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小説
お母さん ☆





「リカ、何をやっているんだ?」


 じっと何かを見上げているリカを見つけ、ヴィレイサーは歩み寄る。


「お兄ちゃん、来週って何があるの?」

「来週?」


 リカが指差したのは、ちょうど1週間後の日にちだった。日付の下に小さく【母の日】と書かれてある。字が小さい上に高い位置にあるので、リカにはなんと書かれてあるのか分からなかったのだ。


「えっと……」


 しかし、ヴィレイサーは口ごもる。


「ここじゃ他の人も通るから、俺の部屋で話そうか」

「うん」


 互いの手を取って、2人は歩きだす。彼女の小さい小さい手を握りながら、ヴィレイサーは内心で溜め息を吐く。母の日に関して説明するか否か、自分だけで判断する訳にもいかないので、メイヤを中途に見つけて一緒に来てもらうことにした。


「お姉ちゃん、あのね……」


 今日の出来事を満面の笑みで話すリカに相槌を打つメイヤも楽しそうに笑っている。


《メイヤ、ちょっと》

《何ですか?》


 リカが話をする対象をメイヤからヴィレイサーに変更したところで、彼は念話でリカが母の日に関して聞いてきた旨を伝える。


《そう……ですか》


 面には出さないが、メイヤの声色は辛そうだった。それもそのはずで、リカは数ヶ月前に起きたとある事件で、両親を失っている。そんな彼女に母の日の概要を話せば、間違いなく泣いてしまうだろう。


《偽るか?》

《…いえ。やがては露呈してしまうでしょうから、或いは今の内に話してしまった方がいいかもしれません》

《分かった》


 リカを保護したのはメイヤで、その時からメイヤはなつかれていた。その事も考慮して、メイヤの意見を優先する。


「リカ、来週には……母の日があるんだ?」

「はは、のひ?」


 【母=お母さん】と結び付かないのだろう。リカは首を傾げる。


「お母さんに、いつもありがとうって、感謝する日なんだよ」

「おかあ……さん?」


 ヴィレイサーの言葉を理解していくにつれて、リカは胸が急速に締め付けられていく。


「あ、うっ……ひっ、く」


 幼いなりに、リカは人の死を知っていた。2度と会えないことだと教えてくれたのは、誰であろう大好きな両親だから。


「リカちゃん」


 凄咽するリカを抱き締め、メイヤは何度も何度も頷く。リカはただただ泣き続けた。涙が枯れるのではないかと思うほど、たくさん泣いた。





◆◇◆◇◆





「珍しいな」


 声がかかり、ヴィレイサーは後ろを振り返る。暗がりに幽かに灯る光に照らされているのはアルクだった。


「たまには飲みたい気分になるさ」


 姿勢を戻し、手元のお酒を喉に通す。もちろん、一気にではなく少量ずつ。


「リカのことか?」

「あぁ」


 あれからリカは、泣き疲れて寝てしまった。メイヤが付きっきりなので心配はいらないだろう。それに、自分には何も出来ない。


「ずっと幸せのままだと……そう、錯覚していたよ」

「遅かれ早かれ、こうなる日は来るさ」


 隣に座って、同じお酒を一口飲んでからアルクは静かに言う。


「それに、錯覚とは言い過ぎだ」

「そうか?」

「あぁ。お前とメイヤなら、幸せにしてやれるさ」

「けどそれは、結局は仮初めだ」

「なら、その仮初めすら見せずにリカを放っておくのか?」

「そんなこと……!」

「出来るはずがない。お前は優しいからな」


 黙するヴィレイサーは、頭を抱える。これから、リカとどう接すればいいか分からない。もしかしたら、今までのような家族染みたことすら無理になるかもしれないのだ。それは、本当に怖い。


「ずっと幸せを噛み締めるなど、土台無理な話だ。それでも、不幸でいるよりはマシだろ?」

「そうかもな」

「例えお前が仮初めの形だと思っても、それを拠にしている奴がいるんだぞ」


 立ち上がり、アルクは言いたいことは全て言い終えたようで、さっさとそこを立ち去った。


「もう少し飲んで行って欲しかったんだが」


 残ったお酒の量は中途半端で、ヴィレイサーは苦笑い混じりに呟いた。





◆◇◆◇◆





「リカ、おはよう」

「おにーちゃん?」


 翌朝。静かに寝ているメイヤを起こさぬようにベッドに寝かせていると、リカが目を覚ました。寝惚け眼のままヴィレイサーをしばし見詰め、まだ眠たいとアピールするように欠伸をする。


