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それいけ! キャス狐さん
プロローグ

「……あ〜、しくじったかな? こりゃ……」

いつも通りの遅めの起床の後に、そのまま朝食なんだか昼食なんだか解らない食事をこれまたいつもの様に済ませて、また更にいつもの様に夜までバイトに明け暮れて、そしてトドメにまたいつもの様に"本業"に精を出す。
……そんな、本当にいつも通りの、なんの代わり映えの無い日常を過ごしていたのに。

なのに、今日に限ってそうもいかなかったのは一体何故なのだろうか。
起床から食事、食後に身支度を済ませた後の外出、そしていつもの様にカラオケ店でのバイトを済ませた。
……うん、ここまでは普通だ。
誰が見たって普通のハズである。
もう20代前半なのだからいい加減バイトなんかしてないで就職しろよと思われるかもしれないが、まぁそれはおいおい考えていくとして、とにかく俺は普通に過ごしてきたハズなのだ。
少なくとも、その時点までは。

となると、やはり"本業"の方に問題があったのだろうか。
……まぁ、一般的には問題アリアリなのだろう。
趣味と実益を兼ねるどころか殆ど趣味100%な辺りとか、特に。
でも仕方が無いのだ。
一応、"相手"からは金銭を頂いてはいるが、やっぱり趣味でやっていることなのだから、金銭なんてものはついででしかないのである。
だから、まぁあくまで個人の主観でしかないが、そんなに法外な金額を貰った事なんて一度も無い。
だって法外なのは、貰った金額じゃなくて金額の受け取り方の方なのだから。





唐突な話で大変申し訳無いのだが、俺こと藤宮帝は俗に言う殺人鬼というヤツである。
まぁ、これが実益よりも趣味を優先しているという本業の正体なワケだが、取り敢えず一つ言い訳をさせて欲しい。
若い娘が派手な恰好で深夜まで出歩いているのが良くないのだ、と。
だって、誘ってんじゃないかってぐらい際どい恰好で夜道を、しかも一人で歩くとか、もうそれは俺みたいなのに襲ってくれって言ってる様なものじゃないか。
だから俺だって誘いにのってホイホイ後を着けてって、それで路地裏とかに連れ込んで"お楽しみ"に……って、そんな事をやっちゃうのである。
うん、俺は悪く無い。
一般論で言えば俺のやってる事は間違いなく婦女暴行に殺人と、あと麻薬の不正所持と使用だとか、そんな感じで間違いなく犯罪者なのだが、困った事に俺はちっとも悪いことをしたとは思っていなかったりするのだ。
勿論、困っているのは俺では無くその他大勢の一般市民の皆様方の方である。
で、肝心の俺の方はというと、一般論として俺のやっている事が悪い事なのだという事は"知っている"のだが、どうしてもいくらそういう事をやっても罪悪感なんてものが沸いて来なかったのだ。
というか、むしろ愉しくて愉しくて仕方が無いのである。
まぁ、殺人鬼なんていう連中は俺を含めて皆こんなものなのだろう。
頭のネジが何本か緩んでいるのか、そもそも頭の作りが人とは違うのだ。

「居たぞ!」
「チッ……」

やはり、短時間だけ隠れる分には路地裏が一番手っ取り早いが、こうして路地裏に絞って探されるとすぐに見つかってしまう。
まぁ、俺だって何も考えてないワケじゃないので見つかってもまたすぐに隠れてやり過ごす事が出来るのだが、どうもこのしつこさからして警察も犯人が俺……というとこまで調べが着いているのかどうかは解らないが、確実に一連の事件の被害者があのカラオケ店の客で、犯人もそこの店員であるというところまでは解っているみたいだ。

「マズいな……」

となると、どの道あと数日もしない内に殺人事件の犯人として俺の顔と名前がお茶の間に流れる事になるだろう。
まぁ、両親を早くに亡くして天涯孤独の身になっているので悲しんだり失望したりしてくれる様な家族も親戚もいないのでその辺りはどうでも良い。
どうでも良いが……、警察やマスコミの連中が一体俺についてどの程度調べられるのか、どこまで報道するのかには少し興味がある。

一応、俺は日本人だが先祖は中国人らしい。
中国人……といっても、三国志の時代かそれより昔に日本列島に渡って来て居着いたそうなので、俺の身に流れる血は殆ど日本人のものなのだが、やはり最近仲が悪い国の血が流れているとなるとマスコミ連中はあることないことを尤もらしく報道したりするのだろうか。
参った。
ネタがある、という事はそれなりの期間をマスコミ連中が視聴率確保の為に報道を続けるという事になり、そうなるとほとぼりが冷めるまで隠れるのも難しくなる。
正直、俺が何人だからと周りが騒ごうが、それで日本や中国に迷惑が掛かろうが知ったこっちゃないのだが、それで長期間話題にされると潜伏先やら食料やら金銭やらと、そういったものの確保が難しくなるからだ。

