落つる花びらに口付けを・6
扉を開けてまず目に入ったのは、毛布を丸めたような何か(何だこれ?)とベルフェゴールから聞いていたルッスーリアだった。
「…何があったんだぁ?」
「あら、お帰りスクちゃん」
後ろ手に扉を閉め尋ねればルッスーリアは困ったような表情で振り返り、それがね、と顎に人差し指を当てて再びベッドの方を見遣った。
「たぶんあれね、女の子の日」
「…は?」
ぽつりと呟いたルッスーリアに続いて視線をベッドの方へ。するともぞもぞと動いた毛布の中からひょっこりと見慣れた深緑(の頭だけ)が現れた。
「お帰りなさーい…」
「…おう」
言うなり再び毛布の中へ潜り込み姿が見えなくなる。もしやずっとこの状態なのだろうか。ちらっとルッスーリアへ視線を戻すと、苦笑混じりのため息で答えてくれた。
「こいつの任務はどうなってる」
「今日は無いけど明日入ってるみたいよ。でもこの様子だとたぶん無理ね、これからボスに伝えてくるわ」
という訳で後はよろしくね、とウィンクを残し、ルッスーリアはさっさと部屋を出ていってしまった。再びベッドへと目を向ければ、もぞもぞと動く毛布の塊。
…さて、どうするべきか。
「…フラン」
とりあえずベッド脇まで近付いて呼びかけてみる。返事が無いのでしばらく様子を見ていると、やがて毛布をしっかりと体に巻き付けたままのろのろと中から顔を覗かせた。
よくよく見れば元々いいとは言えない顔色が普段より更に悪い。触れた頬は汗のせいか酷く冷たく、まるで氷河の下を流れる海水のようだ。深緑の瞳にはうっすらと涙が滲んでいて、一体どれだけつらいのか。
大丈夫かと声をかけようとして大丈夫な訳がないと思い直し、ベッドに腰を下ろして毛布にくるまった小柄な体を抱き寄せた。
「…死にたい」
「う゛お゛ぉい、簡単に言うなぁ…」
「……だって痛いんですよー」
死んだ方がマシです、という台詞の後にぐす、と鼻を啜る音が聞こえた。そういえば前に付き合っていた女が「男が体験したら発狂するらしい」とか何とか言っていたような。だとしたら文句を言いつつも耐えているのは大したことだ。
「薬は?」
「…さっき」
「なんでんな薄着なんだ、もっと暖かい格好しとけよ」
「毛布から出られないんですー…」
瞳にも声にも涙を滲ませて拗ねたような顔で答えるフラン。仕方なく抱え直して血の通っている方の手で下腹部をしばらく撫でてやると、痛みが和らいだのか強張っていた体が少しだけ弛緩した。
「…あ、少し楽になりましたー」
「そうかぁ」
「隊長詳しいですねー」
やらされたことがあるからな、なんて言おうものなら機嫌を損ねること山の如しなので適当な返事で返す。
普段は素直で聞き分けがいいが、一度本気で機嫌を悪くすると酷く頑固で元通りの機嫌に戻すまでが非常に大変なのだ(たまにザンザス以上に手強い相手となる)。大人しく腕の中に収まっているものをわざわざ刺激することもないだろう。
少しずつ口数が増えてきたのを見ると、話せるくらいには回復したらしい。漸く薬が効いてきたようだ。
「もう大丈夫だろぉ、オレは報告書出し…」
「だめでーす」
「後でまた来てやるから」
「いやでーす」
「お前な、」
「……具合悪い時くらいいてくれたっていいじゃないですか」
そっぽを向きながらも服をしっかりと掴んでいる細い腕。
開き直ってからというもの以前よりも我が儘が増えたような気がする。だが今までずっと我慢していたのだろう、あまり構ってやれなかった自分にも非があると言われてしまえば否定はできない。
「…仕方ねぇなぁ」
苦笑混じりにそう言えば甘えるように擦り寄ってくる。こういう仕草も最近増えたもので、以前なら微妙な距離を保ちながらそわそわとこちらを見ているだけだったろう。
見えてきた幾つかの反省点を思い返しながら、少し伸びたような気がする髪をくしゃっと撫でてやった。
報告書の件でザンザスからグラス(もしくはそれ以上の物)が飛んでくることについては、もう諦めている。
「明日もいてくれますよねー?」
「…何もなかったらなぁ」
「へ?」
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