「眠いのなら、まだ寝てていいんだぞ」

「ぅん、平気」


 のそのそと起き上がるが、やはりまだ眠たいようで、洗面所に行く足取りも少々ふらついている。


「大丈夫か?」


 抱っこしてやると、リカは「眠い」と小さく呟いた。彼女を再び寝かせると、すぐに傍にあったメイヤの手を取った。


(俺が出来ることなんて、本当に小さなことに過ぎないが、リカに幸せであって欲しい)


 やり過ぎだったり空回りしない程度に、ヴィレイサーはリカを幸せにしたかった。


「お兄ちゃん」

「あぁ、ここに居るよ、リカ」


 寝言で呟かれて驚いたが、ヴィレイサーはリカの手を握り、頭を撫でた。

 それから数日、リカはいつもと変わらぬ様子で接してくれた。拒絶はなく、メイヤもヴィレイサーも、リカの面倒をしっかりと見ていた。


「お兄ちゃん」

「何だ?」

「お話があるの」


 リカに服の袖を引っ張られて、彼女と目線を合わせる。


「何のお話ですか?」


 それを聞いていたメイヤも、ヴィレイサーの後ろから訊ねる。だが───


「お姉ちゃんには内緒」


 ───そう言って、リカはヴィレイサーの手を引いて走り出した。リカに引かれながら後ろを振り返ると、メイヤは呆然としていた。リカに『内緒』と言われたのがショックのようだ。


(後で話しておくか)

「それで、話って言うのは?」

「あのね、お母さんの日にお姉ちゃんにありがとうって言ってもいいの?」


 リカの問いに、ヴィレイサーは驚く。よもや彼女が母の日に関して聞いてくるとは思いもしなかった。


「お姉ちゃん、お母さんみたいだから……」

「本当の母親じゃなくてもいいと思うぞ。リカが感謝をしたいのなら、感謝された人は絶対に、喜んでくれるよ」

「本当?」

「あぁ。俺も手伝うから、一緒に頑張ろう」

「うん♪」


 指切りをして、メイヤに喜んでもらう計画を立てた。





◆◇◆◇◆





「本当に一緒に行かなくていいのか?」

「うん、頑張る」


 不安げに聞くヴィレイサーに、リカは力強く頷く。


「何かあったら、ちゃんと連絡するんだぞ」

「うん」

「知らない人についていかない様にな」

「うん」


 過保護になっていくヴィレイサーに、しかしリカはちゃんと注意を聞いていた。


「行ってきまーす」


 大きく手を振って出掛けていくリカ。彼女を見送って、しかしヴィレイサーはすぐに彼女を追いかけた。


「やっぱり心配だな」


 リカが出掛けたのは、メイヤのために作る料理の材料を買い出しするからだ。重たいものは頼んでいないので、大丈夫なのだろうが、1人で買い物に行かせるのは気が引ける。それでもリカの要望でもあるので、表向きは彼女を1人で行かせ、こっそり様子を窺うことにした。


「リカちゃん、大丈夫でしょうか?」


 ちなみにメイヤもリカが1人で出掛けたと聞いて、慌ててついてきた。互いに別の場所からリカを見守っているので、気付いていないが。



「過保護が過ぎるぞ、ヴィレイサー」

「分かってはいるが、これが初めてだし、致し方ないんだよ」


 注意されるが、リカが1人で買い物に行くのは今日が初めてだ。どうしても見守りたくなってしまう。


「…って、何でアルクが居るんだよ」


 今になって、ようやっと注意してきたのがアルクだと気がついた。


「お前が出過ぎた真似をしないか見張るためだ」

「…そんなことしない」

「目を逸らすな、目を。
 リカが大事なのは分かるが、無茶苦茶なことをして被害を出してくれるなよ?」

「ストッパーのために来たのなら、俺は遠慮なくリカを守るから、その時はよろしく頼む」

「待て」

「冗談に決まっているだろ」

「そうでなくては俺が困る」


 見守るだけに徹するヴィレイサーを信じて、アルクは周囲を見回す。


「まぁ、あまりコソコソしていると俺達も危うい訳だが」

「そうだな。じゃあアルク、後はよろしく」

「断る」


 アルクに任せて背を向けたヴィレイサーを捕まえ、共にリカを尾行していく。


「うーん……どこだろう?」


 一方、ヴィレイサーとメイヤ、そしてアルクに見守られているリカはと言うと、メモに描かれた地図と現在地を照らし合わせる。幸い、人混みの多いところではないので、立ち止まっていても邪魔にはならない。


