初恋バレンティーノ(スクフラ♀・バレンタイン)
「上出来ね、これなら文句無しよ!」
あの料理にはなかなか厳しいルッスーリアが賞賛の声を上げた。
そこまで辿り着くのがどれだけ大変なことか今日一日で十分過ぎる程理解したフランは彼とは対照的にほっと胸を撫で下ろす。
日本で師匠から幻術の手解きを受けていた頃、毎年この時期になれば一目でわかる程に男性がそわそわと浮き足立つ。チョコレートが大好きな師匠は他の人達より何倍も嬉しそうで、時々フランにもちらちらと視線を送ってきたこともあるけれど、生憎と一度たりとも渡したことはない(例え義理だとしても気安く他人に渡す気なんてないですよ)。
そんな自分が誰かの為にわざわざそんなものを作って贈るなんて、夢にも思わなかった。
「ところでフランちゃん、チョコレートなんて誰に渡すの?もしかしてチョコレート好きだっていう師匠?」
「有り得ないですから。それにあの人はわざわざミーがやらなくてもこの時期はチョコレートの海で溺れてるんで問題無いですー、師匠にとっては天国ですねー。いっそ昇天すればいいのに」
「…よっぽどチョコレートが好きなのねぇ。じゃあ、ベルちゃん?あの子も甘いもの好きよね」
「却下。堕王子に渡すものなんて何一つ無いですー」
「相変わらず仲悪いのね…スクちゃんがため息ついてる訳だわ。じゃあ誰なの?あら!もしかして私?なんてね」
「渡す人に手伝ってもらう訳ないじゃないでしょー、それにルッス先輩はもらう方じゃなくて渡す方じゃないんですかー?」
「え?ええ…もちろんお世話になってる人達には渡すけど」
話している間にもチョコレートはピンクの袋とブルーのリボンで綺麗にラッピングされて、そこらの店に売っているものより見た目も中身も上質なプレゼントへと早変わり。
「せいぜい頑張ってくださいねー、望み薄でも。…ありがとうございましたー」
プレゼントを手に取って、脱いでいた白いパーカーを羽織って扉まで駆けると、くるりと振り返り一言。
「…頑張って?何のことを言ってるのかしら、あの子」
パタンと扉が閉まる瞬間、ルッスーリアがぽつりと漏らした言葉をフランは知るよしもない。
共同の大きなキッチンを出て階段を登り、あの人がいるはずの部屋へ向かう。途中擦れ違った部下の数名がちらちらとプレゼントの包みに視線を送っていたけれど全て無視してあの人の部屋の前に立った。
小さく息をついて控えめにノックする。
「…あれ?」
普段ならノックの二秒後に返事がくるはずなのだけれど、十秒程待ってみても何も聞こえてこない。眠っているのかもとドアノブに手をかけて回してみたけど、鍵がかかっていたからそれでもないみたいだ。
となると談話室だろうか、踵を返してしばらく歩いていくと角を曲がった瞬間あの人の後ろ姿が見えた。
「たい…」
思わず綻びかけた表情が強張る。
廊下の先に見えたのはオフで珍しく私服の隊長と、いつも通りのボーダー服を着て頭に銀のティアラを乗せたベル先輩。
あの二人が一緒にいることは別に珍しくないのだけど。
「……え…?」
ベル先輩が隊長に何かプレゼントを渡していて、隊長も先輩に何か渡してた。
ベル先輩はいつも通りの無邪気な笑みを浮かべて隊長に話しかけていて、隊長はそれに頷いてる。
どうして?
「……そんなところで何してんだぁ?」
「え?あ…」
気配でこちらに気付いたのか振り返った隊長に、慌てて持っていた包みを後ろに隠す。
ちらっと隊長の後ろに視線を移してみたけど、先輩はもういなかった。
「あ、の…」
「ん?」
「さっきの…その…」
「さっき?」
目の前まで歩いてきた隊長に顔を覗き込まれて、思わず顔を俯けた。
今日はバレンティーノ、好きな人にチョコレートを渡す日。
じゃあ、さっきのは何?
