[携帯モード] [URL送信]
アイシテと叫んでいた(スクベル)
ふと気が付いた。
豪奢な装飾に彩られた廊下、眩い光を放つシャンデリア。
全てがただモノクロに見えて、酷く素っ気ないつまらないものに感じた。
懐かしいけれど戻りたいとは思わないこの光景。

誰かが手を振っていた。
自分と瓜二つの姿をした片割れ、一緒に生まれてきたのにほんの小さな違いで二人の間に生まれた溝はまるで深い深い谷のよう。
笑顔で手を振るその様子が酷く機械的な動きに見えて萎縮する胸の痛み。
唯一の絆さえ硬く縺れて絡み付く強情な鎖となった。



手を引かれて入った部屋には贅沢の限りを尽くしたような豪華な食事が用意されていた。庶民が手を付けたらきっと慣れない食事に胃痙攣でも起こすだろう。

「あ、ベル!ほら、ベルの好きなのあるよ」

「うん」

「オレの分もあげる、はい」

「いいよ別に、自分で食べろよ」

「いいからあげるってば、ほら」

同い年の兄はやたらと自分を構いたがる。親は厳しくて子供に対する愛情なんて微塵も感じなかったから、きっと血を分けた自分に愛情を求めたんだろう。
喧嘩をするのは決まって自分が兄を突っぱねた時で、喧嘩の後しばらくそっぽを向き合いながら兄は決まって泣きそうなのを堪えていた。

「ラジエル」

いつまでも騒がしく弟に構い続ける兄に痺れを切らしたんだろう、母親がぴたりと手を止めてたしなめるように兄を睨み付けた。途端に兄は身を縮込ませて、ごめんなさいと小さく呟いた。それからは会話一つ無く痛いくらいの沈黙の中に僅かな食器の音だけが響いていた。
無機質な味と匂い、どんな味なのか何を食べているのかもわからない味気無い食事だった。



食事の後、部屋を出た兄が再び自分の手を引っ張った。

「ベル、ゲームしようぜゲーム」

「しないよ」

「なんで?」

首を傾げた兄の肩を叩く手があった。あ、と小さく漏らして振り返った兄は申し訳なさそうにぎゅっと手を握ってきた。

「ごめんなベル、また後でな」

手を引かれながらちらちらとこちらを振り向いて歩く兄と、その腕を引き摺るようにして歩く父親。
見えなくなるまでずっと見つめていたけど、最後まで兄以外の人と目が合うことは無かった。



一足先に部屋へと戻ると、整えられた一つの大きなベッド。
サイドテーブルに置かれた篭からクッキーを一つ手に取りかじると、ひんやりと冷たいシーツの上に寝転がる。
生まれてこの方、親と一緒に眠った記憶は無い。だから知っているのはまるで犬みたいにべったりとくっついて眠る兄の温もりだけだ。
だから毎朝寝起きは酷く悪かった。温もりに触れて眠る時だけが心休まる時間だったから。
代わりに眠りに落ちるのもとても早い。ほら、眠ってしまえば夢から醒めるのもとても早い――



ふと、目が覚めた。
瞼の裏まで突き抜ける眩い光はどうやら陽光だけではないようで、眩しさに耐えながら僅かに目を開けるとさらりと揺れた銀色。なんとなく手を伸ばして引っ張ったら、上から抗議の声が降ってきた。手を離してのそのそと起き上がればくしゃりと頭を撫でてくれた、何年も本当の兄弟みたいに一緒に過ごした人。

「お目覚めかぁ?いつまでも惰眠貪ってんじゃねぇぞぉ王子様よぉ」

「…そんなに寝てないし」

ん、といつも通り手を伸ばすと膝の上に抱き上げられた。少し癖が付いた髪を撫で梳いて整えてくれる手の温もりが心地好い。不意に手が離れたかと思うと、目尻を指で撫でられた。

「…なんで泣いてたんだぁ」

「……泣いてなんかないよ」

だってオレ、いま幸せだもん。
首に腕を回して抱き着いて、持て剰すくらいの愛情を込めて囁いた。
耳許で溢れた小さな笑みが、少しだけくすぐったかった。





fin.





昔の夢を見たベルと、ベルが起きる時は必ず傍にいるスクアーロ。
ベルが血を流した時自分の血に兄を見る理由とか兄を殺してヴァリアーに入った経緯とかを込めてみました突発ネタ。
親の愛情が無かったから親に未練なんて全く無かったけどジルがいるからその愛情が枷となり迷いとなり動けなかったベル。遂に鎖を絶ち切って自由になったけど思い出すと少しだけ息が詰まるみたいな。
まっすぐな愛情をくれるスクアーロがベルの精神安定剤的な感じだと思います。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!