「まぁ、悪が栄えた試しは無いって事か……」

確かに、俺がやってきた事は悪なのだろう。
理解は出来ないが、一般論としてそういう事になる事ぐらいは知っている。
古典的だが睡眠薬を仕込んだハンカチで鼻と口とを塞いでかわいい娘を路地裏に連れ込み、更に薬を打っていい具合にハイになった娘を存分に犯して、そして飽きたら殺してそのまま財布を拝借して退散するのだ、どう考えたって俺のやっている事は犯罪である。
……一般論では。
どうも俺には理解出来ないのだが、一般論としてはそういう事になっているらしい。
だって、女を抱きたければナンパしたりなんなりするし、金が欲しけりゃ働いたりなんなりするみたいだが、手段はどうあれ結局それは性欲と金欲を満たしたいが為の行為でしかないのに、その為の手段に善悪なんてものを挟むのがどうしても理解出来ないのだ。
犯されたくないのなら夜道を歩かず人通りの多い道を歩けばいいし、金だってそうしていれば盗られやしないのに、どうして皆やった側が悪いだなんて言うのだろうか。
そういう事をしているのならそうされても仕方が無いと、どうしてそう思えないのだろうか。
全く、棚上げもいいところである。

「居たぞ!」
「こっちだ!」
「くっ……」

……と、まぁそんなこんなでまた見つかってしまったのだが、さてどうしたものか。
また隠れるのは当然の事として、しかしそれも当然の如くまた見つかってしまうだろう。
しかし、時間が時間である。
人ゴミに紛れようにも道路に肝心の人がいないのであれば路地裏を出る意味が無い。
だが、いくらこの町の路地裏の範囲が広く、そして入り組んでいるとはいえ、それでも範囲は限られているのだから、囲まれるのも時間の問題である。
いや、俺が気付いていないだけで、既に囲まれているのかもしれない。

「……まだ、2時か」

朝の通勤通学のラッシュまであと5時間以上、といったところだろうか。

「うわぁ……、逃げ切れんのか? コレ」

どう考えても年貢の納める時なのだが、やはりここは踏み倒してなんぼというところだろう。
しかし、どうも警察の皆様も本腰入れて頑張っていらっしゃるらしく、全然逃げ切れる気がしない。
取り敢えずこの夜さえやり過ごせばまだなんとかなりそうな気はするのだが、それすらも怪しいのだ。


『機は熟した、というところかしら?』


「?」

……今、何か聞こえたか?
警察、の声では無い様な気がする。
警察ならもっとこう、あっちこっち探し回ってご苦労様な、そんな必死さを感じさせる声なのに、さっきの声は全然そんな感じはしなかった。
というか、この状況に不釣り合いな程に優雅な、女の声だった。


『助けが必要の様ね。その様子だと』



おかしい。
さっきよりはっきりと幻聴が聞こえる。
そりゃあ確かに薬は持ってるけども、自分に使った覚えなんて無い。


『安心なさい。幻聴じゃないから』



「うわ〜い、モノローグにまで返事がきよった」

おかしい、なんてもんじゃない。
もし、これがこの声の主の言う様に幻聴では無いのだとしたら、一体なんだというのだろうか。


『説明するのはいいけど、まずは貴方が助かる方が先ではなくて?』



「そりゃそうだけども……」

確かに、声の主の言う通り、まずはこの状況を打破しない事には始まらない。
だけど、姿の見えないこの女は、一体どうやって俺を助けてくれるというのだろうか。


『名前を呼んで』



「……名前?」


『色々と面倒な"手続き"は私の方で済ませたけど、コレだけは私だけじゃどうにもならないから』



「いや、名前って言われても……」

初対面……どころか、対面すらしていない相手の名前なんて知っているハズが無いではないか。

「居たぞ!」
「逃がすな! 囲め!」
「なっ……!?」

マズい、囲まれた!?


『さぁ、早く! 私の名前を!』



「あぁもう! 来い! 妲己!!!」

何故だろう、その名を頭に思い浮かべる事が出来たのは。
何故だろう、その名を気付けば叫んでいたのは。

『"はじめまして"、我が王よ』
「………」

何なのだろうか、この美女は。

幻覚を疑った。
だってそうだ、いきなり幻聴が聞こえて、そして光と共に幻聴の主が現れたのだから。
幻覚を疑ったのは警察の連中だって同じだ。
だってせっかく犯人を捕まえるところだったのに光と共に俺が消えたのだから。

ふと気付けば、俺はその女と共に空を舞っていた。
女は、俺に向かって微笑んでいる。
何がどうなっているのか、全く解らない。
解らない事だらけだ。
だけど、それでも、一つだけすぐに解った事がある。

それは、この女が美しいという事だ。









■後書き

玉藻ちゃんだと思った?
残念! 妲己ちゃんでした!




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