゃ酷いな」
散乱した様々な道具を見ると溜め息を禁じ得ない。薬莢が無重力の部屋のあちこちに浮いている。ゼクスに怪我はなかったが、彼から聞いた話ではモビルスーツの設計図を1枚盗まれたそうだ。
「この場所を知っているのは、俺とお前、それにトレーズとカトルだけだ」
「ガンダムのパイロットが敵に情報をリークするとは思えないな」
「だな。そうなると、やっぱりトレーズ一派の生き残りか。
けど、トレーズ派にこんな大胆なことをするかね?」
指導者たるトレーズが死してから、彼のもとに就いた兵士たちは静かに過ごしていた。もちろん、誰も彼もがそうだったわけではない。一部の兵は反乱じみたことを起こしたとも聞いている。
「で、盗まれた設計図ってのは?」
「【サーペント】だ」
「あぁ、あの量産機か。【トールギス】じゃないならいいかなぁって思っちまうな」
【トールギス】の設計図を盗まれていたら、きっととんでもないことになっていただろう。だからと言って、今のこの状況を楽観視するわけにもいかない。
「プリベンターに報告は?」
「まだ火種にすらなっていない状況で報告するわけにもいくまい。却って混乱をきたすだけだ」
「確かに、タイミングが難しいな」
タウゼントは肩を竦める。
「一先ず、敵の正体を探るか……と言いたいが、これじゃあなぁ」
情報を収集したいところだが、先程の戦闘から撤退した部隊はカトルがいたコロニーには引き上げていない。あのコロニーにはもう仲間はいないだろう。
「とりあえず、カトルに教えてもらったコロニーに避難しようぜ」
◆◇◆◇◆
そういった経緯があり、タウゼントとゼクスはカトルから勧められたコロニーに向かっていた。
「ゼクス」
「何だ?」
「なんか、悩んでいないか?」
ずっと口をつぐんでいたゼクスの目が、僅かだが驚いた様子を見せる。
「……【トールギス】のことだ」
「また大きな悩みだなぁ」
「私は、【トールギス】にはもう……乗れない」
毅然とした態度で言ったわりには、その表情に苦渋の色が混在していた。
「けど、トレーズはお前を指名しているんだぜ? それを放棄するのか?」
「【サーペント】の設計図が盗まれたからと言って、必ずしも戦争になるわけではない」
「まぁ、そりゃあな。けど、もし戦争が始まった時、お前は後悔しないのか?」
「…するだろうな。間違いなく」
「なら、【トールギス】に乗るしかないだろ。【エピオン】があんな状態なんだし」
ゼクスが【トールギス】に搭乗したくない理由は分かる。
かつてゼクスを“閃光の伯爵”と呼ばせるまでに至った【トールギス】だったが、戦いの最中に更なる高みへと登っていくゼクスに【トールギス】の方がついていけなくなってしまったのだ。最後にはモビルドールシステムを搭載した【トーラス】に追い込まれ、ゼクスの手で爆破された。そんな負い目があるから、【トールギス】には乗れないと言うのだろう。
「【トールギス】に対して罪滅ぼししたいなら、敢えて乗るのも、贖罪になるんじゃないか?」
結局、ゼクスがその言葉に返事をすることはなかった。
2人がカトルに薦められてやってきたのは、L-3コロニーだった。彼の口添えのお蔭で、【ガンダムエピオン】と【ガンダムアクエリアス】の修復、また【トールギスV】の開発を行っても目立たない場所を提供してもらえたので非常にありがたい。
「さて、それじゃあ……とりあえずコロニーに出るか」
「そうだな。まずはここがどんな場所か知るべきだろう」
「一緒に行動するか?」
「…いや。私は私でやりたいことがある」
「そうか。じゃあ、俺はあっちに行くよ」
「あぁ。17時までには戻る」
踵を返したゼクスの背中は、やはりどこか寂しそうだった。だが、それはきっと彼だけでなく自分も同じだろう。親友たるトレーズの死と、彼の部下が起こしたと思われる資料の強奪、それを守りきれなかった責──様々な要因が気落ちさせてくる。
