落つる花びらに口付けを・11
今週は珍しく任務が少なく、今朝の起床時刻は午前九時。久々に深く長く眠れた朝は寝起きがすっきりしていて、隣に眠るフランを起こさないように静かにベッドを抜け出すと身支度を始めた。
今日は十二時頃に沢田綱吉とその右腕の獄寺隼人、そして山本武以下三名が同盟ファミリーのことについて会談に来る手筈になっていて、ザンザスの命令でスクアーロも半ば強制的に出席することになっているのだ。
簡単に食事を済ませ時間まで適当に暇を潰していたのだが、十時、十一時を過ぎてもフランが起き出してこない。
流石に心配になって深緑の髪に手を伸ばすと、僅かに身動ぎしてのろのろとシーツの合間から顔を覗かせた。
「いつまで寝てんだぁ」
「…たいちょ…」
「おぉ」
「なんか…調子悪い…」
「何?風邪でも引いたか?」
前髪を払い除けぴたりと額に手を添えると、普段より少し熱い。元々体温はやや高めらしいがやはり風邪だろうか、顔色が少し悪く全体的にだるそうだ。
「起きられるか?」
「起きたく…ないかも…ですねー」
「ならもう少し寝てろぉ、飯も用意してあるから起きられる時は起きて食えよ」
「隊長は…?」
「これから会談だ」
手を伸ばして袖を掴んできたフランの髪をさらりと撫で梳いて、立ち上がり隊服のコートを手にすれば行かないで、と言わんばかりの寂しげな表情。すぐ終わると言葉を足すとそれは少し和らいで、行ってらっしゃい、と小さな声が聞こえた。
少し後ろ髪を引かれる気がしたが、無駄を省いてさっさと話を終わらせればいいかとコートを着込みフランの待つ自室を出た。
「…それで、そのファミリーと敵対してた例のマフィアについてなんだけど」
「かっ消せ」
「いや、それが出来ればいいんだけどちょっとした問題が…」
会談といっても実際はほとんどボス同士の話で、時折意見を求められ発言する以外は特に話すことも無く黙って内容を聞いていた途中だった。
話し声のみが響く室内に不意にキィと木材が軋む音が混ざり、部屋にいた全員が扉へと視線を移す。見張りは何をしているんだと舌打ちしかけた瞬間、半開きの扉から顔を覗かせたそいつに思わず目を見開いた。
「なんだ?あの緑の髪のガキは」
「見ない顔だけど…」
首を傾げる沢田綱吉と警戒心を露にする獄寺隼人、山本武はというとうーんと首を捻り考えるような仕草をしてスクアーロの方を振り返った。
「もしかしてスクアーロが言ってた新人か?」
「…あぁ、正しくは新人幹部だ」
何やってんだカス、というザンザスの不機嫌そうな視線が後頭部に突き刺さる。そう睨まれてもオレのせいじゃねぇ、こんなこと予測なんざしてねぇしよ。
内心で反論していると扉にしがみついていたフランがそのままずるずるとへたり込み、はっとしてフランの傍へと駆け寄った。
「たい、ちょ……」
「どうした、何かあったか」
倒れないように背中に腕を回して支え顔を覗き込むと、先程よりも少し顔色が悪くなっているような気がした。深緑の瞳を潤ませてきゅっと服を掴んでくる。
「気持ち…悪く、て…調子……つらくて、ルッスせんぱ、い、いないから、それで」
「わかった、喋んな」
「どうしたの?具合悪そうだけど大丈夫?」
心配そうな顔で近寄ってきた沢田綱吉への返答もそこそこに、細い体に腕を回して抱き上げる。この様子だとあまり楽観的に見ることは出来ない。
「う゛お゛ぉい、元々お前一人の予定だったんだからオレは抜けても構わねぇよなぁ?」
「…勝手にしろ」
一応振り返って確認を取ると、ザンザスはソファーにどかっと座り机に足を掛けたまま緋色の眼差しをこちらに向けた。
これで恐らく後で殴られるもしくは物を投げられることは無いだろう(飽くまで恐らく、だが)。フランの方に視線を向けお大事に、と声をかける彼等の横を通り過ぎ急いで自室に向かった。
一先ずフランをベッドに寝かせ、体温計を取り出して計らせると三十七度六分。元々あまり丈夫とは言えず術士というのもあって体力も他の幹部程ではない。屡々体調を崩すのは今に始まったことではないから慣れている。
医師に診せに行くぞと手を伸ばすと逆に服を掴まれた。
「たいちょー…」
「なんだぁ、さっさと診察受けに…」
「……ぅ、ふぇ」
小さな嗚咽が聞こえてぎくりとした。待て待て泣くなよ、どうしたってんだ。女子供に泣かれるのは苦手だ、それが惚れた相手なら尚更というもの。
とにかく落ち着かせようと背中を撫でるとぎゅっと服を握り締めて抱き付いてきた。
「ぅ…っく、ふぇ、ぇ」
「…なんだ、どうした」
「う、ぅ…っ、ひっ、く」
訳を聞こうにもぽろぽろと涙を溢すばかりで何も言わない、どうしようもないので仕方なく抱き寄せてあやすように背中を撫で続けた。
しばらくすると落ち着いたのか漸く泣き止んだので顔を覗き込むと、喉をひくつかせながら涙でいっぱいの瞳を擦った。
「なんでいきなり泣くんだぁ?」
そう問いかけてみても未だ少し涙の残る瞳を揺らして首を傾げるだけで、つまりはよくわからないらしい。何はともあれ落ち着いたのならとぐずるフランをヴァリアー専属の医師のところへと引き摺っていった。
「いつまで待たせんだぁ…」
ただの風邪だろうと思い普段世話になっている医師に診せると、首を捻りながらカルテとにらめっこ。それから別の医師へと回され、更に回された医師が目の前の部屋の中にいる。詳しくは知らないが何かの検査の結果待ち、ということでスクアーロは部屋の外で待たされていた。
ぶつぶつと文句を言いながらしばらくの間部屋の前に立っていると中から出てきた看護師に招かれ、漸く部屋へと入る。
「診察結果ですが…」
入ったか入らないかの中間で眼鏡を押し上げながら口を開いた年若い女医(入るまで待つくらいしろよ)。いくらなんでも遅いだろうと文句を言おうとしたら次の言葉に声などどこかへ行ってしまった。
「おめでたですね」
一瞬目の前の世界が停止した。
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