落つる花びらに口付けを・10
ふと目が覚めて薄暗い中時計へと目を移すと、午前4時を回ったところだった。
腕の中に視線を戻せばまだ少し幼さの残るあどけない寝顔、細く艶のある深緑の髪がベッドの上に散らばっている。呼吸する度に小さく動く細い肩に腕を回し抱き寄せると、腕の中で小柄な体が僅かに身動ぎした。
しばらく寝心地のいい場所を求めてもぞもぞと動いていたがなかなか見つからないらしい、そのうち動きを止めてゆっくりと瞼を持ち上げた。
しばらくじっとこちらを見つめていた瞳がぼんやりとスクアーロを映している。寝惚けているのだろう。長い長い沈黙を溜めて、漸く少し目が覚めたのか寝惚け眼をゆっくりと瞬きさせた。
「……たい、ちょ…」
「ん?」
「………まめだいふく…」
「…は?」
豆大福?
「……れ…たいちょ…」
スクアーロが首を捻ると、もう一度瞬きをして眠そうな顔をしながら手を伸ばしてきた。これはきっとあれだ、朝起きた時には何も覚えていないだろう。
しばらくふらふらと手を彷徨わせると、フランはきゅっとスクアーロの服を掴んできた。そのまま擦り寄ってきたので背中に腕を回して抱き締めると、満足したように少し身動ぎをしてすっぽりと腕の中に収まる。
そうして温もりを腕に抱き締めたままぼんやりと時計の針のかちかちという音に耳を傾けていると、すうすうと小さな寝息が聞こえてきた。穏やかに時を刻む薄明かり、明星が輝くまでもう少し、誘われるまま夢へと落ちていった。
「…ん、んぅ…」
浅い眠りの中をたゆたう意識が捉えた小さな声、ごそごそと動く気配で再び目が覚めた。
少しぼんやりする頭を無理矢理起こして意識を腕の中へと向けると、どこともなくシーツの一点を見つめ続けるフラン。くしゃりと深緑の髪を撫で梳いてやると今度はスクアーロをじっと見つめてきた。
「…起きたかぁ」
「……………」
「聞こえてるか?」
「………んむ……」
「フラン」
「…あいー……」
そう言うとこてん、と再び頭をスクアーロの腕に落とした。さっきは少し開いていた瞳も完全に瞼が下りていて、寝起きが悪いのはいつものことだが今日は一段とよろしくないらしい。
しかししばらくすると再び目を開けて、もう一度じっとスクアーロへと穴が開く程視線を注いできた。
「……たいちょ…」
「なんだ?」
「…おはよ…ございます」
「おぉ」
ゆっくりと身を起こすと、ベッドに座り込みぼうっとどこか虚空を見つめている。もう一度起きたかと問えば、ごしごしと目許を擦り、小さく欠伸を溢して漸くこくりと頷いた。
「…体、大丈夫か?」
「だいじょぶ…です…」
その小さな体を抱き寄せて顔を覗き込むと、うっすらと笑みを浮かべて頬を擦り寄せてきた。無理はさせないよう極力丁寧に扱ったつもりだったが、どうやらそれが正解だったようだ。
しばらくベッドの上で休ませるつもりだったのだが、外へ出たいというフランの希望で結局シャワーだけ浴び街へ出ることになった。
普段はあまり来ることの無い海の街、あちらこちらと見て回るフランはとても楽しそうで、連れてきたスクアーロとしてはなかなかいい反応だったと思っている。
しかし何の不安も無く穏やかに過ごせていたのはここまで。
数ヶ月後、突如訪れた出来事に驚きを隠せなかったことは否めない。
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