W 揺籃 手荷物は転送してしまったので大したものはない。従妹の荷物だけを部屋に置き、扉に手をかける。 「じゃあ明日の朝に」 「ヴィリ君?」 「朝まで飲もうかな、と思って。俺がここにいたらハルが落ち着かないでしょ」 「そんなこと」 ノーチラスパークをなめていた。パレード後、遅くなったのでホテルを取ろうとしたらほぼ満室。奇跡的に空いていた部屋はダブルだった。 「それに一緒のベッドで寝て何もしない自信はないよ?」 言い終わるやいなや、枕が飛んでくる。 「じゃあそういうことで」 ぶつかる前に身を翻した。 子供から大人まで楽しめる夢の街、は伊達ではない。ノーチラスパークのような遊戯施設だけでなく、競技場やカジノ、歓楽街まで取り揃えてある。 適当に入った店で飲んでいると、近づく影があった。 「ひとり?」 断りもなく隣に座られる。 「まあそんなとこ」 これは玄人のおねえさまかな、と考えながら視線を滑らせる。化粧がうまくて胸が大きい。 仕事用ではなさそうな笑顔を向けられれば悪い気はしない。 据え膳を食べないほど悟りの境地には至っておらず、それぞれグラスを飲み干すと席を立つ。 IDを取り出し支払いを済ませて、ポケットに戻す。そのとき、手に触れた感触。 「しまった」 「どうしたの?まだ?」 「ごめんね、急用」 「え?」 「また会ったらお願いします!ごめんなさい!」 店を飛び出した。 「ハル!」 『……ヴィリ君?』 コミュニケーターがつながった。 「ごめん、まだ起きてた?」 日付はぎりぎり変わっていない。 『大丈夫です。何かあったんですか?』 「あったっていうかやっちゃったっていうか…ちょっと部屋まで行きたいんだけど」 『それは構いませんけど』 「ごめんね、すぐ着くから!」 扉が開き、パジャマにカーディガンを羽織った従妹が現れる。 「これ」 カードを差し出す。 「ルームキー?」 「渡すの忘れてた。何かで外に出たら戻れなくなるから」 「……そこまでしてくれなくてもいいのに」 俯いて呟かれる。 これくらいはするよ、と笑顔を作ろうとして失敗した。 怒ってる。 「ちょっと来てください」 「あの、ハル」 「座って」 示されたベッドに腰を下ろす。 「どうしたの?やっぱり夜だし電話するだけの方が良かったかな」 「そうじゃなくて!」 やっぱり怒ってる。よくわからないけど、謝るのがいいんだろうか。 「心配したんです……!」 暖かくて柔らかい。 頭を抱かれているのだと気づくまでしばらくかかった。 「……ハル」 「魔王城を出たときからです。違和感があったのは午後に会ったときから。仕事で何かあって、でも私には―多分誰にも、何も言えないけど、疲れてるときの顔。兄さんと一緒」 腕に力がこもる。 「仕事に関係することを言ってほしいんじゃありません。疲れてるなら、それくらい言ってくれてもいいじゃないですか」 私はそんなに子供のままですか? そんなことないよ。ごめん。 言おうとしたけれど、うまく口が動かない。 走ったせいでアルコールが回ったのか。そういえば俺徹夜だった。柔らかい、どこか懐かしい、 「寝ちゃったんですか?ヴィリ君」 急に体重がかかる。 兄よりもかなり軽い体を横にし、上掛けをかける。 さて自分の寝る場所は、やはり従兄の隣しかない。 あれだけ色事をほのめかしても、大した手を出してこない従兄だから、自分が横で寝てもどうということはないだろうが。 「おやすみなさい。悪い夢を見ませんように」 そっと眼鏡を抜き取った。 [*前へ][次へ#] |