W 夜 見たことのない顔だ。 新代表就任のために警護や会場調査、出席者確認など雑務に追われて毎日帰宅は夜半を過ぎる。 そうしてようやく戻った扉の前では、鳶色の髪の男が煙草をふかしていた。 「よう」 片手を上げられる。 「廊下は禁煙ですよ」 肩をすくめて声が返る。 「今お前が入れてくれりゃ問題ないさ」 「この時間に上がり込むつもりですか」 「寝たい」 ロックを外していると突然言われた。 「俺途中で寝ると思いますけど」 疲れてるから。 「え?…ああ、それはいい。マジに爆睡しに来ただけだから」 失敗した。表情を取り繕って話題を逸らす。 「宿舎どうしたんですか。母艦も」 騎兵隊所属の男がここ―エデンにいるからには、宿舎が用意されるか、リンドブルムが着艦するかしているはずだった。 「無理。寝られない」 なにかあったのか。 少し考えて、ここしばらくの自分の勤務に思い当たる。あったどころの話ではない。 「…俺朝早いから何もしませんけど、それで良ければ」 「ラッキー」 短くなった煙草が消されて、ようやく見覚えのある表情が現れた。 何もしないとは言ったが結局シャワーを貸して服を渡して、普通に泊まりに来たのと変わらない。 「…なんで、うちだったんですか?」 寝る前に一応の情報収集を、と報道番組を流し見ながら尋ねてみた。 「ロッシュのとこじゃなくて、って?」 「同期でしょ。俺より気心知れてるはずだ」 「あいつはなんか勘づいたら色々言うから」 ふう、と息が吐かれた。 「お前は気づいても気づかなくても、俺のこと放置するから。だからかな、多分」 画面に固定されたままの視線。横顔を辿って、また、扉の前にいた知らない男を見る。 一瞬の接触。 「…寝ます。そこの棚に膝掛けありますから、使うならどうぞ」 流しっぱなしの画面には就任式典で使用されるサーキットが映っていた。 [*前へ][次へ#] |