落つる花びらに口付けを・1
スクアーロから任務の報告を受けたザンザスは、しばらく黙り込んだ後そうか、とだけ呟いた。
「それだけかぁ?」
「他にどう反応しろってんだ」
「……確かにな」
ザンザスの視線を辿ってちらりと横を見ると、心無しか普段より少し低い位置に見える深緑。その顔はここに来るまでも部屋に入ってからもずっと俯けられたままで、細く頼りない腕はずっとスクアーロの隊服の裾を握り締めたままだ。
スクアーロ、フラン、ルッスーリア、レヴィの幹部四人が投じられた今回の任務、その内容はとある研究機関を潰し、跡形も無く消してくるというもの。フランの幻術を利用し易々と施設に侵入、目撃者を全て消し爆薬を仕掛けたまではいいものの、施設を出る途中の些細なミスで誤爆。脱出の途中で高い棚の上にあった液体をフランが頭から被ってしまったのだ。
脱出した直後は変わった様子はなかったのでそのまま屋敷に帰還し精密な検査を受けるつもりだったのだが、時既に遅しとはこのことだ。
「でも、まさか女の子になっちゃう薬なんて存在するとは思わないものねぇ…」
ただでさえ小柄な上に更に身長まで縮んでしまい、なんとも頼りなく見えるフランを眺めながらルッスーリアが戸惑いがちなため息をつく。その小さな動きにもびくっと体を震わせ、強く裾を握ってくる様子にスクアーロも僅かだが困惑してしまった。
「にしてもホンットドジだなーカエル、王子ならんなミスしねーのに」
ルッスーリアの隣でにやにやと笑みを浮かべフランを眺めるベルフェゴールは、いつも通りの様子を装っているが内心腹を抱えて大笑いしたいに違いない。証拠ににんまりと弧を描く口許が僅かに引き吊っている。
ベルフェゴールの挑発に乗る元気も無い程ショックを受けているらしい、スクアーロの裾は握ったまま更に顔を俯けただけだった。そんなフランの反応に肩透かしを食らったのか、ベルフェゴールは弧を描いていた唇をへの字に曲げた。もしかしたら、ベルフェゴールはベルフェゴールでなんとか慰めようとしたのかもしれない。
「兎にも角にも、とりあえずは服を買いに行かなくちゃね。そのままの格好ではいられないもの。ボス、私はフランちゃんをつれて街へ出てくるわ」
「…勝手にしろ」
一言そう言っただけでザンザスは奥の寝室へと歩いて行ってしまった。もしかすると、この状況に一番ついていけていないのはザンザスなのかもしれない。
ルッスーリアは既に気持ちを切り替えたようだし、ベルフェゴールは最初から然程ショックは受けていないようだ。スクアーロ自身も不思議と頭は冷静で落ち着いている。後は本人だけなのだが、これはそう簡単に割り切れる問題でもないだろう。
「オレは報告書を書いてくる、フランは任せたぜぇ」
「はぁい、任されたわ。さ、行きましょフランちゃん」
ルッスーリアに片手を取られそう促されるも、未だにショックが抜け切らないのか微動だにしない。まあルッスーリアならどうにかしてつれていってくれるだろう、そう思い踵を返そうとしたら背後に軽い重みを感じて足を止めた。振り返って視線を下に向けると、裾を掴んだままの小さな手。まだ離していなかったのか。
「聞き分けろぉ、早くルッスーリアと行ってこい」
「…隊長が」
「あぁ?」
「隊長がついてきてくれないなら行きませんー」
あらまぁ、と口許に手を当てたルッスーリアの声。微笑ましげに見られているのは恐らく気のせいではない。
スクアーロとしても、俯いたまま裾をぎゅっと握って消え入るような声で言われてしまえばノーと言えるはずがなかった。
「…報告書はオレがボスに提出しておこう」
「…すまねぇ」
黙り込んでしまったスクアーロが何を躊躇っているのか察したのだろう、ずっと口を開かなかったレヴィからの提案。頭は固いが根は悪い奴ではないのだ。
滅多にない厚意を有り難く受け取っておくことにして、僅かに顔を上げて様子を伺ってくるフランの頭をぽんと撫でた。
「…んじゃ、行くか」
「あ、王子もついてく!面白そうだしさー」
ああ、問題児がいたのを忘れていた。
楽しげに笑みを刻みじろじろとこちらを眺めるベルフェゴール、断ったところで勝手についてくるのは目に見えている。
「…ついてくるだけだぞぉ」
「うしし、わかってるって」
本当にわかっているのだろうか、今まで外していたカエルの被り物を嫌がるフランに被せようとしている。だが普段と変わらぬ行動と言動がベルフェゴールからの一番の気遣いなのだろう、ずっと固い表情だったフランの顔が僅かに緩んでいた。
「いつまでじゃれてんだぁ、さっさと行くぞ」
「はーい」
「ミーはじゃれてませんー被害者ですー」
「うっせカエル」
「あんたが被せたんでしょー」
「はいはい、あなた達ケンカしないの!」
街まで行くだけならそう距離は無い、車のキーを取り出して急かすといつもと変わらぬやり取りをしながらエントランスへと歩いていく二人とそれを諌めながらついていくルッスーリア。
一先ず幹部達の対応は普段と変わらない、これならば余計な不安を煽ることもないだろう。少し離れた場所から聞こえてくる軽口に小さく苦笑して、スクアーロは執務室を後にした。
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