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落つる花びらに口付けを・12
女医から告げられた衝撃の事実が他の幹部達に伝わる速度は、獲物を狩る地上最速のチーターよりも速かった。

「男か、女か」

「いや、まだわからねぇよ」

「女にしろ」

「無茶言うんじゃねぇ」

大量のベビーグッズが丁寧に包装されてテーブルに広がるその先、向かい側に座ったザンザスが瞳に本気の炎を宿して言う。
子供が出来たと知ってからのこの男の行動は実に素早かった。
妊娠が発覚したのは昨日だ、まだ本人だって整理が付いていないだろうに、もう少し空気を読むことを求めても誰も咎めないのではないだろうか。
ルッスーリアはルッスーリアでその話を聞くと、色とりどりの布を買い込んで部屋に籠ってしまった。偵察に向かわせたレヴィによるとどうやら子供用の服を今から作っているらしい、気が早いことこの上無い。
膝の上に座り未だ具合悪そうに自分に体を預けているフランの背中を撫でやりながら、もう一人残った問題児の嬉々とした質問にどう対処しようかとスクアーロは頭を回転させていた。

「なあなあ、いつ生まれんの?」

「ずっと先だぁ」

「ずっとってどんくらい?」

「まだ八ヶ月ぐらいあるなぁ」

「ずっと先じゃん!王子つまんね」

「さっきそう言っただろうが」

「どっちに似るんだろ?」

「さぁな、生まれてみねぇとわからねぇだろ」

「スクアーロに似たら絶対ボスについて回るぜ」

「う゛お゛ぉい…」

「カエルの子供はオタマジャクシ?」

「…黙れ堕王子」

「うっせ、堕ちてねーし!」

やれやれまた始まった、ベルフェゴールも大人げがない。
ベルフェゴールを一睨みして再び頭を凭れさせたフランを抱え直すと、小さく唸って泣きそうな顔をしながら見上げてきた。

「隊長ー…気持ち悪いですー…」

「もうしばらく堪えれば楽になるから辛抱してくれぇ」

「もうしばらくってどのくらいですかぁー…」

ぐす、と僅かに嗚咽を漏らして胸元に顔を押し付けてきた。普段なら見せないような一面に流石のベルフェゴールも閉口して、そわそわと居心地が悪そうにソファーの上で胡座をかきながらフランを眺めている。

「部屋、戻るかぁ?」

問えばきゅっと服を掴んだままほんの少し頷いたので相変わらず細い体に腕を回して抱き上げると、じっと黙っていたベルフェゴールがお大事に、と聞こえるか聞こえないかの音量で呟いた。
それはフランにも聞こえたようで、しばし物珍しげにベルフェゴールを眺めると珍しく素直に頷きを返した。

「おい、カス」

「あぁ?」

「女だからな」

「しつけぇぞぉ」

部屋を出ようとすると一瞬で背後に立ったザンザスが先程と同じく本気と書いてマジな視線をこちらに突き刺してきた。
これ以上付き合ってられるか、絶対だぞとしつこく念を押すザンザスを適当に流してばたんと音を立てて扉を閉めてやった。



「……隊長」

「ん?」

フランの自室のベッドに下ろしてシーツを引っ張ろうとすると、不意に伸ばされた腕が服の袖を掴んだ。

「どうしたぁ?」

掴まれた腕をそのまま髪へと伸ばして指を絡めると、予想外に真剣な、だが不安が見え隠れする表情が映る。
頬を撫でてもう一度促してやると、僅かに瞳を揺らして小さいながらも漸く口を開いた。

「隊長は…嬉しいですかー?」

「あ?」

「だから…子供…」

そこまで言ってまた波がやってきたのか、口許に手をやってじわりと瞳を潤ませた。
いきなり何を聞くのだろうと思えば、それは火を見るよりも明らかなこと。
背中に手をやり優しく擦ってやると少し楽になったようで、再び顔を上げたその時に額にキスを落としてやった。

「聞くまでもねぇだろぉ」

「…そ、ですよね…」

何故そんなに不安そうな顔をするのかわからないが、その答えに嬉しそうに微笑んだ様子を見ていると僅かばかり安心させられた。支えてやる立場が情けない、自分を叩き直す必要がありそうだ。
内心で一人反省会を始めそうな自分に不意に手が伸ばされる。求められるままに手を握ってやると安心したように目を閉じて、しばらくそうしているとやがて規則的な寝息が聞こえてきた。
起こさないよう気を付けながら耳許に唇を寄せて、普段言えない言葉をそっと囁く。
穏やかに眠るその横顔が、僅かに微笑んで見えた。

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