「さっき…ベル先輩に…」
「ん?ああ、バレンティーノだからな」
「……っ」
聞かなきゃよかった。
必死に泣くのを堪えてみても、じわりと滲んでいく視界を正す術が見つからない。瞬きをすれば瞳に溜まった雫が行き場を無くして頬を伝って溢れていく。
俯いて顔を隠していてもきっとばれているだろう。
証拠に隊長が僅かに目を見開いたのが視界の隅に映った。
「…なんで泣くんだよ」
暖かい方の手が頬を撫でて、眦の涙を掬っていく。
なんで。好きじゃないなら優しくしないで。
「だって…バレンティーノ、て」
「ああ」
「好きな人に、チョコレートを渡す日、ですよね」
「…チョコレート?」
頬を撫でていた手がぴたりと動きを止めた。不思議そうな表情でまじまじとフランを見つめている。
しばらくの間フランを眺めたまま何か考えるような顔をしていたかと思うと、不意に手を離してフランの前に屈み込んだ。
「…それは誰から聞いたんだぁ?」
「……師匠、です」
「どこのバレンティーノって言ってた?」
「…それは、知らな…イタリアじゃない、んですか?」
「…イタリアではなぁ、」
フランにはよくわからないままその人は腑に落ちたらしく、ほっとしたような笑みを浮かべてそっとフランの頬を撫でた。
「バレンティーノには、皆が世話になった人や大切な人に感謝の心を込めて贈り物をする。…まぁベルの場合はねだられたからやっただけだがな」
お前が言ってんのはたぶんジャッポーネのだなぁ、そう言って抱き寄せられてぽんぽんと頭を撫でられた。
なんだかとても損した気分だ。
まだ涙の残る目許をごしごしと拭うと、隠し持っていたチョコレートを目の前に差し出した。
中身は甘みを控えたボンボン・オ・ショコラ、ワインを使った大人のチョコレート。
「…勘違いしてごめんなさい」
「お前が謝ることじゃねぇだろ」
小さくそう言ってきゅっと抱き付くと、差し出したチョコレートを受け取って抱き締め返してくれた。
「フラン、ドイツのバレンティーノは知ってるか?」
「…知らないですー」
唐突な問い、意味がわからずに顔を上げると先程まで立っていた隊長の自室まで手を引かれて、フランをソファーに残すとその人はキッチンの方へと引っ込んでいってしまった。
戻ってきたその人が手にしていたのは、真っ赤に燃える焔の色をした薔薇の花束。
「これはな、」
「……最愛の人に贈る花?」
「…知ってたのか」
花を見つめてぽつりと呟いた、その言葉にその人はばつが悪そうに髪を掻き乱して顔を背ける。
表情には出さないけれど、その仕草が照れ隠しなのだと最近わかるようになってきた。
小さな頃に何度も読んでいた別に有名でも何でもない絵本の、最後のページが大好きでずっと見つめていた記憶が蘇る。
小さなお姫様がお城を抜け出して、街で出会った青年に恋をする物語。一番後ろのページに載っていた、真っ赤に咲いて愛を彩るふくよかな花弁。
「…機嫌、直ったか?」
「……とっくに直ってますよ」
少し背伸びをして頬に唇を触れさせた。首に腕を絡めて抱き付き擦り寄れば応えるように回された腕が背中を撫でる。
初めて恋をしたバレンティーノは、絵本みたいな甘みじゃない、ほろ苦いチョコレートの味だった。
fin.
バレンタインスクフラ♀でした!
なんというか…書いてて恥ずかしかったです←
なんでやたらと甘ったるくなるんでしょ。そしてうちのフランちゃん泣き虫(^^)
女の子イベントなのでおにゃのこフランに頑張ってもらいました。
ドイツではバレンタインに薔薇を渡すと"最愛の人"という意味を持つそうです。可愛い(*´`*)
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