《お嬢様、まだ道案内はしなくてよろしいのですか?》


 と、その時、リカの首から提げられているエターナルが声をかけてきた。ヴィレイサーが持たせてくれたのだ。


「頑張る」

《承知しました》


 リカの意思を尊重し、エターナルは寡黙になる。やがて目印を見つけて、リカは目的のスーパーまで辿り着いた。


「しまった。もっと子供の目線にある目印を選ぶべきだった」

「流石にそれは気付けないな」


 目印は、子供のリカでは気付きづらい位置にあったので時間がかかったようだ。


「えっと、買うのは……」


 再びメモに視線を落として、リカは店内をぐるぐると歩き回る。そして、またもリカには難しい事態が。


「…届かない」


 そう。商品に手が届かないのだ。こればっかりはエターナルにもどうすることも出来ない。


「あの……」


 近くに店員がいたので事なきを得たが、赤の他人に話しかけるのは、幼い彼女には勇気がいるだろう。


「頑張るなぁ」

「よくテレビで見るのと違って泣かないしな」


 ここまで追いかけるのは些かマズイ気もするが、やはり心配性な2人はついて来てしまった。


「リカちゃん、偉いです」


 もちろんメイヤも。

 お会計を済ませて、リカはまっすぐ帰路に就いた。余計な買い物もない。


「メイヤも帰ったんだ、俺達も戻ろう」

「え、メイヤも居たのか?」

「気付いてなかったのか……」


 どうやらリカを見守ることに集中していたようだ。


(まぁ、それはメイヤも同じなのだろうが……過保護なカップルだな)


 内心で苦笑いして、アルクはもう1度ヴィレイサーを促して共に帰った。


「エターナル、私、きちんとお買い物できた?」

《はい。後は無事に帰宅するだけです》

「あ、あれなぁに?」


 ふとリカの目に看板が映る。


《あれは……》





◆◇◆◇◆





「それじゃあ、早速料理を作ろうか」

「はぁーい♪」


 帰宅したリカと一緒に、メイヤのために夕食を作る。準備が整うまでは、アルク達がなんとか引き止めてくれることになったので、リカにも手伝ってもらう余裕もある。


「リカも野菜切りたい」


 が、好奇心旺盛な彼女は、包丁を使いたいと言い出した。言いくるめるには骨が折れるので、ヴィレイサーは予め野菜に切り込みをいれる。そして、後ろからリカの手を取って切り込みに刃を合わせて切らせた。