(トレーズが生きていたらきっと、いつものように言うんだろうな)
『もっと気楽にいたまえ。それが、君の長所だ』──と。
「…なんだ、あれは?」
ふと、大きな声が聞こえてきたのでそちらを見やると、大きなドームがあった。看板にはサーカスの文字がある。かなり盛況のようで、何気なく近づいていくとチラシをもらえた。
(せっかくだし、見ていくか)
いつまでも沈んだ気持ちでいると、トレーズに笑われてしまうだろう。途中からとは言え、まだ始まったばかりのようなので、お金を払って適当な場所に座る。今はちょうど、ピエロの出番のようだ。
(凄いな)
半分だけのピエロの仮面をかぶっているのはまだ10代と思われる少年だった。しかし、それでも彼が見せる技は凄まじいものと言えた。空中にかけられた細長い橋を一輪車でなんなく渡ったり、ナイフ投げで標的とされてもまったく表情を変えない。却って寒々しい気もするが、彼の雰囲気がそんな風には見せない。
だが、タウゼントが一番感心したのは彼の鍛え上げられた肉体だった。服に隠れてしまっているが、身体の動きで分かる。きっとただ筋肉をつけているのではなく、無駄のないようにつとめているのだろう。そのことに舌を巻いていると、彼は高く飛び上がり、空中で何度か身体を捻った。
(…あの、動きは……!)
間違いない。今の動きには見覚えがあった。
(あの少年は、まさか……ガンダム03のパイロット?)
トレーズが遺した各ガンダムのデータと映像。その中で1度、見たことがある。タウゼントのその読みは正しかった。ピエロの役を引き受けている少年──トロワ・バートンこそが、【ガンダムヘビーアームズ】のパイロットだった。
(まさかサーカスでガンダム03の搭乗者に会えるとはね)
しかし、せっかくカトルがこの場所を提供してくれたのだ。いざこざは起こすべきではないだろう。とりあえず、サーカスは全部見ていくことにして、時折時間を確認しながら楽しんだ。
◆◇◆◇◆
「さて、これからどこに行くかな」
ゼクスは酒場や生活良品店などを探してくれたようだ。後は機体の作製に必要な道具類が揃う所と、食品売り場を探すべきだろう。タウゼントが担当することにしたこちら側の方が、いい店があるかもしれない。
「…待て」
「ん?」
だが、いざ歩き出そうとした矢先、冷静な声に呼び止められた。振り返ると、先程のピエロ──トロワがそこにいた。
「何の用だ?」
ガンダムのパイロットと思しき相手に変な刺激をしてしまわないよう、ポケットに突っ込んでいた手をゆっくりと出す。
まじまじと見ていた彼は、やがてこう言った。
「お前、トレーズ・クシュリナーダの知り合いだな」
「っ!」
思わず身構えてしまった。だが、トロワはまったく意に介していないようで、深呼吸してすぐに自分を落ち着けた。
「以前、OZに潜入した際に資料で見たことがある」
「その程度のことでよく憶えているなぁ」
「トレーズの付き人だったレディ・アンが褒めていた。あいつがトレーズ以外を褒めるなど、滅多にないからな」
「違いない」
肩を竦め、タウゼントは貰ったチラシを綺麗に畳んで紙飛行機にしてしまう。
「ここに来たのは……まぁ、行くあてがなくてな」
「隠し立てする必要はない。カトルから聞いている」
「……あ、そ」
造った紙飛行機を投げようとした瞬間に言われたせいで、それは変な軌道を描いてトロワの足元に落ちた。
「なら、俺たちがこの後何をするのかも……聞いているんじゃないか?」
「あぁ。だが、俺はお前たちを止めようとは思わない。今はまだ、この世界は不安定だ。
抑止力と言う意味では、モビルスーツは必要不可欠だと言わざるを得ないだろう」
「…そうだな。トレーズが望み、お前たちが築いてくれた平和だ。維持するには、力が必要だな」
「だが……」
「ん?」
