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落つる花びらに口付けを・13
独特の気持ち悪さや苛立ちから解放されて約一ヶ月。
その日の朝は内側から軽く腹部を蹴られた振動で目を覚ました。ベッドの上に身を起こして少し膨らんだ腹を撫でてみれば、また小さな衝撃。
まだ小さな体なのに随分やんちゃだ、自分よりあの人に似たのかもしれない。
その本人は数日前から任務に出ていて隣には誰もいない。最初の方は不安で仕方がなくてずっと一緒だったけれど、精神的に少し安定してきたのか最近は一人でも割合平気になっていた。
慣れもあるけれど、それよりも腹を決めた、という方が大きいかもしれない。
わかっていたつもりでも、現実は想像を遥かに裏切る。

「よいしょ、…と」

ベッドから降りて軽くシーツを整え、朝食の時間は既に過ぎてしまっていたけれど軽い食事を摂って、隊服のコートを着込んで部屋を出た。外に出る任務ばかりではなく、書類や話し合いも仕事の内だ。
今日はあの人が帰って来る予定の日だから、出来るだけ仕事を片付けて負担を減らしておきたい。
あの人の私室へ向かう途中、通り過ぎた会議室からやけに騒がしい声が聞こえた。それぞれテノールとバスが二つずつ、他の幹部の声だ。
会議室の扉を僅かばかり開けて中の様子をこっそりと覗くと、まず最初に表情を固くした先輩が目に入った。次いで不安を僅かに顔に出したルッスーリア、ごつい顔にやけに真剣な表情を貼り付けた雷親父、そして相変わらず何を考えているかわからない表情のボス。

「こんなこと、今のフランちゃんには言えないわ…」

「でもいずれわかることじゃん…どうすんの」

「だが今の状態を考えれば」

「そうは言ってもさ」

「なんて伝えたらいいのかしら…」

どうやら自分抜きで何かの話し合いようだ。自分にサプライズでも仕掛けるつもりなんだろうか、でもそれにしては表情が険しい。
ただなんとなく覗いただけだったけど、自分抜きでの話し合いとわかるとつい聞き耳を立てていた。
そして最後に、衝撃。

「スクアーロが行方不明だなんて」

思わず扉を叩き開けた。
幹部達の驚いた顔なんて目に入らない。
ただ一人顔色一つ変えずにフランを見据えるザンザスに目を逸らさず詰め寄った。

「どういうことですか」

ザンザスは何も言わない。

「隊長が行方不明って、どういうことですか」

じっと睨むようにザンザスを見つめ続ける。
数十秒の睨み合い。

「教えてください」

それに折れた訳ではないのだろう、ザンザスはウィスキーのグラスを一気に煽ると空になったグラスを思い切り握り締めた。
粉々に砕けたガラスが床に飛び散り歪んだ鏡をいくつも造り上げる。

「…先日、スクアーロからの連絡が途絶えた」

一言だけ告げ、ザンザスはルッスーリアへと視線を突き刺す。
説明してやれという指示だろう。それを受けたルッスーリアは僅かに肩を竦め、言いにくそうにしつつ口を開いた。

「スクアーロが今日帰還予定だったのは知ってるわよね?」

「はい」

「昨日、スクアーロの無線が繋がらなくなったの。それだけなら驚いたりしないわ、激しい戦闘で無線が壊れたりするのはよくあることだから」

「…はい」

「でも…ね。丸一日経ってもスクアーロからの連絡が来ないのよ。無線が壊れても携帯があるし、携帯が使えなくても街に戻ればいくらでも連絡手段はあるわ。だけど……」

そこでルッスーリアは口をつぐんだ。
それがどういうことかわからない程、もう新米でも子供でもない。
けれど体はそれを裏切って、反射的に扉を開け放ち部屋を飛び出ていた。
静止の声が聞こえたけれど足は止まらない。走って走って、自室へと飛び込んで扉に内側から鍵を掛けた。
扉に凭れ座り込んで、小さく鼻を啜った。こういう時に傍にいてくれたのはいつもあの人で、でもあの人が当人で、今はたった一人。
どうにかしなければ、そうは思ってもどうすればいいのかなんて思い付かなくて滲んだ涙を乱暴に拭う。
じわりと再び滲む視界に手を上げたその時、シンプルなコールが部屋に響き渡った。
もしかして、という期待とまさか、という不安に心臓が跳ね上がる。
ベッドの上に放ってあった携帯電話、仕事柄非通知設定の電話も多い。震える手を伸ばして掴んだ携帯を開き、通話ボタンを押して耳に押し当てると、聞こえてきたのはとても懐かしい声だった。

『フラン?ああよかった、いないのかと思いましたよ』

「し…しょう?」

『久しぶりですね、最近なかなか連絡を取る機会が無くて…元気にしていましたか?』

電話越しで少し変えられた、柔らかく優しげな声色の低音。しばらく聞いていなかった、けれど聞き間違えるはずのない懐かしい声。
誰も傍にいないことで増幅していた不安が塗り潰されていく。
堰を切ったように溢れた涙を拭きながら、何度も何度も呼びかけた。

「師匠…師匠、」

『……何故、泣いているのです?話してみなさい』

電話口から聞こえる声が優しいながらも真剣見を帯びて、本気で案じてくれているのが伝わってくる。
再び滲み出した涙を拭いながら、最初から最後まで全てを話した。自分の身に起こったことから周りのこと、そして自分の気持ちまで、全て。



『…話はわかりました、』

とても長い話になってしまったけれど、全てを吐き出したことで少し気は落ち着いていた。
息を整え気を宥めている自分とは裏腹に、師匠はあれだけの話を聞いて尚落ち着いていた。いつでも冷静でいることができるその精神が、自分と師匠との術士としての力の差だ。思案げな沈黙、小さく息をつく音が聞こえる。
携帯を耳に押し付けたまま、じっと師匠の答えを待った。

『…お前は、どうしたいのですか?』

「え?」

『人間は理屈や理論で物事を固めようとする生き物です。しかしながら、物事を決定するのは実は理屈でも理論でもない。では、その理屈に勝るものが何かわかりますか?』

そこまで言うと師匠は受話器を持ち直して、ふっと柔らかに笑みを浮かべてみせた(、と思う)。

『感情ですよ。物事を決めるのは人の心そのものです。理屈や理論なんてものは、事実心を決める為の道具でしかない。それが僕からお前に贈る答えです』

「…じゃあ、師匠も結構感情で動いてるってことですかー?」

『ええ、』

お前はどうしたいのですか。
楽しそうな笑みを讃えた後、促すように再び同じ問いをかけてきた。
自然と答えは浮かんできた。涙ももう渇いている。

「…ミーは、」

とても小さな声だったけれど、師匠はそれを聞いて微笑んでくれた。

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