「出来た〜♪」

「よく出来ました」


 頭を撫でると、リカは更に喜んでくれた。


「じゃあ次は……」


 リカにも出来そうな場所を考えながら料理を進めていく。彼女は中々要領がよく、手間取ることもあまりなかった。


「はい、完成」

「完成〜♪」


 出来上がった料理は、彩りよく並べられ、とても美味しそうだ。


「それじゃあ、メイヤに来てもらおうか」

「リカが呼びに行く」

「転ばないようにな」


 駆け出した彼女に注意をして、ヴィレイサーは笑む。


「いい子だな」

《えぇ、非常に》


 呟きに答えたエターナルも同意見らしく、どこか嬉々としていた。


「リ、リカちゃん、そんなに引っ張らなくても……」


 リカに引っ張られてきたメイヤだったが、テーブルの上に綺麗に並べられた料理を見て目をみはる。


「お姉ちゃん、いつもありがとう」

「ありがとう、メイヤ」

「え? えっと………」


 話が見えないメイヤに、ヴィレイサーが説明してくれた。リカがメイヤに「ありがとう」と言いたいこと。メイヤのために買い物や料理を頑張ったことを。


「あ……ありがとう、ございます」


 嬉し涙が、頬を伝う。


「はい」

「これは……」


 リカが渡したのは、一輪のカーネーション。鮮やかな深紅の花を咲かせている。


「カーネーションなんて、頼んだ覚えがないんだが……」

《お嬢様がご自分で購入しました》


 訝しむヴィレイサーに、エターナルが教えてくれた。曰く、帰り際に【母の日に贈ろう】と書かれた看板を見つけて、カーネーションを買おうと思い立ったらしい。


『あぅ……』


 しかし、残念ながら自分のお金では買えないと知り、酷く落ち込んだとのこと。ヴィレイサーから渡されたお金を使えば良かったのだが、どうしてもリカ自身のお金で買いたかったのだ。


『泣きそうな顔をしてどうしたのですか?』


 ふとかかった声に振り返ると、1人の女性が優しげな笑みを浮かべていた。


『カーネーション、買えないの』

『お母さんに買いたいのですね』


 女性の問いに、リカは首を傾げた。


『本当は、お姉ちゃんにあげるの』

『あら、正直で偉いですね』


 満面の笑みで、女性はリカの頭を撫でた。女性の笑み、そして雰囲気。なによりその見目はリカがよく知り、姉として慕うメイヤにそっくりだった。


『これをあげましょう』


 胸に抱えていたカーネーションの花束から一輪を抜いて、リカの手に持たせる。


『でも……』

『いい子ですから、プレゼントです』

『…ありがとうございます』


 ちゃんとお礼を言って、リカはそそくさと帰宅した。


《……と言うことがありました》

「誰なんだ、その人?」

《残念ながら》

「まぁ、不審者じゃなさそうだし、一先ずは……リカが作ってくれた料理を食べようか」

「うん!」


 メイヤを席に着かせて、リカは自分が野菜を切ったり、具材をかき混ぜたりしたことを嬉しそうに話していく。


「ありがとう、リカちゃん」


 メイヤが頭を撫でると、リカは彼女に抱きついた。





◆◇◆◇◆





「リカちゃん、本当にいい子ですね」

「メイヤのために一生懸命だったからな」


 夜が更けて、リカはベッドですやすやと眠っている。傍にはメイヤとヴィレイサーがおり、リカを優しく見ていた。


「私は、リカちゃんのお母さんではないのに……」

「だったら、養子にしたらどうだ?」

「えっ!?」


 思わぬ一言に、メイヤはヴィレイサーを見やる。だが彼の目は真剣だった。


「メイヤなら、リカにとっていい母親になれるさ、絶対に。
 まぁ、俺が保証しても無意味だと思うが」

「そんなことはありません」


 空いている片方の手を伸ばし、ヴィレイサーの手を優しく握る。


「ヴィレイサーさんが『出来る』と言ってくれるだけで、私は、本当に出来る気がするんです」

「メイヤ……」

「私、リカちゃんを幸せにしたいです」





◆◇◆◇◆





「お姉ちゃんが、お母さん……?」

「はい」


 翌朝。メイヤの決心は固く、彼女はリカを養子にすることを打ち明けた。もちろんこれは熟考の末の結論で、彼女は自身の両親にも相談した。ちゃんと意見を纏めてくれたので、ヴィレイサーは彼女の意思を尊重する。


「つまり、リカさえ望めば、メイヤがこれからのリカのお母さんになるんだ」

「リカの、お母さん」


 メイヤをじっと見詰め、リカはしばし呆然とする。まだ子供な彼女には早すぎて分からないのかもしれない。だが、次第にリカの瞳が潤んでいく。


「お母さん」

「はい」

「おかあ、さん」

「はい、リカちゃん」


 嗚咽混じりの呼び掛けに、メイヤはしっかりと応える。


「お母さん……おかあさぁん!」


 耐えきれず、リカはメイヤに抱きつく。彼女はリカを優しく抱き締めると、本当の母のように背中を撫でる。

 元より、2人にはそれだけの絆があったが、受け入れてくれたことは何より嬉しいだろう。




















「あら、メイヤったら」


 数日後。ある人物のもとに1枚の写真が送られてくる。それを見ているのは、誰であろうリカにカーネーションをあげたあの女性その人。


「可愛い孫娘で、私も嬉しいわ」


 笑みを浮かべて、彼女は早速夫にこの事を報告しに行った。





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