「俺たちガンダムのパイロットは、いずれガンダムを破棄しようと思っている」
「破棄?」
「そうだ。世界は今、モビルスーツを必要としなくなっている。それが完了次第、ガンダムも廃棄コロニーと共に捨てるつもりだ」
今度はトロワが紙飛行機を抛る。しっかりと高度を維持し、街道へと飛んで行った。
「それが、さらなる平和を齎すと信じて」
「…立派過ぎて眩しいなぁ」
やはりガンダムのパイロットは凄い。カトルは繊細ながら、研ぎ澄まされた感性は鋭く宇宙全体を感じられるような気がした。そしてトロワもまた、仲間を支え、平和への道のりを着実に歩いている。
「見習わせてもらうよ。えっと……」
「…トロワだ」
「ありがとう。知っていると思うが、改めて。
タウゼントだ。よろしく」
「あぁ。…そうだ。このコロニーに来たのなら死神に気を付けることだ」
「死神?」
「見た目はそうでもないが、長生きしたければそいつを怒らせない方がいい」
微かな笑みを浮かべ、トロワはサーカスの会場へと戻って行った。
「死神って……誰だ?」
タウゼントもそこに長居することはせず、青果店やパン屋などに顔を覗かせて町をぶらつく。
「意外と品揃えがいいんだな」
てっきり地球と違って同じ商品ばかり並ぶものかと思っていたが、食べ物にしても機材にしてもかなり種類が豊富だ。
やがてゼクスと落ち合う時間が近づいているのに気がついて、足早に戻っていく。だが、その途中にある機材店で何やら言い争いが聞こえてきた。
「だから、これ以上は無理だって言っているだろ!」
「そこを頼むよ! 長い付き合いじゃないか」
声の主は店主と思われる男性と、彼に懸命に頭を下げている少年のもののようだ。あまり関わりたくないと言う気持ちもあったので、知らぬふりをして早々に通り過ぎようと店を一瞥した時、女性客が会計を済まさずに商品をポケットに突っ込んだ。
「おい……」
「おい、あんた! 何万引きしてんだよ!」
しかし、気付いていたのはタウゼントだけではなかった。先程まで必死になっていた少年も気付いたようで、逃げようとする女性を素早い動きで捕まえた。その手際の良さは、タウゼントでさえ感心するほどだ。
「鮮やかと言う他にないな」
「それは俺の台詞でもあるよ」
女性を店主へ引き渡した三つ編みの少年は、タウゼントの呟きを聞いて振り返った。
「あんたこそ、よく見ていたじゃないか」
「いや、たまたまだよ」
「ふーん?」
別に嘘は言っていない。最も、たまたまと言うのはここを通りかかったことで、女性の手つきが怪しかったのは確かに気付いていた。少年はそのことも知っているような表情で、適当な相槌を返すにとどまった。
「デュオ〜!」
少年が更に言葉を続けようとした時、快活な少女の声が響いた。
「おう、ヒルデ」
「帰りが遅いから心配したわよ」
「悪い悪い。中々値引きできなくてよ」
「はぁ……デュオにはまだ早いわね。後は私がやっておくわ」
「悪いな、ヒルデ」
「気にしないで。デュオじゃないと無理な所もあるし」
デュオと入れ替わるようにして店主と会話を始めたヒルデ。彼女を横目で見、デュオは苦笑いした。
「ははっ、あいつには頭が上がらないぜ」
「それはどこでも同じかもな。女性ってのは強いもんだ」
「あんたも敷かれている口か?」
「いや、残念ながらそういう相手はいないな。ただ、友達がそうだった」
「へぇ」
「俺、ここに来てばかりなんだが……どこかいいジャンク屋を知らないか?」
「お、それならいい所があるぜ。実はヒルデと俺で、ジャンク屋を営んでいるんだ。
他と比べて少し値段は高いが、純正品を扱っているからよかったら来てくれよ」
「助かる」
デュオから店の住所が書かれたメモを預かり、ゼクスと落ち合うために足早にその場を後にした。
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